黒鋼里子と守那美鈴
ににっ、とおもしろそうな笑みがまたしてもこの人の、……葉隠雪乃とやらの顔に浮かんだ。
「南美川さんがたから、ようけ噂は聞いとります。――もしあなたがほんとうに来栖春さんなら、ぜひとも私らに自己紹介、して?」
僕は立ち上がり、沈黙で返した。派手なふたりが南美川さんに手を出すことをふっとやめ、黒髪の女性も含めて、こちらを見上げていた。……南美川さんは、いまも脅えたように顔を上げない。ひたすらに、うずくまっている。
……僕の、右手のリードは。しっかりと、南美川さんとつながっている。絆のように。証のように。それでいて、このリードはほんとうはそんなに格好いいものでもなんでも、ないのだけれど――。
「ああ、順番が逆やったかなあ。ほんとねえ、私、手際悪うて、申しわけもない。ねえねえ、
「おっけー、雪乃。私、
金髪に近い茶色、ショートカット。大ぶりなイヤリングに、派手な化粧。……それくらいしか、この女性を見て出てくる印象はない。
……かな、と言われましても。
とにかく……苦手なタイプだ。そうとしか感じようがない。いや。そもそも、僕にとっては、あらゆるすべての人間が苦手なタイプだけれど、そのなかでもとくにといったタイプでレベルの――。
「こっちはねー、
肩のあたりで切り揃えた、最初の女性よりは若干茶色に近い金髪。化粧が派手という印象はないものの、頬の……あれは、チークというんだっけか……そのピンク色が、ちょっと濃すぎないかと感じる顔をしている。……胸には、巨大で透明な宝石をそのままぶら下げたかのようなネックレスがあって、薄く黄色がかった白色の、無難なブラウスに対してやけに目立っている。
……僕は、あなたの友達でも、なんでもない。その親しさの根拠はいったいなんだ、――自分が、社会人であるということなのか? その自覚? だとしたら――僕とは違う生き物じゃないか、それは。
「ってわけでなあ、私ら、三人組ですのん。いえーい」
葉隠雪乃とやらは歯を見せて笑ってピースサインを作った。
ほかのふたりも、いえーい、と続けて同じ動作をした。……いや、なに、なんだ、なんなんだこのひとたちは。得体の知れない――。
「ほんにいきなりすまへんなあ、三人も私らみたいな美女にいきなり囲まれてしもうたら、来栖くんも大変やろ?」
……なにを、言っているんだ。いや。ほんとうに。なにを――。
「でもなあ、私ら同学年やし、仲ようできると思うんよ。……私と、里子と、美鈴と、来栖くんは、共通項もあられはるし、四人組にもなれる、思うんよ」
「……なんの、話、ですか……」
声を、絞り出すのに精いっぱいだった。それでも、どうにか会話をしよう、……せめて試みようと思えたのは、たぶん、――いまいっときであれすくなくともいまのこの瞬間は、だれも南美川さんに物理的に手を出していなかったからだ。
南美川さん本人といえば、相変わらず……雑木林の隅の、どろっとした土と生い茂った草のあいだで、ひたすらに身体も尻尾も縮めて頭をかばうようにしてまるまっているけれど。
「来栖くんが私らを知らんのは、仕方のうことやと思うんよ。だって、時系列が逆っこやからなあ。でもなあ、私らは、来栖くんのことほんにようけ知っとった。――そうやんなあ、里子に美鈴」
彼女たちは、やけに神妙に、うなずいた。なんだ、それは。どういう意味だ――どういう、ことなんだ。
葉隠雪乃は立ち上がった。……こうして対峙してみると、黒髪の艶やかさがさらに目立ち、そして目鼻立ちの端正さもはっきりとわかる。だが。かわいいなんて思わない、ましてや美女だなんて思わない、……そんなことは僕の思うべきことではない、思えることではない、……恐怖の対象をどうやったらそんなふうに思えるかなんていまだに見当がつかないから――。
雑木林にほんのちょこっとの風が吹いて、その女性の黒髪を、撫でるようにささやくように揺らした。
そして彼女は、葉隠雪乃は、目を細めた。
「……私ら、南美川さんとどういな関係やと思いはる?」
「やめっ」
叫んで中途半端に途切れた声は、ほかでもない、南美川さんの声だった。
やめて、とほんとは言い切りたいだろうに――なぜか、ほんとうに中途半端なところでそのおそらくは心の底からの叫びは途絶えて、……ただひとつだけ身じろぎするかのように、とてつもなく居心地が悪そうに、南美川さんは、小さな全身をまるめなおした。その背中は、まるで、もうなにもかもを諦めたかのように――。
「あんなあ、私ら、国立学府の生物学の研究室での南美川さんとの同級生ですのん。私も、里子も、美鈴も、みんなよ……」
国立学府。
だったら、優秀者じゃないか。でも葉隠雪乃は僕のそんな気持ちを先回りしたみたいに、続けるのだ――。
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