そして、コーヒーショップでの思い出はフェードアウトして

 どうでもいいことを語っている。

 あはは、と葉隠雪乃は笑った。

 黒銅里子も、あはははと笑った。

 わたしは黙っていた。

 守那美鈴は、微笑んだ。

 わたしも、つられるように、笑ってはおいた。



 ……これ、なんどめの繰り返しだろう。

 自分たちの事情開示と、これから仲よくなるよね自分たちって相互確認が、終わったら。

 すっかり、意味も価値も極小の場に――。



『わかるー。すっごい髪サラサラだしね』



 ……だれが言ったって、変わらない。

 そんな言葉に――意味が、あるの?



 ……もちろん、あるのだわ。

 それは人間関係を円滑にするため。

 意味のない、価値のないように思えても、それは、もっともっと大きい、……優秀性ってものを、担保するため。



 わかっては、いるわ。でも――。



 ……わたしは、意識してちゅーとオリジナルカフェオレをストローですする、そんなポーズをする、……止めてはいけない、愛想を止めてはならないの。



 ……会話の断片ばかりが、耳に入ってくるのだわ。

 かわいいとか……なんとか系とか……おしゃれとか……いいなあとか……。



 ……断片ばっかり。

 わたしの耳に届くのは、ほんとに断片ばっかりで。



 ……どうしてかな。

 晴れて、国立学府に入ったというのに。

 なんだか、わたしにとって。……高校のときには、あったのに、いまは、ないものが、たしかに、ある。



 大学生になってから、そういえば愛想以外でひとと会話をすることが、ほとんどない。


 高校までの友達は、……ほんとうに国立学府の学生になっちゃったわたしに、やたらと気を遣ってきて。ずっと仲よくしてようって向こうが強く強く欲しているのがバレバレで、なんだか、萎えて、……それはそれで愛想ばかりになっちゃうんだし。


 家族は、いまも優しいけれど。……真ちゃんと化ちゃんももう高校生で、いまも懐いてくれているとはいえ、でもやっぱりもうお姉ちゃんお姉ちゃんってだけの年頃でも、ないし。パパとママは、わたしがとってもちいちゃなころから変わらないような優しさで、……とくに、代わり映えはしないんだし。


 そうやって考えていくと。

 ほんとうの気持ちで話すのはそれこそ狩理くんくらいだけれど、でも、狩理くんとはかえって真逆に、……不機嫌さだけでしゃべるときが、もうこのごろ多すぎて、多すぎて。




 かわいい……なんとか系……おしゃれ……いいなあ……。




 黒銅里子は突っ伏したまま、ちらり、と守那美鈴を上目遣いで見た。


『とか言ってー。美鈴だってめっちゃそういう系じゃん』

『えー、私なんて、どこがー。ぜんぜん』


 とか言いつつもじっさいのところ守那美鈴は微笑んで――栗色の髪を、耳にかけなおした。……無意識なのかな。だとしたらちょっと無防備すぎるし、意識的にやってるんだとしたら、それはそれで……ちょっと、足りないんじゃないかしら。



『里子もたいがいや』

『あっ、それどういう意味よー、雪乃ー!』

『あはは、ふたりとも、おもしろーい。いいなっ、いいなっ』



 わたしはいますごく狩理くんのアパートに行きたかった。それでわがままを言って狩理くんを困らせてビーズクッションをぶつけたかった。

 そうでなかったら高校時代に戻りたかった。クラスのお友だちたちと楽しく過ごしたあのころ。奴隷的存在だっていたし、楽しかった。あんなふうに、無邪気に暮らしたい。のびのびと。わたし、もっと自由に生きていたいの――。



 ……まだ、なのね。

 まだ、まだまだ、足りないのだわ。




 わたし、もっと、優秀にならないといけないのよ――。



 ……コーヒーショップの、賑やかな場で。

 頭をめぐるのはそんな思考ばかりだった。

 コーヒーはちゃんと苦くて甘いドリンクはちゃんと甘いなかで。

 みんなの会話。いまでも耳に残るような、三人の声。

 喧騒……。




 だから、わたし、もっとがんばろうって思ったのに。

 その日から、もっと、もっともっともっとがんばったのに――。





 和気あいあいとした場だって、なにかには生かせるって信じて。

 でも。なのに。それなのに。




 行き着くところは。

 けっきょくのところ、あの三人の頭を踏みつけるところ、だった。



 ほんとうは、劣等なのに。

 わたしに比べて、劣等でしかなかったのに。

 ……あんなふうに何時間も。

 どうでもいい、意味も価値もない交流ばっかり、繰り返して。



 ……それだっていちおうは優秀だからって思って、わたしは意味や価値をさぐってあげていたのに。





 まさか、ね。

 ただ、ほんとうに、劣等だったなんて。




 ……呆れちゃうわ。




 べつにわたしは頭を踏みつけたかったわけではないのよ。

 そうしたくてそうしたかったわけじゃないの。

 でも、そうでもしなければ、バランスが取れなかった。

 わかって、くれるかしら。……わたしだって、つらいのよ。ねえ。





 だれか、わかってくれるのかしら。いつかは、……いずれは。

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