第九章(上)異変と、ひとに頼ること。

一日目

公立公園にて

 生い茂る木々。流れる川。遠くまで見渡せる芝生。

 シンプルな橋に、所々のベンチ。



 首都にも、こんなところがあるのだ。



 このあいだ衝撃を受けた、冬樹さんたちの家。

 あのどこまでも空と緑と海しかない、だだっ広い草原ほど――では、ない。

 けれど、ここは首都だということを考えれば、やっぱり驚くに値する広さだった。


 オープンネットで調べたときに、基礎情報も読んだ。大昔の権力者の庭園を改造したのだという。時代を経て、名称や入場料などは多少変化があっても、基本的には敷地の規模も伝統的な建物もそのまま保存されている、らしい。この国のローカル的な文化が色濃く残された建物たち。四阿あずまやだとか、日本庭園だとかいうらしい。


 和風――この国の元来のローカル性をそういったらしい。

 そういうのは、システマチックな現代の都市ではほとんど目にする機会がない。合理化を突き詰めた都市設計は、世界のどの地域だって同じだ。立ち並ぶ均一の直方体のアパートメント。巨大な立方体の一戸建て。部屋同士の位置関係や建物同士の間隔は緻密に計算されて、立体的な意味において居住スペースの最大化が叶うように建てられている。もちろん、社会評価ポイントの高い者がより広いところに住み、そうでない者は家畜小屋みたいな規模の部屋に住むことになるのだ。

 スペースも占め、かつ自分でデザインできる一戸建ては、社会評価ポイントの高さの証としてひとびとを圧倒する。……南美川さんの実家も、そうだったけれど。



 ……僕は、こんな場所がそう遠くない近所にあるなんて知らなかった。

 人が住むためでもない、仕事をするためでもない、買い物をするためでもない――ただ時間を過ごすためだけの、旧文化の遺品みたいなものが残されていただなんて。

 それが、……公園。




 僕は橋の欄干に両腕を乗せて、流れゆく川の流れを何ともなしに見ていた。

 芝生の広場もここから見渡せる。



 平日の昼間。そこそこ、人の姿が見受けられる。ランニングをしたり。テニスをしたり、バドミントンをしたり。木の下でお弁当を広げてみたり。ひとりで走るひとも、スポーツをだれかとしているひとも、みな充実しているように見えた。

 休日設定を工夫しているのだろう。平日の昼間を休日と設定するのは、ひとつの生きる戦略だ。暦以外の日に仕事をすればそのぶん給料や社会評価ポイントが加算される。そのうえでこうやってレジャーを楽しむのならば、なるほど、それはひとつの賢い生きかただともいえるのかもしれない。

 今日は冬にしてはあったかいし。のどかな日だ。……ほんとうに、こんなにのどかなのに。



 ……ああ。いま、紐でつながれて一列となってずらりと曳いてこられたのは、最重度の人権制限者の人たちだろうか。

 年代も性別もバラバラだが、ただの布のかたまりみたいなグレーの服を着せられ髪も短く切られているから、あまり見分けがつかない。

 ……多分、赤ちゃんレベルとか幼児前半レベルの人権しかもたないひとたちだ。

 赤ちゃんならば保護カートに乗せればいいけれど、身体が大人だとそうもいかないから腰縄でしっかりと移動を制限されているのだろう。髪の毛の自己管理も許されないから、あそこまで短く刈られてしまっているのだろう。


 おそらくは人権リハビリ施設の職員だと思われる中年の女性が笛を吹いた。

 腰縄で結ばれたまま、緩い円を描くようにずらりと十数人が並ぶ。ひとりの中年の男性がもたもたしていると、青年の職員が呆れた顔で「こっちこっち」と言いながらぐいと腕を強引に掴んだ。若い女性の職員は腕組みをして彼らを監視している。

 整列が終わると彼らは、中年の女性の厳しい掛け声で、体操を始めた。

 女性は何度も笛を吹き、怒鳴り、罵倒し、聞くに堪えないほどの汚い言葉で人権を制限されたひとびとを叱り続けた――。




「……ねえ、怖いわ、シュン……」




 南美川さんが、くりくりした目で不安そうにこちらを見上げていた。……欄干に載せた僕の両腕の、右手首に巻いたリードは、このひとの赤い首輪に直につながっている。




「……あそこの体操のひとたち?」

「あのひとたち、施設のひとみたいで……」

「人権制限者のリハビリだろうね……」



 ――以前なら、社会にありがちなワンシーンとして気に留めることさえなかったのに。




「……じゃあ、そろそろ行こうか?」

「うん……」




 南美川さんは恥じらったようにうなずいた――晒しものにされるから、と散歩が大嫌いな南美川さんが、こんな広い公園で一緒に散歩をしてくれているのには、もちろん理由がある。……南美川さんを人間に戻すのに、必要なものごと。

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