どうしようもない僕なのだと
葉隠雪乃は、とりわけ愉しそうだった。
「――ねーえ来栖くんは私らの仲間でしょ。もう、そういに、南美川さん庇うふりして、ええかっこするのやめてかまへんのよ。それ、もう、女の子じゃあらへんもん。ただの牝犬よ、ねえ?」
……反論、しなければいけない。
でも、反論できない。ぐったりとしてしまって、もう、僕の心も――この感覚はよく知っていた。いくら、説明しても無駄、反論しても無駄。そもそも、彼らはこっちの説明なんて聞こうとしていない。興味がない。反論しなければ、そのまま嬲られてなにかたいせつなものを蹂躙される。でも、たとえ反論したところで、最終的にはたいせつなものを蹂躙される――そんな感覚を教えてくれたのは、ああ、奇しくも、……そうだ、南美川さんだったんじゃないか。
このひとたちは南美川さんにいじめられたんだという。このひとたちも。……それは、僕の場合と比べて、どうだったのだろうか。正しい反応であることは、わかる。復讐をしたい。ただ素直に、シンプリィに。それは、わかる。理屈としては、すくなくともよくわかる。でも、けれど、……僕は、そうしない。そうしたくはないということを、たぶん、このひとたちのだれに説明したって、……単に無駄なことだろう。僕には、それが、よくわかるんだ――。
……ひとと理解しあうのは怖い。というか、煩わしい。どうせ言葉を尽くしても、ひとはなんにもわかってくれない。僕の言葉の表面だけや、あるいは僕の挙動の不審さだけに注目して、だれひとり、まともに僕のことをわかってくれやしない。知ってくれやしない。おんなじだ。ずっと、おんなじだ。むかしはそれが、いじめだった。そしていまは、僕が Necoプログラマーで社会人で、そしてこのひとたちにとっては南美川さんにいじめられたっていう同類だから、なにも、聴いてくれない。僕の話も。心も。思考も。――なにひとつとして、理解しない。
それでいいのだ、と思っていた。
それが、すくなくとも、……どうしようもない、僕なのだと。
けれど――。
目の前の三人はまったく違うのに同質の、なにかうごめくものに見える。笑顔のかたちもその感情もなんだかまったくいっしょに見える。好き勝手しゃべり散らし、南美川さんにちょっかいを出しては笑い合って、僕になにか好意的なことを言ってくる。僕がなかば呆然としていることに気づいているのかいないのか、どちらにせよ、気づいているならそれをまったく無視をして、気づいていないなら僕のことなんかまったく見ないで、このひとたちは、――ただ、楽しそうに、復讐をしたい、
復讐を、したい。……いじめられたことに対するなにかを、晴らしたい、決着をつけたい。
それだけなのだ。ただ、それだけのことを……違うと、僕は、どうして、このひとたちに伝えられないのだろう、どうしたら、伝えられるのだろう、ああ、――相変わらず、僕は僕が大嫌いだ。泥水のように。雑木林の地面、ひとに踏みつぶされて、じんわり湿った汚いそこの泥水のように――。
抱きしめた南美川さんが、僕を見ていた。
恐怖か、哀しみか、その目は丸く見開かれて僕だけを映している。
僕の、どうしようもない、顔だけを。
そこに僕だけがいたから、吸い込まれると思って、……いや、違う、僕はいますぐこの南美川さんの瞳に吸い込まれてしまわないと、道理のつかないことを思った、南美川さんだけを、いま、ここでだけは、僕は見ていた、その瞬間――。
大地が、大きく揺れた。雑木林ごと――。
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