うっとうしい危惧

 黒鋼里子からの熱すぎる一方的で実質強制的な握手を、それでもわたしはいままでの相対優秀者の環境でそれなりの優秀者として身につけた振る舞いで、そつなく、角を立てることもなく、……本心もわかられることはなく、軽く、それでいてたぶん適切に、処理し終えたあと。



 ……黒鋼里子が、研究所に連れていかれてから円周率記憶コンテストで優勝するまでの、だからたぶん五年間程度のうちに。

 黒鋼里子の十三人いた仲間たちは、十人が、見つけ出されて。……あとの三人は、仲間たちや貧困エリアの住民の証言によって、みなそれぞれの理由で、やはりあっけなく、死んでいったらしいけど。


『それでも、黒い金属みたいなところの上に、集団で、粗大ゴミのかたまりみたいに捨てられていたときよりは、ね。あのときは、半分以上が気がついたらいなくなってたわけだし。それに比べれば。人数的には、少なかったけどさ――』

『うん……そうだよね。やっぱり、ちいちゃい子のほうが、身体的にも細胞的にも脆弱性が強くって、すぐに、……いろんなこと、起こっちゃうもんね……』

『そうかてすぐに割りきれることちゃう……』



 新しい、……仲間たち、の同情を得て。

 ああ、ここでは話して、……語っていいんだと、黒鋼里子がたぶん心の底から本心から、そう感じたのだと、思うので。


 三人の死んだ仲間たちが、どんな人間だったか、いかに、……自分を慕っていてくれたか、そんなことを、いよいよ嗚咽混じりに黒鋼里子が語るフェーズに入ったあたりで。



 わたしも頬杖つくのをやめて、手をテーブルの下、膝の上で整えて置いて、……うん、うんうん、とまるで同情的にうなずきながら、意識はほとんど――もの思いのほうに、意図的に飛ばしていた。




 ……気に、なるのが。




 黒鋼里子は、仲間、仲間って言葉をとっても好んで使っているし、もちろんそういった関係性の存在が貧困エリア出身ならわたしたちとはまた違った意味をもつんだろうけど、でも、それにしたって、……ちょっとだけ、その言葉に酔ってるようなところが、あって。


 でもその対象ってたぶんだからほんとうに貧困エリアでともに過ごした相手たちに対してのみなんだ。


 仲間、っていうのが、たとえばともに時間を過ごして、ともになんらかの共通点があって、いっしょに、かかわったひとたちのことをいうんだって、そうやって考えたとすると。


 黒鋼里子の仲間というのは、ほんとうは、貧困エリアの彼らたちだけだったわけではない。そうではなくて、……研究所や、黒鋼博士チームのひとたちも、その言葉の対象になったはず、なのに。



 でも、どうやら黒鋼里子はやっぱりその言葉をそういった意味で使わない。

 黒鋼里子が仲間、仲間といった場合には、たぶん、ほんとうに、だから貧困エリアの幼なじみのひとたちだけを、さす。



 ……突っ込みたいけど、面倒だから、わたしは突っ込まないけれど。

 葉隠雪乃か、守那美鈴が、突っ込んでくれるのならばそれはそれで笑顔でにこにこ乗っていこうかな、って思っていたけれど――。



 どうも、そんなような気配はない。

 つまり仲間……というか、あくまで第三者であるこっちからすれば、そちらのひとたちだって仲間っていえたでしょうっていう、……研究所に集められた、子どもたちのこと。



 失敗作と、みなされたなら。

 たくさん、処分されたとは言っていた。


 売り飛ばされたり。

 人権を制限されたり、人間未満にされたり。

 畜肉処分にされることだって、あったり。


 そうやって簡単に人間でなくなり、簡単に殺されていた子どもたちっていうのが、たしかに黒鋼里子の周りにはいたはずで、しかもそういうのを知ってるってことは、すくなくとも、いろんな情報を見聞きしてきたわけだと思うんだけど。



 そして、黒鋼里子は、そういったひとたちの屍のうえに、いま、生きてるんだと思うけど。




 ……べつにね、わたしは。

 きれいごととか。反省してほしいとか。なんか、バランスを考えてほしいとか。ましてや、ひとの気持ちとか。そんな、……笑っちゃうこと、考えているわけではない。




 ただこのひとの思考は歪んでいるのよ。

 黒鋼里子の思考は、わたしからすれば、とても甘くて、甘すぎて、それゆえに、……蟻にたかられてしまった蟻だらけのでっかいでっかいショートケーキみたいに、グロテスクに感じられるの。



 だって。

 たとえば、よ。

 わたしたちだって、これから、仲間ってものになっていくのよ?




 それなのに、いつまでもいつまでも貧困エリアのことにこだわってられたら。

 正直、仲間、どうしとしてそんなの冗談ではないわ。




 優秀になっていくのよ。

 わたしたち、みんなで優秀になっていく、そのために、……そのためだけにいっしょにいるのよ。




 それなのに、なんだか劣等ってことにすこし酔ってる、ひとがいる――それだけのことでたとえばわたしたちのチームの優秀性に蟻がたかってこないかしら、どんなにすばらしいものをつくったって、……最後、なにか甘々に台なしにされないかしら、なんか、そういう、……うっとうしい危惧を感じて、






 そんな、劣等人種三匹なんかのことよりは、わたしはまだそれ以外の、黒鋼里子にとってそっちだって仲間といえるたくさんの屍たちのことを聴ければなあと、思っていたんだけど――話に夢中な黒鋼里子は、そんなこと、気づいてもいないようだった、……あ、まさかいま、唾飛ばさなかったわよねあなた?

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