ユカとハチ

 見つかった、十人の生き残りの子どもたちは。

 そのだいたいが十代と思わしき年代となっても、みんな。サト、のことをよく覚えていたようだ。


 最初は、優秀者の使いに警戒心をあらわにしていたという。……むかしむかしに優秀者によって、彼らのリーダー格の少女を唐突に連れ去られ、その名前を全力で呼んで背中を追いかけたのに、ひとり残らずスタンガンで気絶させられたのだから、それは、そうなるだろう。


 しかし、彼らに対してはアナログ紙幣をちらつかせるまでもなく――サトという少女、という名前を出しただけで、あっというまに、……ほとんど、警戒を緩めてしまったという。



『まったく、あの子たちらしいよ。すこしは人を疑えっていうか、懲りてほしいっていうか』



 黒鋼里子は、やけに愛しそうにぼやいたけれど――わたしは醒めた気持ちで思っていた、それは、……ただ単に、劣等者の限界というだけではないかしら。



 そのなかでも、比較的年長と思われるふたりの少年少女は、すぐには警戒を解かなかったという。

 彼らの名前は、黒鋼里子がいうにはユカとハチ――その名の由来は、サト、とおなじく、まったく不明だ。



 ユカは、黒鋼里子がサトとして子どもたちのリーダーだったころから、サトの次に頼りになる少年だったという。唯一、サトより背丈の高い子どもでもあったという。

 口数は少ないが、無愛想というわけでもない。はにかむように笑う癖は、黒鋼里子と共通していたが、でもユカのはにかむ顔を見るとそこには、自分にないなにかがある、と黒鋼里子はいっつもどきどきしていたようだった、……へええ、ふうーん、それって。

 あどけなさと、どこか周囲と違うおとなびた静けさを、もっていた少年――だった、という。


 ただ、いざってときの行動はそんなちょっと儚げな印象をぶっ飛ばすほどの凄みがあったという。


 必要がなければ、意味のない暴力さえも一種のイベントとして好まれる貧困エリアでは珍しく、暴力を嫌うほうだったが。

 必要とあらば、暴力のはびこる貧困エリアでさえも驚愕を集めるほど、躊躇なく武器を振り下ろして、細い身体のどこから出てくるんだと思うような力で普段は細目の目をカッと見開いて、相手を全身全霊で叩きのめそうとしたんだという――ときには、黒鋼里子の仲裁が必要なほど。



『だからユカがすぐに警戒を解かなかった、っていうのはすごく想像ついたな。たぶんいまにも殴り殺すぞおまえら、みたいな顔で睨んでたんだよあいつ』



 ハチという少女は、ある意味では、ユカと対照的だったという。

 黒鋼里子よりもユカよりも、おそらく確実にひとつふたつは年下で、無邪気にふざけていれば、ただの、短髪の、ちょっとボーイッシュの、いたずら好きの、少年っぽさをもったかわいい少女だった。

 おしゃべりが大好きで、たとえばユカがほとんど言葉を返さずうなずきだけのあいづちを返し続けても、嬉々として、好きなことをしゃべり続けていた。あそこのゴミ置き場からはたくさんファストフードが出てくることに気がついたとか、なんとかいう人の住みかの屋根にこっそりのぼって見る青空が眺めがよくて最高なんだとか、そんなようなことを、明るく――。


 それでいてハチは難しい子どもでもあった。

 自分の気に入らないことが、許せなくて。自分の嫌なことが、とてもとても許せなくて。


 ちょっとでも、なにかがあれば。

 気の狂ったような叫び声を上げて、髪を振り乱して。そこらへんにある棒きれでもなんでも持って、一目散に突撃していったという――。



『要はすぐにキレたってこと。……あの子は、ほかの子ならすぐに納得できることでも、嫌だったら、仲間に対してさえも牙剥いたからね。……殺してしまうほどの勢いのときも珍しくなくって、そんなときにはユカとふたり、必死に狂犬みたいなあの子を止めたよね。……ユカもさ、暴力の実力すごかったけど、でもユカはいちおう理性で判断してたから。ハチは、どんなに道理を唱えても、止まらなかったから、けっきょくいつも私とユカと、ふたりがかりであの子を止めるしか、なかった』

『……仲間以外には、どないにしてたん?』

『うん、そうだなあ。いちおうは仲間たちに対しては存在した、リミッター、って概念が、消滅しただけ』

『しただけって、黒鋼さん……それ、だいじょうぶだったの?』

『だいじょぶじゃ、なかったんじゃないかなあ。……結果的に人殺しになってなければいいなって思うけど、ま、……あの子のことだから、それは無理だったかもしんないね』

『ええっ、ちょっと、それって……』


 守那美鈴が、困ったような笑顔で口もとをひくつかせていた。



『まあ、仕方ないよね。貧困エリアのことだから』



 ちょっとだけ細めて、そしてちょっとだけどこかやっぱり誇らしげに、黒鋼里子はそう言い切った――わたしはますます心配になる、……ちょっと、ねえ、この子、ほんとうに優秀者としてこれからやっていけるの。わたしたちと、ましてやわたしと。




 ……暴力が、使えることを誇るだなんて。まさしく、ほんとうに、劣等者の価値観って感じだわ、……暴力を使えることじたいはかまわない、それは、……ある意味では人の権利だから、でもそういう力っていうのは優秀者が使うからこそ、意味があるんであって、それに、もっともっとほんらい慎重に扱わねばならないたぐいの力であるはずで、だから、だから、……暴力ができる、ってだけのことを、こんなに認める価値観って、……それってやっぱり劣等者の価値観なんじゃないかしら、この子、この子、……ほんとうに、




 やって、いけるのかしら。……わたしたち、優秀者の社会で。

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