やっぱり変に歪んでしまう
「なあ。最近さ、友達とかに会ってる? ほら、高校のさ。なんか御宅いっぱい友達いたじゃん。教室でもさ、お節介して――」
その話題は、あまりにも唐突に思えた。
「……いきなり、なに? 最近はほとんどろくに会えていないわよ……だって研究で忙しいんだもの」
「もう高校の友達には興味はないってわけ。あんなに仲よししてたのに」
「そんなことはないわよ。いまでも、いい子たちだったと思ってる。でも仕方がないじゃない。ねえあなただってそうでしょう、卒業してからは高校のひとたちとはどうしても環境が違ってきてしまうわ。そういうひとたちと会ってもお互いが不幸な気分になるだけだと思うのよ」
「……御宅は自分が優れてしまうっていっつもいっつも言いたいんだなあ」
「なによ。狩理くんのほうから訊いてきたんじゃない。ねえ、なんの話? 狩理くん、どうしてここにいるの。わたしを待っていたのよね。どうして、待っていたの――」
「やっぱり、御宅は優秀者がいいんだな」
わたしの問いかけに答えるかたちではなく。
ぼそっと、狩理くんはそう言った。
「だから、優秀になるためなら手段も選ばないんだ。……高校までとは、ずいぶん変わったな、御宅は、やっぱり。
なあ覚えてるか。幸奈、おまえ自身はずっとひとにかまってばっかりだったこと。明るくてさ、無邪気でさ、ちょっとおてんばで……でもだからだよな、目立ってたってこと」
わたしは狩理くんの横顔を見た。笑おうとしてでも失敗して、だからたぶん唇をとても妙なかたちで歪めて。
「ねえ、さっきからなんの話をしたいの、わたし、わからないわ、……ねえ話があるなら狩理くんのアパートに行きましょう……」
エントランスの人通り。
もちろん、さほどではないけれど。
でもやっぱり、ときおり人の姿がある。エントランスは出入り口というその当然の目的上、けっして雑談をするための場所ではない。そういう場所は国立学府の至るところに専用スペースが設置されているし、その証拠にエントランスにはただのひとつもベンチや椅子がないのだから。
わたしは、出口に向かって歩き出した。
一歩、二歩、三歩。
狩理くんもしぶしぶとだけれどいっしょに来るものとばかり思っていた。
でも振り返れば狩理くんは、頬杖をついてどこかを見上げる体勢にまた戻ってしまっていた。こっちに来る気配が、歩き出す気配が、ぜんぜんなくって。
「ねえ、狩理くん。行こうよ」
返事がない。だからわたしは仕方なく三歩二歩一歩ぶんを引き返して、こんどはその腕をしっかりと掴んだ。
「ねえ、ねえってば」
「――行かない」
耳をとっても澄ませていなければあっというまに聞き逃してしまうような、たとえばそれは繁華街の雑踏のなかではまぎれもなく喧騒のなかに溶け込んで消えてしまうみたいな言いかたと、かぼそさで、狩理くんはでもたしかにいま言ったのだった――行かない、と。
「幸奈も、今日は俺のところには来ないでくれ。まっすぐ家に帰ってくれ」
「……え、なに? なんなの? 狩理くん、なんかほんとおかしいわよ」
わたしは余裕を示そうと、にこやかに言ってあげるつもりだった――でもやっぱりにこやかにはなりきれなかった、ひきつってしまって、つっかえてしまって、……だからやっぱり変に歪んでしまって。
わかっているのに、その歪みは……止まらなくて。
「えっ、じゃあなんのためにここに来たの、狩理くん。わたしを待つためじゃなかったの? それはさ、ほんとはさ、端末に連絡くれたほうがよかったけれど。でもわたしを待つためにここにいたんでしょう? だったらなんで今日これからいっしょにいないって選択肢ができるのよ。そもそも狩理くんそうやってわたしの誘いを断らないじゃない。どうして今日は断るのよ。ねえ、わたしはいつだって狩理くんのアパートに行っていいって、家族同然なんだからって、そう言っていたでしょうパパもママも――」
「御宅は優秀者ってものがほんとうにわかっているのか」
狩理くんの、声。
大きくもなく激しくもなく、それでいて叩きつけるように厳しい。
「そして劣等者ってものをほんとうに理解しているのか」
その目には、すさまじいほどの、……いまだかつてわたしが見たことのないほどの怒りが、たたえられていた――。
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