想定される行動パターンと合致しない

 そうして、なおも子どものように泣き続ける影さんは、葉隠さんに腕を引っ張られてなかば引きずられるようにして。

 僕と、そして僕のリードに曳かれる南美川さんは、すこし距離をとってそのうしろをまるで従順な護衛のように。


 木々の倒れた、元雑木林とでもいった、このあたりを抜けて。

 そして、広場に、戻ってきた。




 影さんは広場に着くなり、へたり込んだ。そして嘆きの続きを始めたようだった。葉隠さんも、そのことはとくに咎めなかったようだ。……ただ腕を組んで、広場を険しい横顔で見ていた。

 ……僕は、小さく、南美川さんのリードを縦に、柔らかく引っ張った。だいじょうぶだよ――そう知らせる、合図だ。僕はそっと見下ろしたけれど、……うなだれている南美川さんの身体の背中ばかりがくっきりと見えるだけで、その感情は、はかり知れない。



 気がつけばもうすっかり日は昇りきっていた。

 そして、起き抜けの明け方の靄のかかっていたあのときに比べると、どうも広場にいる人数が減っている気がする――体感的に、半分近く。

 島々のように点在しているピクニックのシートはそのままだったが、その上に荷物だけが残されすっかり人のいないシートや、あるいは、だれかひとり、場合によっては小さな子どもだけがひとりぽつんと座っているシートも、珍しくはなかった。

 ……もっと、人がいたはずだ。人々は、小集団で固まっていたはず。それが、なぜ。



「調査に、行ってるのよ」



 僕の疑問を察知したかのように、葉隠さんがそう言った。



「いつまでもみんなでのんきにおめでたく、ぼけっとしとっても、仕方ないやろ。やから動けるひとは動いて、どうにかする方法を探しとんの」

「……みなさん、動きはじめたんですね」

「いまさっきね。やっぱり、死者が出たいうことが、大きかった、思いますわあ。そこから一気に、みなさんしゃきしゃき、しはったえ……」


 葉隠さんは、ひとつひとつの言葉を区切るようにしてはっきりとそう言った。……人口密度の減った広場を、広く見通すようにして。長い黒髪が、……どこからともない風に吹かれて揺れているようだ。


「……その死者っていうのは、彼ですよね。守那さんがひと晩じゅうついていたという」

「そうよ。……あないに裸にされるよりきわどい身体変化させられたんやから、まさかそのあと死ぬなんて思いもしとりませんでなあ」

「彼が、……亡くなったという知らせがここに届いて、それは、守那さんが伝えてくれて」

「そうよ。美鈴、ショック、受けてたわあ」

「守那さんは、いまどちらに……」

「彼のもとに、戻りましたえ。里子がいっしょにいとくれるから安心です」

「……死因は」



 葉隠さんは、ゆっくりと空を見上げた。



「……やっぱり、たぶんさっきみたいな、ケダモノ。美鈴もうとうとしててな、直接見れたわけと違うらしいんやけど、……喰い散らかされた、言うてましたから」



 人間が、植物にされた。

 そして植物にされた人間は、こんどは、獣にされた人間に、喰われる――。



 僕も空を見上げたい気分だった。

 葉隠さんがそうしていたので、僕はそうはしなかったけれど。

 その代わりに広場を見つめた。

 広場の遠く、遠くを見つめた。



 ……なにが、目的だ。

 南美川化。

 僕はてっきりその悪趣味さで、人間を露悪的な植物に変質させて愛でて楽しむのかとばかり思っていたよ。昨晩には僕だって、……自分が植物と一体化されるかもしれないと、ある種の覚悟を決めていたのに。



 そんな、すぐに、……殺してしまって。

 まるでためらいもなく。



 ……ひとが死んだばかりのときにこんなことばかり思う僕も、僕だけど。

 でも、やはり強烈な違和感が拭えないんだ。

 おかしくないか。南美川化、……アンタは。



 もっと、じっくりと、ひとをいたぶって愉しむ人間だったはずだ。



 ……僕のことだって南美川さんのことだって、そうして愉しもうとしたくせに。こんなに速く、決着をつける人間じゃないはずじゃないか。それもおそらくは成功した工作、とでもいおうか――つまり植物人間を露悪的につくりあげられたことは、……そのある意味では究極的に無邪気な、そして世界を破滅さえさせられる欲望を、満たしたはずなのに。



 夕方に変質させ、翌朝には殺す――。

 僕の知っている彼らふたごの行動パターンとは噛み合わない。

 ……なんだ。なにが、あるんだ。

 なにか意図はあるはずだ。彼らのことだ。考えろ。考えろ僕。この状況は――彼らのなにを、意味している?

 ……打開策は、どこにある?





 葉隠さんが、ふとこちらをまっすぐ見てきた。



「どう思います」

「……どう、とは」

「普通じゃ、ありませんやろう。冗談やったら、個性的やわあ」



 嘲笑うように、葉隠さんは笑った。



「……なんや考えてはることがあったら、教えてほしいですのん。私たち、こういうときだからこそなあ、……協力しませんと」



 葉隠さんの目は、笑っていなかった――だから僕はその目からいますぐ目を逸らしたいと思いながらも、そうできなくて、……しばらく間抜けに、その目の黒いところをじっと見ていたような、そんな気がする。

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