従者のように来たるは真
僕は、頭上を見上げて叫んでみた。揺れ続ける。木々も揺れ続け、おそらくは無駄にその葉を散らし続ける。
「――
Neco管理者用のプリーズネコではなく、一般人用のウェキャップネコを唱えれば、あるいは反応するか――と思ったが、やはり、反応はしない、――おかしい。Necoインフラはこの社会において、呼びかけに対してはいつも応えなければいけない、そのような社会の仕組みと法律となっているはずなのに――。
僕はゆっくりと、南美川化に視線を戻した。ただそこに佇むその青年に――。
「……なにを、したんですか」
「ぼくなんかに。訊かなくたって。来栖、春さんなら、わかるはず。ですよ? ふふ……あなたって、優秀な、Necoプログラマーなんです、から……」
「それは、どうも、褒めてもらってるみたいで……」
――優秀。この人間が、デザインキッズのバケモノみたいな人間が、ひとに対して優秀と言うほど――滑稽に思えることというのも、あまりない。
地面の揺れは収まる気配もなく。それなのに――救助もなにも来る気配がなく。
南美川化のさらにその向こうから、小さな影がひとり歩いてきた。
遅い歩みで、とぼとぼとも形容できそうなその歩みは、しかし、それでいて妙な威圧感を与えた。
ふわふわの黒い髪の毛をおさげにまとめて、もこもこの羊みたいなベージュのワンピースを着て、おんなじ色の大ぶりなベレー帽をかぶっていた。
遠目でも、わかった。あれは――南美川真。
南美川真は揺れのなかをどうにか歩いているようだった。ときにはふっと、よろめいたりもする。
しかしその表情にも、態度にも、恐怖や不安というものは微塵も感じられず、かといって南美川さんをいじめていたときのような愉悦や歓喜も、激しい憎悪も感じられず、ベレー帽の下の目線を少しだけ上目遣いにして、ただとぼとぼ、とぼとぼと、こちらに歩いて向かってくるのだった――あるいは無関心にさえ見える無表情そのものの様子で。
そして、その両手には、大層目立つ荷物があった。
薄緑色の、垂れ幕のような巨大な布。
まるで学生時代の行事にでも使うかのような。艶やかな質感であるらしいそれを――南美川真は、両手で抱えて、とぼとぼと、……しずしずと歩いてくるのだった、
双子はおんなじところに立った。いや……南美川真のほうが、ほんのわずか後ろに下がっている。
双子の挨拶はなかった。目配せさえもしていなかった。
事前に打ち合わせているのか、それとも彼らなりのなにか事情があったのかはわからない――けれど。
南美川真は、その双子の弟の肩に、その布をふわりと被せた――まるで、南美川さんから教わった、遠い昔の海の向こうの島国、そこで伝えられていた槍をもち天候を操る、少年のすがたをした神のように――。
「真ちゃん。ありがとう」
南美川真は、無言でうなずいた。その様子が、不機嫌なときの南美川さんと似ていたから――僕は、やはり、一瞬はっとなってしまって、
しかし、それは隙にしかならなかった。
南美川真は、それまでの遅い動きからは信じられない俊敏な動きで走り幅跳びみたいにこちらに近づいてきた。
気づけば、南美川真は、僕の背後に立っていた。……そして、僕の身体の腰に両手を伸ばして、丸ごと、抱きかかえた。まるで、まるで――兄に甘える妹みたいに。
冗談ではない。なにを、なにを企んでいるんだ――そんなに強い力でしがみつくようにして。まるで慕ってるみたいな行為で。さらにぎゅっと込められる力は――けっしてそんな気持ちのいい感情によるものではないと、僕は、知っているのだから。
揺れ続けるなかでも、相変わらず凍える寒さで。
南美川真の腕は、意外にも温かくぬくもりをもち、だからこそ、――僕は全身に鳥肌が立った。
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