最初は、たしかに四人組だった
――そんなようにしてぶじ、国立学府の三年生になって、そんなに超優秀者の研究室に入れたのはいいけれど。
よかった、んだけど――。
研究室は超少人数制。
いちおう学年が上のひとたちもいたけれど、院生の先輩はときどき研究室に昼寝しに来る程度だし、学部相当段階の四年生の先輩は四年生の先輩たちの研究で忙しそうで、たまにすれ違ってあいさつを交わす程度だった。
わたしは四月からそれまでの大規模講堂ではなくその研究室に通いはじめたけれど、すでにいる先輩たちに紹介されるということもなく、なにをしているかといえば毎日毎日培養液のなかの細胞を
……細胞って、ふしぎなことに、毎日毎日相手していると、なんだかかわいく思えてくるのよね。その細胞の、あるいは人間身体や精神を根本から脅かしうる生物的な本質性も、それを利用する人間たちのことも、なんとなく、見えていて――だからその細胞っていうのは場合によってはパンデミック性の有機毒物よりも劇性が強い、おそろしいものだということもわかっていて、でも、やっぱり、うねうね動く透き通った小さな小さな微小な生命単位的な存在をゆっくりと眺めていると、やっぱり――細胞じたいに罪はないんじゃないかなあ、なんておおむかしの古臭い言い回しのようなことを、思った。
四月も半ばになると、説明を先生からきちんと受けた。
この研究室では、基本的に学年単位でチームになって、研究を進めてもらう、って。
それまでにもなんどかすれ違っていた同期のひとたちと、四人で並ばされて、ちらりと柔らかい目線でちょっとはにかんだ挨拶を交わした。そのひとたちが、同期だってことさえ、この研究室に通いはじめて一週間以上したタイミングでやっと知ったことだった。
先生は、その日も真っ赤なネイルをきらめかせていた。
先生の研究室に配属になったわたしと同学年の三人、そんな四人は、たぶんそのネイルのきらめきにかなわないくらい目を輝かせていたに違いないんだ――あのときには、まだ。
ほかの大学や高等教育機関は事情が別のところもあるけれど、すくなくともこの人工知能圏内においても相対的優秀性の最高峰レベルである国立学府においては、その優秀性をもってして例外なくみんな成人だし、もはや研究者のたまご、とかいう言いわけさえも許されない。国立学府の学生は未熟段階にはもはやあらず、プロフェッショナルの駆け出しとしてみなされるのだから。
だから、単に卒業課題というわけではない。この研究はもはや先生の仕事の一部だ。わたしたちは先生の助手として、プロフェッショナルとして、その仕事を完遂するのだ。
もちろん完遂できなければ未来はない。進む道は、断絶されて、まっくらに、なる。比喩ではない。その通りの意味だから。
完遂できないってことはそもそもほんらい国立学府の基準に足らない人物がなぜだか紛れ込んじゃったってことになるし、それ以上に、ここからはもうわたしたちの人生に失敗は許されないのだ――高校生までとはまったく違うし、国立学府の二年生までともちょっと、いやだいぶ、違う。
高校生まではわたしたちはみんな未成年だったから、たとえ課題が完遂できなくても社会から見切られることは、なかった。
国立学府の一年生、二年生段階では、責任は発生しはじめたけど、でもたとえどんなにキツくたってあくまでもそれは本番に対してのリハーサルだった――だから、わたしたちの失敗は、致命傷になるってことはよっぽどじゃないと、ありえなかった。
でも、ここからは違う。
いまからは、すべてがぜんぶそういう事情ではなくなる。
……先生は当然ながら相対的超優秀者だ。
受けるお仕事だって、超優秀者にしか頼めないようなものばかりだ。
とても社会的で、公共的で、だれしもができないどころか、先生ができなかったらだれがやるのというレベルの――。
その、お仕事の一部を、やることに、なるのだ。
失敗は、許されない。――たぶんまだわたし程度の社会評価ポイントでは、もし失敗が起こってしまったら、それを弁償するだなんてことは不可能だから。
気を、引き締めて。
ああ、わたし優秀者になるんだわって、そんな一種悲壮みたいな決意をして、わたしは先生のその説明に、臨んだのに。
なんだか、立って並んで、先生の話を聞いていたほかの三人は、どこか気が抜けているように感じた。ちょっと、ぼうっとしてるというか。にこにこして、うんうんうなずくのは、いいんだけども――。
彼女たちの名前は、葉隠雪乃、黒銅里子、守那美鈴、というみたいで。
わたしたちは、その日の顔合わせのあと、まるで親しげにお茶にだって行ったのだけど――。
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