自覚しているけれど自覚しきれていない悲劇のヒロインタイプ

 そんな妹ちゃんタイプの守那美鈴に、だって、もうすでにやられかけてる女の子が、ここにいるんだもの。



 黒鋼里子。

 たぶんこの子も、ほんとうはずっと、見た目や雰囲気よりはじっとりとした本質。


 けれどもそれを、意識的にか無意識的にかはもうちょっと観察してみないとまだわからないけれど、とにかくどこかでは自覚しているのでしょうね。

 だからこそ、髪の毛もこんなに男の子みたいにさっぱり切って、明るい茶色に染めている。しゃべりかたもざっくばらんにちょっと過剰なほど若者っぽくしている。

 面倒見のいい姉御肌みたいな雰囲気を目指している。


 その方針に従えば、黒鋼里子はたしかに葉隠雪乃にも守那美鈴にも、一歩間違ったらべたべたしてるって捉えられるくらいには、くっついていかなくっちゃならない――女の子どうしの確固たる友情、かわいいねとか、優しいねとか、お互い気を遣いながらもいざってときはいちばん頼れるお互いでいるみたいな、……そんな雰囲気を演出するのは、いわゆる姉御肌って言われるひとの、役割だから。



 ……女子会しようって、いまにも言い出しそうな子よね。

 女子会って、旧時代とは違って、現代ではもちろん女子じゃなくても参加できるものだけど。トラディショナリィに、女子の文化、ってされてきた、そうねたとえばこういうコーヒーショップやカフェ、スイーツや、かわいい系のファッション、そういったものが好きであるならば、身体的性別も心の性別も問わず参加できるものではあるけれど――。


 ……でも、わたし、そうは言ったって女子だしかわいいからって理由で、よく女子会とか誘われるのだし。慣れているわ。だから、こういうコーヒーショップとかで過ごすのも得意よ。でもねやっぱり面倒に思うときもあるの。それでも、いつも参加しているわよ。……それが参加するって思える価値のある場、思える価値のある相手ならば。

 だから今日だって同期だねよろしくねみたいなこの会に、こんな数時間も使って参加しているんじゃない。思えばね。……わたしは事前の仲間リサーチのためにこういう場が必要だって思って提案したけど、やたら乗ってきたのは、女子会、女子ばっかだし女子会じゃんねっ、とかやたらはしゃいでいたのは、そういえばいま思い返したならば、間違いなく黒鋼里子だったわね――納得よ、いろいろと。



 ……そういう、べたべたを隠すさっぱりさって、わたし、けっして好きではないけれど。

 でも、すくなくとも自分の粘度を自覚はしているのよね。

 そこが、どでんと構えて呆けて口を空けているだけみたいな性格イメージの、守那美鈴とは違うのかも。


 でもだからってべつに黒鋼里子が守那美鈴の上位互換だなんてことはけっして思ってないし、黒鋼里子のほうがマシとも思ってないわ。

 むしろ、いろいろこじらせているぶん――キツい体臭のようなものが漂ってるのは、黒鋼里子のほうなのかも、……いいえ、もちろん比喩だけれどね。じっさいのこの子は、たぶんこざっぱりとして、嗅ぎたいとはもちろん思わないけれど石鹸の匂いでもしてきそうな女の子だから――。




 あのね、黒鋼里子がね。

 どこをこじらせているか、って。



 黒鋼里子は自分が主人公だと思っている。

 これは、間違いないと思う。


 貧困エリアに生まれて。

 研究者たちに、拾われて。


 お涙ちょうだいのわかりやすいお芝居みたいな、貧困エリアの、仲間、たちとの別れ。

 そのあとも、とってもとってもわかりやすい。つらい努力の日々。シビア、とばかり思えた環境。

 見出された、そして、仲間たちとつながれた。


 自分自身の、実力で。

 仲間たちを、養い続けている。

 彼らの人生を自分の優秀性で保障し続けている――だってすくなくとも黒鋼里子本人は、そう思っているに決まっているのだわ。



 自分自身を主人公だと。

 悲劇のヒロインだと、心底思い込んでいるの。


 だからさっぱりしたがるのよ。

 だから姉御肌になりたがるの。

 だからこそ、ひとの面倒、見たがるのよ。

 明るく――だってそっちのほうが、



 じめじめしているより、ずっと悲劇のヒロインっぽいって、思っているんでしょう黒鋼里子さんあなたは自分自身で、――そういうところが、わたしにとっては臭うのよ、気づくの、そういうこと、……わかられてるとも、わかっていないで。




 ……まあ、いいのだけどね。

 だって、ひとはやってけないってこと、わたしは知っている。

 この社会のほとんどのことは、知らないことだけれど。

 たぶん世界のほとんどのひとが、もう忘れてしまったことだけれど。



 ひとは、自分の人生を。

 物語にせずには、いられないのよ。



 それが、そのひとにとって耐えがたいものであればあるほど。

 ひとは、自分自身の人生を、物語にする傾向があるのよ。


 その物語が、たとえほかのひとにとって響かなくったって。

 たとえばわたしが黒鋼里子の自分自身でつくり出したのである物語に、なんだかすこしも感動せずに、どっかでたくさん見たことあるなあ、陳腐だなあって思ったと、したって。



 物語に、せずには、いられなかったのね、黒鋼里子は、……でもそれが現代社会ではなんだか平凡な話にしか聞こえないってことには、気づいていない、あくまで自分が非凡だと思っている、……記憶力の超優秀ってあのとき報道されたのね、なによ、やっぱりこんなものなのね、……そんな物語しかもたないあなたは、黒鋼さんは、……哀れよ。

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