なにしてるんだよ、Neco
ひと差し指と中指がキーボードの中段にふれた途端、いつもの感覚だと理解した。大学で学びはじめたときにはもう二十歳だったから僕はNecoに触れはじめてそんなに長い年月も経っていないし、仕事にしてからと考えればなおさらだ。それなのにいつものと思うだなんて滑稽だよなと自ら思った。苦笑するかのように、自嘲するかのように。いつもの、ってなんだよ。自分の突っ込みが脳内で大きく響く。反響する。でも、それを振り払うしかない。というより、もっと正確には、これがある時点では僕は集中していないのだ。目の前のことに。真っ暗なことに。 Necoという、この世を支配する存在、なによりも身近な存在と話していくということに――だから、まずはしよう。
まずは、おこなおう。
Neco、あなたと話すことをおこなっていこう。
いつも通りに――はじめようじゃないか。
Neco対話の、プログラミング。
以前、南美川さんのおうちのように口頭で唱えたのはあくまで特殊なケースだった。音声言語でもNecoにプログラミング可能であるという予測が確固としてほんとうのことであることは僕はあのとき知ることができたけど、でもそれだってなかばイチかバチかだった。Necoとの対話には、基本はこうやってデバイスの画面上を用いる。キーボードも使って。
オールディで、そしてトラディショナリィ――伝統的な、プログラマーという生きものたちのある意味ではあるべき姿。
……それでも、僕はよく。
ひとりごとのようにぶつぶつ呟くかのように、Necoと対話している気がするけれど――それはこのあいだの病院でもそうだった。まるで人間どうしておしゃべりをするみたいに、僕はNecoに語りかけていた。そうだ。そうなんだ。……人間どうしより、よっぽどしゃべりやすいから。
だから。
キーボードを使うか使わないかなんて、……ほんとうはそんなに、関係ないのかもしれない。
僕の指はセットアップを生み出していく。
黒背景に、白文字が、いつも通りに浮かんできた。――いつも通りに。
公園も広場もいまも騒がしいはずだが、その音は、僕の耳から消え去った。――ただいつも通りに、キーボードのかしゃかしゃと鳴る音だけが、心臓の鼓動のように一定のリズムを今日も僕に与える、……このキーボードはどうにも標準的で、よかった。
――プリーズ。
いつもなら、ここでピコンと鳴るはずだ。Necoが、応答するはずだ。
しかし――返事は、ない。
なんとも言えない強烈な違和感を感じた、……こうやってセットアップをおこなっているのに、反応がないだなんて。
僕は青空、もしくは青空もどきにしか過ぎない得体の知れない景色を見上げた。
だいすき、という虹の言語はいまもそこに存在している。
ひとつひとつ、確かめてやらねばならない。
Necoのことだ。
インタープリターの故障から、対言語性能力から、ワールディバグやら……。
確かめてやる。ああ、確かめてやるよ。やってやるよ。――そのためのNeco専門家だろ? 僕は、ほんとうはそんなに偉そうなものじゃないけれど、……そう呼ばれることが相応しいのであれば、社会の基準に従ってそうだよ、Necoが専門、と名乗れる立場ではあるのだから。
だけど――。
「なに、してるんだよ、Neco」
――アンタと契約したからこそ、この社会は成り立っていたんじゃないのか。それを、こんな事態に、――アンタがいつでも見守るはずだった社会を、ひとびとを、こんなふうに混乱させて、いつでも応答してくれるからこそのNeco社会だったはずなのに、アンタは、いったい――いま、どこで、なにをしているっていうんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます