古都出身者

 ――そして、葉隠雪乃。



 いちばんやんわりしていて、いちばん目立っていないように見える。

 けれどだからこそ、わたしは、……すくなくともこのなかでは、この人間にいちばん気をつける必要があるかな、と思っていた、……もちろん杞憂なら、むしろいいなってくらいの気持ちなんだけど。



 そもそもこの、過去や事情の吐露大会とでもいった現象は、葉隠雪乃が自身の事情を話すことからスタートした。

 それも、いきなりだ。

 おのおの注文を済ませて、席に落ち着いて、わたしだって、さあここからいったいどんな当たり障りのなさのレベルで探っていこうかしらね、と思っていたようなタイミングのところで。

 唐突に、



『私、古都とこっちの、ミックスですのん』



 そんな、ことを言い出して。

 ミックスだなんて言葉、……かりにも生物学専攻だったら、違和感あって、突っ込まざるをえないようなことを。


 じっさい、それで、わたしだってとっさに笑って、突っ込んでしまったわけだし――あんなことはほかのふたりのときには、なかった。

 黒鋼里子と守那美鈴のときにはわたしはとっても余裕をもって振る舞いひとつひとつをほとんど完全に計算できてかなりの精度でそれを実行できた、と思うのに、



 ……思えば、あのときにはわたしは不意を突かれていたわ。

 そのあと、真面目に反論しちゃったようなことだって、その証拠。



 そう思うと、悔しいとも思うし。

 なにか不穏なものも、感じるの。



 思えば葉隠雪乃は、最初に自分の事情を突っ込んでおきながら。

 それでいて、振り返れば、自分の語りはあっさり済ませた。

 もちろんそれなりに重たさがあり、それなりにはボリュームのある話だったわ。



 でも、そのあと。

 後に続いたふたりが、あんなにじっとり一生懸命、語ったことに比べると。



 葉隠雪乃は。

 あとは、とことん聞き役に徹していたわ――。





 ……古都のひと。

 本人いわく、ミックス、とはいえ、葉隠雪乃は、古都のひと。


 わたしはいままで、古都のひととはあんまりかかわったことがない。

 首都で、すべてのことはこと足りる、と思っているからっていうのもあるけど。


 古都は、遠いところだと感じていた。

 もともとはおんなじ、旧日本国のエリアでありながら。

 伝統性を守るために、なんて言って――ぽかりと人工知能化を拒否するその都市のことは、……わたしだけでは、ないだろうけど、なんというか……優秀者の心を、ざわつかせるようなところがある。



 首都の、学校で。

 社会適応科の、授業で。


 わたしたちは、古都はほとんど独立して、そして完結しているんだと教わる。

 古都の暮らしはいまや首都よりずっと貧しい。

 けれどもそのなかでいちおうは暮らしが達成されているという。

 経済活動も、そのなかで循環することができるという。

 ……あんな、人口。あれだけの、小さな小さなエリアのなかで――。


 おおむかし、太古といえるほどの時代には、そのエリアはこの島の中心地でもあって、豊かで豪華な文化をもっていたようだけど――それはもう神話か伝説かってくらい古い話だ、……学校の教師が、そんなことに興味をもっているわけがない、教える、わけもない。


 たしかに趣味で伝承を読んでいると、これ、古都かしら? と思う地がよく出てくる。

 でもそれはあくまで趣味の、プライベートな趣味の範疇よ。


 古都というのはじっさい現代に存在しているものなの。

 かなりの効率性と合理性で達成された、人工知能化のこのエリアで。


 古都というのは、異質に浮いてる島国みたいなものなんだから――。



 ……じっさい、古都と首都との人の行き来というのは、珍しい。

 葉隠雪乃は父親が首都出身だったようだったし、……古都にもいちおう古都以外の人間のためだけの学校があったり、古都以外の人間を迎え入れるキャパシティは、極小とはいえ、あるはずなんだろうけど。


 ……それであったって葉隠雪乃はレアケースなのは間違いないわ。

 希少性というのは、あるときにはそれだけで優秀性に直結する。



 だから。わたしは。

 ……葉隠雪乃だけは、たぶん完全に読み切れていないと感じたわ。




 しれっと、穏やかに、影が薄いようすを装いながら。

 はんなり、とか言うのだったかしら――古都流のこういう雰囲気、……はんなり、しながら、心をいちばん最初に全開したようでありながら、ひとのことを、持ち上げて、油断させておきながら、




 なんだかだいじなことは、ひとにばっかりしゃべらせている気がするの。




 ……今後気をつけるとしたら、とりあえずは葉隠雪乃だ。

 だから、わたしがいまから発する、だいじなだいじな質問も。




 ほかのふたりもまだ気を抜いて見れる段階ではないけれど、とくに葉隠雪乃に気をつけなくちゃって、……なんなら積極的に話題を振っていかなくちゃって――そう思って、わたしはちょっとだけ唇を歪めたの、気づかれない、程度にね、……さあ、いくわよわたし、話を聴くの。






 みんなで、優秀者としてやっていけるのか。

 たしかめるのよ。すくなくとも、その意思を。ねえ、……すべては、優秀性のため。

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