反応しないNeco
地面が揺れて、そして雑木林も大きく揺れた。
僕はとっさにしゃがみ込み、南美川さんを離れないように強く抱きしめ、空を見上げた。木々の隙間から覗く空は、相も変わらず呑気な青色をしているばかりだ。――Neco。なにをやっているんだ。
三人組が悲鳴を上げた。各々しゃがみ込む、……申し訳ないが、いまは自力でそうして自己防衛してもらうしかない。なぜならば――。
「……ちょっ、と、なんなんこれ! まさか、地震、ゆうものじゃあらへんよね?」
「いっしょに勉強したじゃん! 大学の教養課程のときに! 技術の発展にともなって、もう自然災害は過去の遺物になったって!」
「えっ、……ええっ、じゃあ、これはなんなの? Necoインフラはなにをしているのよお――」
――そう。それが、おかしいのだ。
僕も生まれてはじめて実際に体感する大きな揺れというものに、感覚的には、圧倒されていた。
南美川さんはもうなにがなんだかわからずという状態みたいで、目をぎゅっと強くつむって、小さく丸まっていた。――両方の前足を胸を抱くように強く身体にくっつけているのは、人間だとしたら……耳を、塞げたからだろうか。――その短い脚と、頭上に取りつけられた逆三角形の耳では、それは、たしかに、……かなわないことだ。
……ああ。すごいな。地面がこんなに揺れるだなんて、ほんとうかと疑わしかったけど。Necoが、自然災害を麻痺させなければ――こんなにも、なにもかもがすべて崩れるのではないかと錯覚してしまうくらい、……視界というのは、世界というのは、揺れるのか。
いま、ここで、そんなことをする気なんてまったくなかった。
南美川さんもいるし、三人組もいるし、そもそも僕は休暇中だ。
それに、……このあいだ、南美川さんの実家で呼び出してしまったのだ。
もう、二度とは、呼びかける気など――なかったのだが。
この状況では、すべてがやむなし。だろう? 南美川さん、そして――
「……
僕は天高くに向かって、気力をすべて振り絞ってそう叫んだ。
当然ここにもNecoシステムは張りめぐされているはずなのだ。国立公園なんて場所では、なおさらだ。家にだってネコはいるんだ。こんな公共の場なら、なおさらだ。そしてプリーズネコの呼びかけ構文はすくなくともなんらかのNecoの関係者である人間しか使えないシグナル。だから、なんらかの応答が、かならずあるはず――この社会ではネコはいたるところにいるのだから。
……そのはずなのに、応答がない。おかしい――地面は揺れ続けている。
……なんらかのNecoインフラの故障か。しかし。だとすると、マズいじゃないか。自然災害を麻痺させるというのもNecoの大変重要な役目なのに――それができないほど、って、……色々と、状況の仮説は立てられるが、まさか、巨大すぎる自然災害に対応しきれなかったからじゃないよななどと考えてしまったら僕はもう――
南美川さんが僕を見上げている。
三人組もきょとんと僕を見ている。
いきなりコマンドを言い出した僕に驚いているのかもしれない。僕だって、普段仕事以外でこんなことをやる気はない。ないのだが。前に南美川さんから教わった言い回しだ、背に腹は代えられないというやつだ――この状況がおかしいということはNecoインフラが正常に働いていないということ、ということはNecoの判断中枢になにかしらの障害が起こっているということ、……Necoの判断中枢障害なら、僕は多少だけれど解決していくチームの仕事を経験してきたから、だから――。
この揺れは尋常ではない。
本来揺れなど起きないはずの社会なのに。
異常事態だとわかった――怖いはずだし混乱しているはずだった。それなのに、やたらと思考だけが働くのは、……どうしてだろうか。Necoに、かかわることだから? Neco、そう、Neco。仕事をしてくれ、地面の揺れをあっというまに麻痺させる地理技術をいますぐ正常に起動させてくれ!
「――Please,Neco!」
……返答は、ない。
埒が明かない。もう、仕方がない。応答部分がエラーを起こしているということも考えられる。――まずは起動してしまおうと、
「
セットアップを、半強制的に、開始しようとしたときだった。
「――おひさしぶりです。来栖、春さん……」
――この、声は。
闇夜からのっそり出てくるバケモノみたいなこの声は――。
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