多くのひとびとは早起きで
そうやって、覆いかぶさるようにして。南美川さんを、抱きしめていた。
朝の靄は次第に薄れてゆく。
ところどころで、たぶん早起きなひとたちが起き出す気配があって――そのうちに、いくつかの小集団が動き出した気配も、した。
南美川さんも、もぞりと動く。……ほんとうにこうしていっしょに暮らすようになって知ったことだけど、このひとはほんとうに、ほんとうにこうして寝相が悪いのだ、……ほんらい僕などが知れるはずもなかったそんな情報。
「……ん、うぅ……」
言葉とも意思ともつかない声を上げ、寝返りを打つかのように前足が伸びる。でも寝返りは打てない。僕が抱きかかえているから。よってその肉球は僕の服の胸元に、ぽすんと当たった――南美川さんはさらに、呻いた。
「……ううぅ……」
本物の犬みたいな動きだ。というか、こうして眠っているとあまり本物の犬との区別がつかない――そう思っていたら、ちょうど、南美川さんが薄目を開けた。
……その動きと同時に、だらんと垂れていた尻尾がすこしぴんと軸を取り戻す。まったく、人犬の身体というのはつくづく、どのように設計されているのだろうか。
「……ん……シュン……?」
「そうだよ。おはよう、南美川さん」
「……眠いの……」
「眠そうだもんね」
「あと、すごく、寒い」
「家じゃないからね」
「……家じゃない……」
とろん、とした目が僕を捉えて、次第にはっきりしていく。それと比例してやはり、耳も尻尾もしっかりしていく。
「……寒いわ」
そう言って、南美川さんは尻尾をくるんと回した。それはきれいな楕円の軌跡を描いていて、僕には実感はできないけれど、人犬の身体にとってはなにかたとえば人間が両腕を上げて背伸びをするような、そういう効果があるらしいのだった。……観察していれば、わかってくる。
「寒いね。……僕の服、貸そうか」
「いいのよ、あなた、それないと困っちゃうんでしょう……」
違う、と言えればよかったのだけど図星といえば図星なので――僕は小さく苦笑して、南美川さんを抱きしめなおした。伝わらなくてもいいと思ったうえでの返事のようなものだったけれど、南美川さんは言ってくれた。いいの、いいのよ、こうしてくれるからあったかいもん――と。
……もちろん、それが、どこまで本音かなんて、わかったもんじゃないけれど。
「……目が、覚めてきたわ。シュンはいつから起きてたの」
「なかなか眠れなくてね。でも、そのせいか明け方に目が覚めてしまったんだ。そうだな……たぶん、朝の五時くらいだったと思う」
「いまは、どのくらい」
「時計に狂いがなければちょうど六時になるところ」
「まだ、早いのね……」
「さすがに熟睡ってわけにはいかないんだと思うよ」
僕はそう言いながら、すこし遠くを見るかのように広場を見渡した。
……やっぱり、起き出すひとたちが増えている。まだ朝の六時前だ。もちろん、もともと早起きの習慣があるひともいるだろう。公立公園に来るくらいだから、そういった生活習慣をもつひとも多いかもしれない。
でもそんなに多数派ではないはずだ。
たいていのひとたちは六時半から八時くらいに起きるイメージがあるし、そのイメージはある程度常識的なものとして間違っていないと思う。
いまこの広場では次々にひとびとが起き出している。奇妙に静かに、眠気を引きずって。でもこれ以上は寝れない。眠くても、寒すぎてじっとしてられないのだろう。その証拠に立ち上がって体操めいたことを始めるひとたちが、何人かいる。自分自身を抱きかかえて足踏みをしているひとも、いる。
つんと冷える。凍える。たぶん、現実世界ではない。
そして、これからなにが起きるかなんて、わかったもんじゃない。
眠りから引きずり出されるのも当然。そんな条件が揃っている。
すこしずつ覚醒してくる南美川さんをかばうように抱きかかえながら、僕は、ベンチの下に座ったままあらためてこの広場を観察してみることにした。
そして、この公園についても、考える。知っている情報を、……思い起こす。
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