攻防戦
わたしは、微笑みを崩さずにいられた、と思う。
たぶん、たぶんね。たぶん、よ――。
……なにが、そんなにおかしかったのか。
ひと通り、笑いに笑い終えたらしい三人。
葉隠雪乃が、笑いすぎてもうたわ、と言いながら、たしかに笑いすぎで出てきてしまったらしい目尻の涙を、指の腹で拭っていた。
そして、はあー、とひと息ついてる。
……だからね。
あっ、くるかしらって、思ったのよ――そしたら予感は的中した。
『……そんで、あの、南美川さんも――』
『ええ、もちろん。雪乃、里子、美鈴……よろしくね』
葉隠雪乃は、ちょっと困ったように微笑みをたたえた。
わたしのいまの答えは、けっして間違ってはいないだろう。みんなと、わたしも、親しくなりたいわ。そんな意思を示した返しが、誤答なわけもなく――でもわたしにはわかる、わかるわ、……それはたぶん、葉隠雪乃にとっての正解ではないんだと。
いまの、流れ。
わたしがすぐに明るくつやつやした声で、ええ、もちろん、と言ってしまわなければ。たぶん、濁った直後の言葉には、事情を訊きたいって言葉がきたっておかしくはなかったのだ。
いやよ。
だから、避けたの。
わたしは、おんなじ目線にはいかない。
おんなじレベルには立たない。
たとえそれで、若干の不満や、警戒をもたれても。
……自分の情報なんて、そんな初対面から開示するものではないわ。
それに必要だったら、……というよりかこのひとたちが聞く耳が、聞ける耳が、ほんとうに、あるのなら、いずれはそれは言うべきときがくるでしょう。
つまりこのひとたちがわたしとすくなくとも同程度以上の優秀者どうしであれば――そういうプライベータリィな話をする機会だって、きっと、いずれは、……くることでしょう。
だから、いまは。
避けておいた。……それだけのことよ。
だから葉隠雪乃さん。
そんなに切なそうな、なにかをちょっと諦めたような角度で、唇を曲げてしまわないで。
あなたにとってはそれはなにか意味も価値ももつことなのでしょう。
つまり、ひとの事情を優しく優しく聞き出すことは。
でもねそれはわたしにとっては意味も価値ももたないのだから。
だから、その価値観に、わたしを巻き込もうとしないでちょうだい――わたしはそれでもけっして巻き込まれはしないけど、でも、……巻き込もうとされるだけで、ちょっと不愉快ってところがあるのは、正直、ほんとうよ。
『えっ、じゃあ、幸奈って呼んでいいの!』
……いまばっかりは、守那美鈴のもつどこまでも幼い無邪気さに、助けられたのかもしれない。
ええもちろん、とわたしはあらためて微笑んでおいた。
『もちろんよ、美鈴。だって、わたしたち、仲間じゃないの』
『えっ、えーっ、ねえっ、ねえねえっ、それって私もいいってこと?』
『もちろん、里子。お友達になれそうで光栄だわ』
『ひゅーっ! 私、南美川さんと、あっ、ううんっ、ゆっ、……幸奈とっ! お友達になれちゃいそうだぞー、なっちゃいそうだぞー、っていうかもう、なっちゃったぞ? って感じで!』
『里子ったら、そんなにはしゃがなくても……』
『えっ、だって、友達になれそうだなんてめっちゃ嬉しい! 幸奈って、めっちゃきれいだし、なんかお嬢って感じで、研究室でなんどかすれ違っても近づきがたいっていうか別世界のひとっていうか――あっ、これってべつに悪い意味じゃないからね? いい意味でだからね? ねっ、だから誤解しないでねっ?』
『ふふ、だいじょうぶよ、誤解なんてしないもの』
『里子、嬉しいからってはしゃぎすぎだよー』
『えーっ、バレちゃう? バレちゃう?』
『でも、私、なんやわかるなあ。……幸奈に対して、そう思ういうこと』
葉隠雪乃が、はんなりと言う。
やっぱり、頬杖をついて。やっぱり、目を細めて――。
『……なんや、別世界のひとみたいな気ぃ、しはる。……背負ってはる事情も、どえらいもんが、ありそやな』
わたしは、ただただ微笑みを返しておいた。
そこまでよ。いまは、そのくらいにしておきましょう。わたしは、あなたたちにまだ、――なにひとつ開示するとは決めていないのだから。
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