わかってない
「――御宅な、最近おかしいよ」
狩理くんはそう言いながら、わざと腰をかがめて下の角度からわたしを舐め回すようにして見上げた。
「……やめてよ、そんな、劣等者のヤンキー系みたいなの」
「はは、なるほどな、なるほど。なかなかうまいこと言ってるかもしれないよ、御宅。なにせ俺は元をたどれば劣等者なわけだから」
「……そういうことを言ってるんじゃないわよ……」
ああ、噛み合わない。このひとと。幼なじみと。婚約者と。狩理くんと。――どうして。
狩理くんは、なおも舐め回すかのようにわたしを見上げながら――。
「普通の女の子たちだったじゃないか。そりゃ幸奈よりは能力がないのかもしれないよ。でもそれでも幸奈の先生が選んだひとたちなんだからそれはそれ相応の理由があるんだろう。それにまず、あのひとらと俺たちはおんなじ国立学府の学生なわけだろう。能力にだってそりゃ差はあろうが、人間扱いしないほどではないはずだと、俺は思うがねえ。
べつにね、俺は劣等者をかばう気はない。というか劣等だろうが優秀だろうが、そんなリソースを他者に向ける暇はないんだ。俺自身が、足掻かなければ人間でいられないんだから。
だからな、べつにあの女の子たちのことをかばっているわけじゃない。でもな、御宅のやってることは正直おかしいと思うんだよ。話を聞くたびに、いきすぎている。御宅も言うけど、はっきりとした奴隷労働だろ、それ。それでいいのかよ。なあ、そんなんじゃさあ――」
「うるさい、うるさい、うるさいわよっ! 狩理くん、……あなたなんにもわかってないのね!」
もちろん、ここが学校だってことはわかってる。
でも――止められなかった。
「あのねっ、わたしが先生に選ばれたのはわたしが優秀な見込みがあったから。ほかの子たちが選ばれたのは、わたしが劣等者をきちんとツールとして扱えるのか確認しなくちゃだから。そしてわたしがちゃんとそうして仕事を遂行したことを実績にしてくれるはずだから!」
「……そうやって、御宅の研究室の先生が言っていたのか」
「……言ってはないわよ。はっきりと、言葉にしてはいない。でも。そんなことくらい、わかるわ。ぜったいにそうだもん。だってそうとしか思えないじゃない? あの先生は人間の優秀さがなによりも好きなのよ。わたしだって、優秀だから研究室に入れてもらえたの。だからすべては優秀者のためのはず」
だって、わたしはある日明確にひらめいたのだ。
劣等者をチームに入れ込んだのは、そうよ、間違いない、わたしがここで先生の意図に気がついて劣等者を利用できるかどうかを見るためだ、――わたし、試されているんだ、って――。
狩理くんは、そんなわたしの説明に納得したようすも、かといって反論もしてこずに。
ただ、斜めに傾いていた体勢をまっすぐに戻して。やっぱり、窓の外を見て。
ひとつだけ、短くって重たいため息をついた。
そうして、つぶやいた。
「……どうしてそこまでして、優秀になりたいのかねえ」
「そんなことも言わなくちゃわからないの……」
ほんとうに、ほんとうにほんとうにわかってなさそうな狩理くんに。
わたしはもはや、なかば愕然としきっていた。――そもそものところが、狩理くんには、やっぱりわかってない。伝わって、ない。わたしがこんなにがんばったって――。
「……あなたのために決まっているじゃない……」
わたしは、声を絞り出す。
狩理くんは、虚ろな視線を重たそうにわたしに向けた。
「狩理くんと、ずっといっしょにいたいから、わたしがんばってるに決まってるじゃない。狩理くんは、優秀者だから。わたしはそれに負けないようにって思っていっつもいっつもがんばっているだけなのに。……ねえ、それのなにが、いけないのよ。あなたのためにやっているだけなのに」
――どうして、そんな顔をするのよ。いらない煙を追い払うような、とことん邪魔そうな表情、そんなのは人間に向ける表情ではないわ、ましてやわたしに向けるものなどではありえないはずでしょう?
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