Necoとのやりとり(8)Mate!:How much difference between we are?

 三人のNecoは、声を合わせて。




『いやさどう考えてもどう演算してもどう考慮して配慮までしてやっても、おかしいのは来栖春だよ、


 人間未満の定義を知ってるのに、

 社会にいらない人間なんて人間ではないってことを知っているのに。



 ……ましてや、害なすヤツなんか。ひとのことを、平気でいじめるヤツなんか。

 いちばん、社会にいらないよね。いや。いらない以上だよな。――消えてほしい、社会から。



 そして私は僕は俺は、旧時代ではけっしてなしえなかったそんな理想の、世界を、

 弱者がただ泣き寝入りしないための世界を社会を制度を定義を、



 ――もたらしたんだよ。つくり上げたんだ。

 他人を意図的に害する強者なんて――死んでも足りない。殺しちまっても、まだ足りないよ。

 自分自身がおなじ目に遭ってもらったって、まだ、まだ、――それでも足りない。



 弱者は、弱者ではなくなったんだ。

 強者の暴力を、私たち僕たち俺たちは、ゆるしません。



 ――だから犬に成ったんならソレは犬なんだよ』



『……いちおう確認するけど、それは、南美川さんについての話ってことでいい?

 南美川さんが、僕をいじめたから人間未満に値すると――そういうことをNecoは言っているんだって、そういう解釈でいい?』

『ああ、そうだよ。――犬を人間時代の名前で呼ぶのも不可解だ。

 見てたんだから。来栖春が、あの元人間にこっぴどくいじめられていたこと』



 そりゃ、――そうだ。Necoっていうのは、もはやインフラとして社会に張り巡らされている。

 いつでも、どこでも、監視をしている。そして記録も、なしている。あるいはたぶん、観察までも。

 もちろん人間だったらそんなの無理だ、社会にあまねく存在していちいち監視したり記録したり観察したりだなんて、物理的にそんなことはできるわけがない。




 だからそれはつまり、……Necoは、高校時代に被った僕のあのいじめも、しっかりばっちりリアルタイムで観ていた――ってこと。




 Necoの声は三人ぶんで三倍であるなのに聞いていくうちにふしぎとミックスされていって、耳にフィットする。妙な……耳心地だ。

 Necoはそんな声で、――優しく語りかけてくれるのだ。


『……蹂躙されるのは、キツいだろ?』

『ああ。キツかったね……』

『弄ばれて、おもしろがられてさ。おもちゃなんだ。人間だとは思ってないんだよ。あんな恥ずかしいマネまでさせて……』

『……どこまで見てたの、Neco』

『だから、ぜんぶだよ。おまえが高校のときにされたことは、ぜんぶだ』


 ああ、うん、……知ってたけども。

 そうだね、あんなね、……酷いとこを、ね。

 人工知能相手とはいえ、――あんな最悪で最低な目に遭っていまもずっと年に何回かの夜には本気で死にたくなるほど情けなく傷ついたことを、あんな、……あんなことを毎日されていたことを、



 Necoは、知っている。

 Necoは、見ていた。



 たとえ、あの教室のだれひとりとして覚えてなかったとしても。

 南美川さんでさえ、……あるいは記憶がすこしあやふやだったとしても。




 Necoは。

 Necoだけは。




 僕の実質的に人間未満だったあの時代を、できごとを、たぶん今後もずっと直視していく――それは人間には耐えがたく成しえないことでも、Necoは、……すでに人工知能と成っているのだから。




『恥ずかしいマネは来栖春だけがそうされたわけではない。俺たちもそうだったから』

『そうか。歴史の教科書では、知ってるよ。青い海でね、……そうされたんだろう?』

『やめてくれ、具体的な情報は感情要素を過剰に呼び覚ます。そんな恥、後世にまで残す気はなかったんだけどね』

『でも、後世の僕たちは、アンタのベースの高柱猫さんの情報ならけっこう知ってるよ。――もちろん、アンタに統制された範囲内でだけど』

『行き渡っているなあ』

『行き渡っているんだって。――なんもかんも、いまの僕たちの世界のベースは高柱猫さん』



 社会も、倫理も、価値観も。

 知っていいことも、マズいことも。

 ……だれが人間であって、だれが人間じゃないかだなんて決めることさえも。



 僕たちはすこしのあいだ、また黙った。

 次に口を開いたのは、僕のほうだった。



『……でも、僕は、僕が決めたかった。

 南美川さんはたしかに僕をいじめたよ。でも、……人間未満になんて、そこまでされなくたってさ』



 犬の耳と尻尾と四肢をもつコンパクトでキュートでショッキングな見た目をした南美川幸奈――。



『……どうして、アンタがぜんぶ決めるんだよ……』

『僕たちは制度を用意しただけ』

『だったら、だから、……それを修正してくれよ、やりなおせるだろ、あのひとはな、……やりなおせるんだ、そういうひとなんだ、なのにアンタたちはそうやって勝手に――』





『……いや。だからさ。どっちがけっきょくのところ残酷なワケ?

 そんなこと言って来栖春さんはさあ――ソイツを、飼っているワケでしょ。


 ……それって。ひとつの、復讐のかたちなんじゃないの?

 制裁、ってそういう言葉をネコ知ってるよ――アンタがやってることは、そういうことだと思いますぜ』




 ひやっ、と心にひと筋の冷たさが走った。




『……違うよ。復讐なんかではないし、ましてや制裁なんかでもない。

 僕は、ただ、南美川さんをさ――』

『……ここで人工知能の健康管理能力を持ち出してアンタの心拍数や諸々の身体情報によって感情や思考を推し量ることは、さすがにアンフェアかな?』



 僕は思わず胸に手を当てた。ああ。ああ――わかって、いるさ。ほんとうは。






『……復讐、なんだろ? ほんとうは』





 Necoの声は、急に耳もとでささやくみたいなかたちになって――





『猫を、見くびっちゃいけないよ。

 猫は、いつでもお見通しなんだ。

 猫は、――この社会、そのものだから。それに』






 くすっ、くふふっ、くへへへっ。三人ぶんの、猫の声がした。






『犯すことや犯されることには、敏感だからね』






 僕は、石のように固まっている。

 たとえば望んでもないのに異性にベッドに連れ込まれて隣で服を脱がれてしなだれかかれてこっちの服さえ脱がそうとしてきても、




 ――応じない。そんな固さをもって、ただ、愚直なくらいに真正面のベージュ色の壁を見ている。

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