貧困エリアの出身
黒鋼里子は、語りはじめる。
『ほら私さ、こんな性格じゃんー。ざっくりしてる、っていうかしすぎー、ってむかしから言われるっていうか』
『なんやようわかるなあ……とか言うたって、私、まだよう知らないのに』
『えー、でもわかる? てか、やっぱわかっちゃう?』
『わかるよう。でも、たぶんそれ、みんな黒鋼さんに対して変な意味で言ってるんやないと、思う』
『そうかなー……』
黒鋼里子は、くるくるとマドラーで紅色桜ラテをかき回しはじめた、……それ、厳密にはテーブルマナー違反よってわたしは、思ったけれども、もちろん、言わない。
そんなこと。なんのメリットもなくって。わたしばっかり、損すること、言わないって、もうわたし――とっくのむかしに、学んでいるんだから。
『でもさあそれでけっこうキッツい思いしてきたんだよね』
ぽつり、つぶやいた――それは演技かしら、それとも素が出てしまっているのかしら。どちらにせよ――不格好よ、とは思ってももちろん言わないけれど。
『なんか、明るすぎるとかさ。ハイテンションなのはいいけど、ついていけんわーとかさ。いっしょにいると、なんかしんどいわーとかさ。キッツいとか……しかもそういうの唐突に言われるわけ。それまでどんだけ我慢したと思ってるとかね、相手が爆発してから言われるの。そんならそれまでにいっかい言ってよー、とか思わない? なんでそこまで溜め込んで、しかもそれまで私のせいにするのかなあ』
くるくる、くるくると。――相変わらず、マドラーで、その表面色がピンク色の飲み物を、……液体を、かき回している。
私はちらりと深海の目線のまま守那美鈴のようすをうかがった。
当たり障りのない表情を浮かべてうんうんと話を聴いている――すくなくとも傍目には、そんなように見えるわね。
守那美鈴、守那さん――あなたならば、この女の子の、……いままでかかわってきたひとたちの、爆発、とか、そうなっちゃった子たちの気持ちのほうが、もしかしたら、わかるんじゃないかしら? なんて。言える日は、くるのかしら、べつにこなくたってわたしにはかまわないのだけど――。
『まあわかるよ。私ってウザいんだよね、たぶん』
ぽつりと、言葉が落ちた、ああ、……たぶんこれは、演技ではないわね。
『でもさ私にはじつはそうせざるをえない事情があるわけよ』
ははっ、と笑った――やっぱりそこには、演技らしさが隠せてはいなかったけれど。
『うちってけっこう複雑でさあ――』
そして、黒鋼里子が語り出したことには。
黒鋼里子は、貧困エリアの出身だった。
貧困というのはお金的にもそうだけど、当然、社会評価ポイント的にというところも、さす。
『みんな人間っていうよりは家畜に近いよ。ぶっちゃけ。うん。マジマジ。仕事だって、頭なんかほとんど使わなくっていいものばかりだし。ロジカル的にも、エモーショナル的にも、もう人間ってよか、動物に近いよあれは、あいつらは』
単純作業の労働をする。
だれにでもできる仕事をする。
その日に生きていく賃金をもらう。
日雇い、あるいは長くても数週間の仕事がほとんど。
年単位の仕事にありつける者は、珍しくて、ラッキー。それだっていずれは「もう来なくていい」と言われる。
家畜でもできる仕事でいいからと、彼らは、路地にふきだまっているという。
少なくないものが、仕事をさがしていますと書かれた看板をもって――。
わたしには――イメージさえも、できない景色。
『人間の
AIやロボットがやったほうが効率のよい仕事は、当然回ってこないけれど。
たとえば唐突にそれらが故障したときとかは、緊急の補充員として、おまえ、ひまかと、肩をひっつかまれるようにして仕事をもらえる場合も、あるという。
『ヒューマン・アニマルと変わらない仕事をするひともいるよ』
たとえば、それはごくごく単純な荷物の運搬とか。
身体に縄みたいなものをくくりつけられて、後ろのかごに載せた荷物をひたすらに、運び続ける。
ヒューマン・アニマルとの違いは、せいぜいが服を着てるか、着てないか。
あとは、報酬が、とりあえずはお駄賃みたいな金銭か、単にその日の生命をつなぐだけのエサか、というところ。
あとはたとえば、ごくごく簡単な清掃作業とか。
精密に設計された掃除アームロボットを装着され、ひたすら街をさまよう。
平均的社会評価ポイントのエリアや、比較的高めの平均社会評価ポイントのところにも、もちろん、清掃に行く――だからひとびとは彼らに対して簡単にごみを捨てるし、ときには、単にうっとうしいとかいらついたとかそれとも意味なんかほとんどなくて、殴られたり、蹴られたり、当たり前だ。
バカにされたり、おもちゃにされたりすることだって。
これも、ヒューマン・アニマルとの違いは服を着ているか着ていないかということぐらい。
あとは、たとえば殺されたりとかした場合、殺した者の社会評価ポイントの保障が多少、ヒューマン・アニマルよりはいくら低社会貢献者でもまだ人間とされる者のほうが、多いというくらいというだけのこと――。
『そんななかで育ったんだ。戦争だよ』
……黒鋼里子の言う意味は、よくわからなかったけど。
だって、当然のことじゃない。
無能力な人間が、しかも這い上がれもしないほんとうにほんとうに無能な存在たちが、そういう身分に立場になるのは、当たり前に当たり前すぎることじゃない――なんなら全員、ヒューマン・アニマルにしてしまえばいいのだわ。そっちのほうが、話が、……むしろ簡単なのに。
わたしは黒鋼里子の一気に鎮痛になった語りよりもむしろ、……そういう存在たちでもいちおう人間ってみなされてるっていう事実に、なんだか腹が立って、いますぐ社会的に処分してしまえばいいのになあって思って、ぼんやりしながらやっぱり甘いカフェオレを、やっぱりひとくち飲んだ――。
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