四日目

いつも通りを、歩いてみる(1)ケーキショップの店員、人権制限者施設の職員

 次の日も、ある意味では、いつも通りだった。そう。……いつも通り、という発想ができるほどには、僕は、この状況に、……南美川さんのノルマを達成するために南美川さんを連れて広い広い国立公園をひたすら歩いていく、という日々に慣れてしまった。




 朝は、自分でもどうしてかわからなかったのだけど、家を出てまずケーキショップに向かった。アンちゃんという店員さんのいるあのケーキショップだ。いままでに出会ったのは夕方から夜にかけての帰りの時間帯だけだったので、まあいないかなと思っていたのだが、ちょっと意外なことにというかなんというか、アンちゃん……さん店員は、朝でも、そこにいた。

 僕のことなんかをやはり覚えていて、顔を見るなり声をかけてきた。あっ、お客さま! ――と。

 朝でも、ケーキショップって開いてるんですね、しかもこんな早い時間帯に――率直な感想が思わず漏れ出てしまった僕に、アンちゃんさんは、そうですよねえと言って苦笑した。


「朝は通勤通学するみなさんを見送って、夜は帰ってくるひとたちにケーキを売るんです。あ、朝のケーキって、売れませんよ? 知ってましたか……って、普通に考えればそのくらいのことわかるかっ、てへっ。ケーキって、朝にあまり売れないんです。まだ、午前のおやつどきとか、お昼過ぎとかかなあ、そのときはまあ日によってですけどそこそこは売れるし、たまにとんでもない大口注文がくるのもまだお日さまの明るい時間帯だし、夜はですね、かなりの売りどきなんですけど、朝ってね、ほーんとうに売れないの。だって、ケーキってひとを癒す食べものです。いつも社会生活お疲れさま、って、そういうときに食べる食べものですもん。お昼はね、……たくさんのひとたちが、社会生活に向かう時間帯だから。もちろん、そうじゃないひともいます、だって私は早朝出勤して深夜退勤をして、働いているの、だから社会ってほんとは朝から夜までのひとたちばかりじゃないことわかる――でも、私はそういうひとたちにケーキを売ります。売り続けてるんです。自分の社会評価ポイントや収入や、……親の期待がなにひとつかなわなくても、私は、……ケーキを売り続けるケーキショップ店員でありたいんです。それが、それだけが、……なんの希望もないこの社会でのたったひとつの癒しだったから。ケーキはいつでもおいしいんですよ。いつでも、ひとを受け入れてくれるんです、……あはっ、私、やっぱ変なこと言ってますよね……」



 そのあと国立公園で今日のノルマを開始すると、もうすっかり見慣れてしまった、木々のしげったエリアで例の人権制限者たちの体操の風景に出会った。今日の体操のリーダーは、一日目と二日目にも見た中年の女性に戻っていて……そして、僕にやたらと親しく話しかけてくるあの若い男性職員は、今日も今日とてそこにいた。


「おはようございます! 社会人のかた。ほらっ、みんなも挨拶してください、社会人のかたですよー、立派な社会人のかただから、――ほらそこっ、真面目にやってください! そんなんだから人権が制限されちゃうんですよ。一日でも早く人権を取り返したいと思わないんですか? そうやってね、いい歳して、挨拶すらろくにできないから……って、あっ、……社会人のかた、……これはこれは失礼いたしました、えへへ。おい! 体操に戻っていいぞ! ほら、あの、……僕だって怒鳴りたくて怒鳴ってるわけじゃないんですよ? ほんとです。でも、これは社会のためだから……だって人権が制限されちゃうような人間なんて、要はあくまで一時的とはいえ人間未満とおんなじような状況なんですから、改善してあげなくちゃじゃないですか、早いところ。ああわかってます、わかってるんですよ僕だってほんとに、彼らだって好きで人権制限者になったわけじゃない。ただどこかが、社会基準に一致しない、失敗点や不適合点をもっていたということなんです。先天的であれ、後天的であれ……かわいそうでしょう? 僕は、そういうひとたちを、一日でも早く社会に戻してやりたいんですよ。だって、あんまりひどいとそのまま人間未満いきですよ? かわいそう……かわいそうだって、思いません? 思うでしょう? 僕は、僕はね、――だからこの仕事に誇りもってんですよ。そりゃあ、いまどき怒鳴るだなんて野蛮な行為も取り入れなきゃいけない仕事、汚れ仕事ですよ、社会の汚れ仕事。でも、でもですね、僕はやります、やり続けます、――ひとを怒鳴る練習をするためだけに学生時代ずっと野球部と演劇部を兼部していたくらいだったんですよ? これでも、努力家なんですよ、まあ学生時代の友人なんかにはおまえはすらっとした秀才タイプだとか言われますけど、ぜんぜん……そりゃ、そりゃあね、――あなたのやってらっしゃるような、Neco関連の、プロフェッショナルな仕事とは違いますけどそれでも、僕は、――ああほらそこっ、もっと真面目に体操する!」



 ――そうやって。

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