どうしてそんな子の手を取るのよ
彼女たち三人は、あきらかにわたしの存在に気がついていた。
それはもう。そんなこと、見れば一目瞭然だった。
一日じゅう、数字ばっかり睨めっこしたせいか、仕事のあとになってもなんだかぼんやりとして人間味のない里子。ほんとうにただのマシンみたいよね。
ただ固定されて身体の粘液を採取されるだけだから、とっても楽なだれにでもできる国立学府でのお仕事をやっているはずなのに、やっぱりほかのふたりとおんなじくらいにぐったりして、しかもなぜだか震えちゃって里子の服の裾なんかにしがみついている美鈴。かわいいだなんて思わないわ、小動物とでもいってほしいのかしら、せいぜいが上限でよくってドブネズミってところ。
そして、地味な服地味な顔で、年齢からすると信じられないくらい老けたガサガサの雰囲気の雪乃。それでも、雪乃がやっぱりこのなかではいちばん、意思めいたものをもってして最初にわたしを見てきたのだ――。
「……あ、南美川さん、お疲れさまでございます……」
そう言って、疲弊しきったようすでぺこりと頭を下げる。
里子は口を開けて呆けたままその動きに単に倣うようにしておんなじことをして、美鈴は里子が頭を下げればそれに釣られるみたいにガバッと頭を下げた。
……ふん。
わたしは言葉で返さずに、邪魔よ、って意味を込めて腕組みをして鼻を鳴らした。
まーた、お疲れさまって言って。馬鹿のひとつ覚えみたいに。それしか言うことないのかしら。
それに、そのイントネーション。また、標準からずれているわ。
いつもなら、イントネーションがおかしいってまた蹴ってやるところだわ。
この子、いつまで古都の言葉にこだわるつもりなのかしら。イントネーションくらいちゃっちゃと直しちゃってよね。そんなこともできないから、アンタわたしよりずっとずっと、劣等だって言いたいのよ、わたしは。
……でも。
いまは、いい。
だって、狩理くんがいるもの。
狩理くんと、話すほうがだいじだもの。ねえ狩理くん――
そう思って狩理くんを見上げてみれば、わたしは愕然とした。
だって、狩理くんは。
なんだかとっても楽しそうな、……そして優しそうにも見える顔を、……体外用の顔面をつくって、あの子たちに、――わたしにとってみれば人間とも思えない能力のあの三匹に、いままさに話しかけるところだったのだもの。
「はいはい、お疲れさまっす、幸奈の同僚のひとたちだよね?」
「えっ」
雪乃が、肩を大きく震わせた。
ほかのふたりはただひたすらにかたくなに、うつむいている。
「……そ、そうですけど、なにか……」
「うわー、はじめて会った。偶然ですねえ。幸奈からよくあなたたちのお話は聞いてますよっ。なんだかエキセントリックでありながらも優秀な先生のだいじな研究を四人チームでバシバシ片づけてるとかっ。すごいですねえ」
違うわよ狩理くん、それはわたしがひとりでやっているの――そう言う間もなく、狩理くんは信じられない行動に出た。
狩理くんは、あろうことか、……すたすたと歩み出ると雪乃の手を取って、握った。
雪乃は呆然としてその顔を見上げている。当たり前じゃない。わたしだって呆然としているわ。
その顔に、ちょっとでも、……女めいたものがなかったからいったんはよかったけれども。
そうよ。そうよね。……変に鼓動がうるさいけれど。
前の状態ならともかく、おしゃれもなんもする余裕もないはずの、あの子たちが――まともな男性の目からして、まともな女性として映るわけがないわ。
でも、それなのに。
狩理くんは、雪乃の手をまるであたかかく取ったまま雪乃たちをにこやかに見ている。
にこにこにこにこ、にこにこして見ているのだ。
「俺、峰岸狩理っていいます。幸奈とはね、なんていうのかな、むかしからの腐れ縁っていうか」
狩理くん。ねえそこは。――真っ先に、婚約者って言ってよ。
わたしのそんな気持ちなんてぜんぜん、ぜんぜんつゆ知らず、……狩理くんは、おどけたように自分を指さすの。なんで。なんでよ。なんでそんな子たちに、そんなコミュニケーションサービスなんてしてあげるの――。
「で、俺も国立学府の学部後期課程の三年生で、
「……え、
「……だから、雪乃、イントネーション」
わたしは耐えきれずに言って。
雪乃が、やっぱりさらに大きく肩を震わせて。
……でも、わたしは、狩理くんを睨んだ。
睨みつけたの。
……ここしばらく、こんなにも強く真正面からこのひとを見据えたこと、あったかしら、って自分でも思うくらいに。
わたし。……わたしは。
「それに、狩理くん。やめて。それ。……そんな女の子の手を取らないでよ、汚いじゃない」
かき乱されて、いたの。
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