いつも通りを、歩いてみる(2)ミサキさん、三人組
僕たちは、僕と南美川さんは、黙々と歩き続けた。
淡々と、午前中までのノルマをこなした。
お互いしゃべらないまま、いつものベンチに座った。
ミサキさんがやってくるのは予想の範囲内だった。今日も今日とて白いワンピースふうの服装に、やわらかそうなベージュ色のズボンを履いて、にこにこと話しかけてくる。そういえば、僕たちはいつもこの時間帯にはお昼どきってわけだけど、このひとはいつも、なんにも食事を持ってきていない、……家で食べているのか、……それとも、いろんなことを考えることならできたけど、でもかといって僕たちのために用意しているサンドイッチをひときれ渡すのも不自然な気がした――でも、ミサキさんはやっぱり、……そんなことなどなにひとつ気づいてさえいないようにべらべらべらべらと、しゃべるのだ。まるで、僕の祖母でもあるかのように――。
「ねえ、今日も、あの仔のこと連れてこれなかったのよお。あの仔って、嫌ねえ、……孫のほうじゃないわ、ダックスフントの女の子。だって孫ったら最近ねえ、なんていうのかしら、反抗期ってやつでねえ……私がこんなに想っているのに毎日毎日つまんなそうな顔して。ごはんもね、たまごしか食べないのよ。たまご。ひどい偏食よね。アレルギーでもなんでもないのに、たまご、たまご、たまご! そのうちたまごアレルギーになりますよって脅してみても、そしたら細胞再生技術でアレルギーなくすもん、とか言ってねえ……はああ、技術が発達するのはいいけど、なんだかねえ……小さな子どもまであんなこと言い出すなんて、嫌な世のなかになったわあ……。孫もね、あの子もうちょっとかわいげがあれば、――娘の旦那も多少はどうにかしようって思ったんじゃないかしら。ねえ、どうすればいいと思う? 私、この先、どうしたらいいのかしら。それでもね、だってかわいい孫なのよ。世界でたったひとり、……私の、孫なの。だから、かばいたい、どうにかしてあげたいのに――私、どうにもしようがない。ねえ、ねえ、……お若いひと。お若いひとなら、いまの世のなかのことだって、よくわかるでしょう? どうすればいいの、ねえ、――こうやってお昼に気晴らしにお散歩することと、ペットのあの仔しか、もうなんの生きる意味も感じられない私はどうすればいいのかしら、ねえ、……ねえ、お若いひと、教えてくれないかしら……」
もちろん、雑木林で三人組が待ち構えていることも予想済みだった。――昨日、さんざんあんなにテキストメッセージを残しておいて。
「あっ、来栖さん。来てくれはったんやあ……嬉しい。返事ないから、来てくれはるか不安やったけど、やっぱ来てくれはったねえ、そうやんねえ、嬉しいねえ、……ねえ、里子、美鈴。来栖くんは、昨日、なんぞ、忙しかったん? ああ、ええのよええの、だってひとには都合というものがあらはるやん。
「うんうん、ほんとマジ疑問。っていうか来栖くんさえよければさー、この里子ちゃんに任せてくれれば、ひとひねりでめきゃって殺してあげるよ? 最後の最後まで呼吸ができないように殺してやろうかな。いえい」
「そうだよー、そうしなよー、美鈴みたいにはできないけど、私はね、とっても苦しい薬物のことなら多少は詳しかったり、するんだよー。もし、来栖くんが、勇気が出ないから、私、そういうのならできるから、苦しめて殺してあげたっていいんだよー」
「ねえ、そうよお、こんなんいくらでも殺せるやんって。だって、人犬よ? あはは、笑える。でも来栖くん南美川さんのこと生かしてるやん。やっぱ、晒しものにしたりとか、長く苦しめてから、殺すつもりなん? それも
「……僕は」
なんだか、今日、はじめて言葉を発したような気がした。――今日は朝からこんなにもいろんなひとたちと出会い、声帯をじっさいに使って、会話……あるいは会話らしきものを、おこなっていたというのに。
「僕は、だれに、わかってもらうつもりもない」
それは、ほんとうに、だれに向けた言葉でもなかった――うつむくと、雑木林の湿った土に肉球やら脚やら全身を汚れさせた南美川さんが、気づかわしげに、僕のくるぶしを、赤い舌を伸ばして舐めてきた。
僕がそのことになにか反応する
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