人格欠損させられている

「ほんらいNecoが機能するべきところが機能していない。僕はいちおうNecoと対話することは最低限できるから、モニターに打ち込んで話しかけてみたんだけど――」



 ……そもそも。

 南美川さんの実家からどうにか逃げ帰って入院して橘さんとネネさんにいろんな説明を受けたあとの、あの病室でのことを思い出す。


 Necoは、向こうから、話しかけてさえきた。

 僕はNecoプログラミング言語でNecoと会話をしたのだ。

 口頭でプログラミング言語をしゃべって、そのあと南美川さんと家にひきこもっているときにはNecoとはやりとりをしなかったけれど……でもおそらくNecoは僕がNecoプログラミング言語で話しかけたら、応答してくれたと思う。

 それにしゃべらなくたってNecoはいつでもそこにいることを僕は知っていた。……いつでも、そこにいて、僕たちの、……僕の、ほとんどすべてを見ているのだ。おそらくは内心以外の、目で見て耳で聞こえるものだったらすべて――。


 Necoはあんがいおしゃべりだ。

 あんなふうに応答しなくなるなんて、……おかしい。

 第三者の介入以外には、あまり考えられない。



「管理者権限でNecoをオープンすれば向こうもオープンにならざるをえないはずなんだけど、びくともしなかったんだ」

「それは、おかしなことなのよね?」


 僕はやっぱり重たくうなずく。


「……Necoとの通信を邪魔したのかしら」

「僕も、最初はそう思っていた。なんらかの意思が働いて、Necoとの通信を遮断しているとしか思えなかったんだ。……でも調べていくうちにすこし違うような気がしてきた」



 それは、そのかんに。

 人間が植物人間になったり、世界そのものが変化したり、……あの明るいのにどこかおどろおどろしい虹のメッセージがあったりなど、そういったこともヒントになったのは間違いない。

 けれど。それ以上に。――僕にとって、決定的な気づきとなったことといえば。



「私ネコが、応答したんだ。ほんの、わずかだよ。……あいさつ程度の反応があった」

「それは、なにを示しているのかしら……私ネコって、あの、……人間のひとたちがみんな、気軽に呼びかけていろんなことを頼むときに返してくれる猫のペルソナよね? 写真を撮ってとか、テレビつけてとか――」

「そういうときにも私ネコは出てくるね」


 と、いうよりは、僕ネコと俺ネコが対応するとあまりに心証が悪いからNecoは看板娘として私ネコを据えてるんだろうけど――そうは思ったけれど、南美川さんの手前そうは言わないでおいた、……本性を誤魔化してやったことに感謝しろよNeco、なんて僕は内心で勝手に思って、苦笑したい気持ちになった。


「でも私ネコの役割は、そういった家ネコの機能だけじゃないんだ。Necoにアクセスするときの起動のキーを握ってるのも、そのペルソナだ」

「……つまり、こういうことかしら、私ネコの起動文は起動するのに、そのあとは続かないっていうのはおかしいってことよね――」



 僕はちょっと驚いて、……こんどこそ、ほんとうに苦笑した。

 専門ではないはずのこと、あくまで一般教養のレベルの知識であるはずのことでさえ、こんなにすぐに鋭敏に気づく。南美川さん。あなたはやっぱり、いまさらだけれど、……頭がいい。

 頭が、いいんだよね。それはきっとずっと、僕の出会う前から、あの高校でいっしょに過ごしていたときも、大学生になっても、そして、そのあと、……そのあとも、ずっと。

 思えば僕は自分とのその落差に打ちのめされて、――いじめられることになったとも言えるけれど。そういうことも、……あったけれど。



 ……とにかく。



「そういうことだ。私ネコは僕ネコと俺ネコへの取り次ぎをする。話しかけて、起動文は明るく言うのに、そこから取り次ぎをしないなんていうのはおかしい。Necoすべてが起動しないことは構造上異常だけど、でも想定できないことではない。でも、私ネコのあいさつだけは起動してるなんてことは、それはネコの構造上ありえないんだ」

「ありえないことなのね……」

「そう。それは、いわば、たとえるなら」



 じつのところ。いろいろ、迷っていたけれど。

 やっぱり、……このたとえしかないような気がしてきた。




「人格欠損だ。……Necoをひとりの人間にたとえるならばだけど」




 僕はすこしためらって、続ける。




「いまのNecoは、心をなくしてしまっている。……表面の笑顔だけは残されて、意識は徹底的に破壊されている状態なんだ」




 それは、人間として考えてみれば単に地獄で、単に救いようもない内面状態で――。

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