いっしょにしないで

 それなのに、狩理くんは。

 まるで心底わたしがなにを言っているかわからないかのように、きょとん、とするの。

 もちろん、わたしにはわかる。狩理くんがほんとうはわかっていないなんてことはないってことが、わかる。おどけているのだわ。こんなときに。どうして――そう思って、やっぱり苛立ちが深まった。



「汚いって、なんでだよ?」



 見ればわかるじゃない、そんなの。そんなふうにみすぼらしい格好をして――思ったままそのまま言ってしまいたかったのだけれど、狩理くんにそう言うのはなんとなくためらわれて、だからわたしは、……ため息混じりに当たり障りない表現を、選んだ。なるべく――。



「だって、その子、いちにち仕事をしてきたのよ……汚れているに、決まってるじゃない。触らないで」

「だったら御宅の手も汚れてるから俺は触れないってことになるな」



 わたしは、一気にカッとしてしまって。

 このうえなく衝動的に、狩理くんの腕をわし掴んで無理やり雪乃の腕から剥がして、そのまま掴んでいた。

 ……わたしの呼吸の音が、やけに大きくこの広い空間に聞こえている気がする。





「……こんな子と」




 ああ、響く、やたらと響く、わたしの声は、……いま、どうしてこんなにクリアに鮮明にここに、響くの。




「こんな子と、いっしょにしないでよ」




 狩理くんはおもしろくもなんともなさそうな顔でわたしを見ていた。どうして、だから、どうして……そんな顔をするの。そんな顔を、わたしに向けるの――?



 そして、狩理くんは一転。

 ぱっ、とまたしてもにこやかに笑うと、……しかしその笑みはわたしではなくて、この子たちに向けた――。




「どうも幸奈は今日はご機嫌斜めのようです。すみませんねえ、気分屋ですからお仲間のみなさんにもさぞご迷惑をおかけしていることでしょう」

「いっ、いえっ、とんでもございません、そ、それはもうっ、めっそうもございませんっ。私ら南美川さんのおかげさまで――」



 終始ひきつるような調子で、そう言って。

 雪乃は、また深々と頭を下げた。

 ほかのふたりも、慌ててならってそうしている。



「……嫌だなあ、みなさん。同期なのに、どうしてそんなご丁寧なんですか。いいんですよ。もっと、こう、砕けて……ね?」

「はっ、はい……」



 はい、とか言いながらも、やっぱり雪乃は、……頭を、下げたまんま。




 狩理くんは、やれやれ、とでも言うかのように明るく首を振った。おどけている、やっぱり、おどけている、どうして、どうして、どうしてよ、――こんな子たちにそんな愛想コスト割く必要なんてまったく、ないの!



「とりあえずみなさんもお急ぎでしょう。お帰りのお時間に、なんだかお呼び止めしてしまってすみませんでした。どうぞ、帰ってください。お疲れさまでした」

「……は、はいっ、こちらこそお疲れさまでしたっ、ありがとうございましたっ……」



 要領の得ないような言葉を目も合わせずに雪乃は早口で言うと、あとはそのまま――里子と美鈴のそれぞれの手のひらを妹の手を引いていくかのように、両手でいざなうように掴んで、出口のほうへと向かっていった。……ぺたんこ靴を履いたダサい足音が、みっつぶん、響いて……でもすぐに消えていった。




 狩理くんはその背中を、やけに目を細めて見ていた。狩理くん。……狩理くん、どういうことなの。



「……なんだよ、ふつうの女の子たちじゃん」



 狩理くんは、わたしを見た、――こんどはこのうえなく歪んだ顔をして。攻撃的ともいえるほど、シニカルな感情を全力で込めて――。



「御宅とあの子たちのなにが違うってんだ。汚いとか、いっしょにするなとか。御宅はいったい自分のことをなんだと思っているのかね。ああ――そうかそうだよな、御宅は自分のこと、お姫さまって思っているから。これはこれは、失礼いたしました。幸奈お嬢さまはご自分のことをお姫さまと思ってらっしゃる。……だから、同期のひとたちだって、単に下々の者だってそうおっしゃいたいってことですよねえ、なあ、そうだろ、……御宅よお」



 ……わからない。わたしには、さっぱりわからない。

 どうして狩理くんがわたしに対して、いま、こんなふうに剥き出しの感情をぶつけてくるのか、ぜんぜん、ぜんぜんわからないの――理不尽よ。ねえ、だって、こんなのは――。

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