三人組

 葉隠雪乃は。

 南美川さんの大学の同級生らしいと判明した、この女性は。



「でもな私はいまコスメの開発員、里子はAI機器の営業、美鈴は実家のお酒屋さんの手伝いや。もちろん、みな立派な社会人やよ。

 ……でもなあ、私らは生物学ってことに夢見て、生物学ってことで国立学府にまで行かせてもろおといて、いま生物学とはまったく関係のう仕事をしとるんですえ! ――私も里子も美鈴もこんでも地元やおうちを一身に背負ってきましたんや、それやのに!」



 叫んだ。身体を捻るかのように力を込めて、黒髪をひとふさ乱して、まるであまりの気持ち悪さのあとに吐きたくて吐きたくて仕方なかったモノを実際に口から吐き出してしまったかのように――。



「……その意味するところ。来栖さんなら、わかってくれはるやろ?」



 葉隠雪乃は、……さみしそうに、微笑んだ。



「私ら、実力がなかったんですえ。生物学の。……もともとが、シビアな世界とはいえ。……ううん、ほんとは違くて……上には上がいたってだけのことなのかもしれんけど。でもなあ。――出会った、上、って存在が、タチが悪うて、悪うて、しょうもなかった」



 やから、やからな――と、葉隠雪乃は、……南美川さんのどうやら大学時代の同級生であるらしいひとたちの代表らしきひとりは、言った。

 苦痛と、それゆえにもう笑うしかないとでもいった体で顔を歪めて――。




「なあ、なあなあ来栖さん、わかってくれはるやろ? 私ら、いまは普通の社会人みたいな顔しとりますが、こんでもなあ、南美川さんに大学の二年間、さんざんひどい目にあいましたのん。それだけ言ったら、来栖さんわかってくれはるやろ?

 ……南美川さんは、優秀、劣等ってことにもとづいて、ある意味では正しいことしとる思ってはったみたいやけど、私らにとっちゃ、あれは、……人生の希望を根こそぎ奪われる地獄やった。……南美川さんになんぞぜんぜんかなわんてわかっとったっから、私ら、どこへ訴え出ることもできんかった。だれかに言うたところで、……自分の能力不足がいけんのやと言われてしもうておしまいやろ? どこにも言えませんえ。地元の家族にも、家族にも……言ったら私ら高校まではああいに順風満帆だったんに、国立学府では、……人間と認められんのよと白状するようなもんですえ。


 やから。……ただ、ひたすら、二年間耐えたんですのん。耐え続けたんですのん。……自分が、人間であることが、疑わしくなってきてもや。


 やから、やからね。私らは。私ら、三人は。なおさら、……人間としての自信をなくしたんよ。わかるやろ。わかってくれはるやろ。来栖さん。――貴方の話を、私ら大学の研究室時代にさんざん聞かされたんや。……あの高圧的な態度と暴力的なやりかたでなあ。



 ――それですから私と里子と美鈴は三人組でしたのん。南美川さんの、……下僕、として過ごした貴重な貴重な大学の後半まるまるを、……下僕どうしとして、たいせつに、たいせつに、……お互い慈しみあって過ごしてゆきましたのん。


 私らずっと三人組やったし、そこに他者の介入する余地というんはね、基本的にはそりゃないんやけど」



 黒鋼里子も、守那美鈴も、ほんとうに心底といった親密さをいよいよあらわにして、優しく、そして労わるように、僕を、――僕だけを見つめていた。

 まるで僕に恋でもしているかのように、でももちろんそんなことはなくて、……でもある意味ではそうなのかもしれない、僕という個人ではなく、このひとたちの目にとって、僕が、――その経験を共有できる相手だと思っているのなら、僕自身ではなくてあくまでもそちらに、このひとたちは――いま恋でもしているのかもしれない。

 そして、もちろん、いや、……この三人のなかでおそらくもっともいちばん、葉隠雪乃が、うっとりしていた。



「来栖さん……貴方が仲間に入ってくれはったら、私ら、四人組やね。――南美川幸奈に人生をめちゃくちゃにされたゆえ、寄り添う尊い四人組や」




 僕は、葉隠雪乃の、そのやたらとよく動き、まるで一匹の不可解な地球外生命体であるかのような桜色の唇の動きばかり、見ていた。

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