司祭

 自分は、選ばれて。

 司祭なんだと、影さんは主張する。


 司祭、普段馴染みのない言葉だ。しかし分解するならば、祭りを、司るということで――つまりは影さんもこの祭りを司るということなのだろうか、この祭り、……こんな残酷極まりない、狂乱を?

 しかも、それをメッセージとして、どうもダイレクティに受け取っている――?



「……影さん。気分を害さないで、聞いていただきたいのですが」

「はい。なんでしょうか」

「あなたの言う、支配者というのは、どうしてあなたを――」

「影の言う、ではありません!」



 唐突な大声に、耳が、キィンと鳴った。



「支配者は、実在です。勝手に言っているわけでは、ないのですから! だから、だから、影の言う、だなんて言いかたは、間違っている、間違ってます」

「……わかりました。失礼、しました」



 やはり、気分を害してしまったようだ――影さんはどちらかというと落ち着いた印象があったが、どうやら、いまは違ったようだ。言葉の、感情の、その動きのひとつひとつに注意していかなければならない。



「言い直します。支配者は、どうして、影さんを選んだんですか」

「それは影に司祭の資格がないと思えるということですか?」

「……ですから、あの、そういうことではなく。純粋に、僕は疑問として、訊いています。……気分を害さないで聞いていただければ、と思うのですが」



 僕のほうも、いけないのだろう。なにせこのコミュニケーション不全だ。もっとほんとうは気持ちよく、だからそれゆえに的確に、情報を提示させるすべというのも世のなかにはあるのだろう。しかし、僕は、それができない。できないから、……まあ、こうなっていえう。


 どう言い直せばいいのだろう。司祭の資格とやらをうんぬんしたいだけではなく、影さんが司祭に選ばれた理由が、純粋に疑問であるだけということを、どう説明していけばいいのだろう。わからない。わからない、わからないんだ、他人への伝えかたが――。




 だから、影さんがちょっと唇を尖らせるように、不満げにしているのは、……当然といえば、当然のことなのだけれども。




「……純粋に疑問として、ということであれば、まあ」



 こういうときに、ほんとうはもっと的確な言葉があるだろうに。僕は、ただ、……もういちど、うなずくことしかできなくて。



「支配者が、影を選んだ理由は、わかりません」

「……わからない」

「それは影の、つまり被支配者の知るところでは、ないからです。支配者には支配者のご意志があって、それを実現させるために、ひとを選ぶのです」

「それなら、つまりわけもわからず、影さんは司祭というのに任命されたと――」

「わけがわからないわけではありません」



 影さんは、ぴしゃりと僕の言葉を途中でシャットアウトした。



「支配者は、影にメッセージをくれるのです。言ったでしょう。そのメッセージを影は理解しました。だから司祭の任務をおおせつかったのです」

「そのメッセージというのは、いったい」

「この祭りにおいて司祭になることです」



 それは、やはり。



「――それは、やはり、今回のできごとを、祭りだってことにして、……それを影さんが司る。そういう理解で、いいですか」

「細部に不満はありますが、まあ、おおむねいいでしょう」

「司祭の役目というのは、なんですか」

「祭りが滞りなく終わるよう、すみずみまで、この祭りの面倒を見ることです。いま社会人のかたとしゃべっているのも、だから司祭の仕事のひとつに、当てはまります」

「いま、僕としゃべっているのも?」

「そうです。あなたにヒントを差し上げました。……金色なる光と水晶なる音で、疲労を癒しても、差し上げました」



 僕は、驚きを隠しえなかった。

 たしかに、疲労は一気に取れた――だがそもそも光と音にその意図があったなど、……常識的に考えて、どうして予想することができようか。

 ゲームの世界じゃあるまいし――。



 やはり、駄目だ。

 ここでは、今回のできごとでは、常識などというものにあまり頼ってはいられない。かまっては、いられない。とにかく常識を飛び越えたことが起こる。僕たちの、僕の混乱をよそに、なにがどこに向かっているかもわからずただただパニックとして、ものごとは、できごとは、進行しているのだ――あのふたごの手によって。




「……癒すのも、司祭の仕事のうちなんですか」

「はい。司祭は、社会に対するサクリィができますから」

「……社会に対する、サクリィ?」

「はい。すなわち、いやし、ゆるし、さばき、みそぎ、ころし、の五つのサクリィ。司祭に任命された者しかできない、支配者によっての、社会に対してのサクリィです。これらを順番に達成することによって、この社会は、世界そのものとして完成するのです……」



 正直、なにを言っているのか、……理解しがたかったが。

 それらの言葉の、ちょっと韻を踏んだような響きが、やけに耳に残った――いやし、ゆるし、さばき、みそぎ、そして……ころし?



「影は、よかった」



 影さんは、笑った。無邪気に。……出会ったばかりのころの、あの影の薄いイメージのときみたいに。



「影は、ずっと影だから、なにもできないと思っていたのですけれど、できることがあった。その喜びで、いま影は、満ち溢れています。……これで表のためにやっとなにかしてあげられる」




 その、虹色のとんがり帽子は。

 やはり、妙に不釣り合いに、不自然に、この人の頭の上に載っている――。

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