Necoとのやりとり(7)End game:Where we dreamed,and where I am dreaming
『Necoには、理解できないよ』
相変わらず、かわいらしい女の子の声で。
『だって、人間未満は、人間に満たないから人間未満なんだよ?
ね。人間未満の条件。――知っているよね? あの地方の草原のお家で、一生懸命アナタがあの社会貢献者たちのお話を聴いていたこと。ネコ、知ってるんだからね? ネコ、いつでもどこでもアナタのことを見ているんだからね?』
『僕だけじゃなくて、社会全体を見ているのだろう? そういう……インフラ的AIなんだからさ』
『うん、そうだけどっ。でもアナタのことだってそりゃもういつも見ているわけ』
『怖いね……』
『でしょ?』
てっきり軽く反論されると思ったのに、……ああ、監視されることが怖いって概念は、いちおうはNecoも理解しているところなんだ。
『そこでアナタはきちんと学んだじゃない。人間未満の、条件を』
……説明は、いまも冬樹刹那さんの声で思い起こされる。
長くて難しい説明だったけど、なんども、なんども、……その説明は、反芻すればするほどによみがえって、いく。
あの、渋くて格好いいおとなで、赤ワインでどこまでもじっとりと濡れた声で……
経済的基準は、原則三年以上にわたり無収入、あるいは五年以上にわたり長期に下位偏差二パーセント以内の収入であること。
社会的基準は、原則三年以上にわたり、就学、就労、またはなんらかの社会的施設のいずれにも属していないこと。または、一定基準以上の犯罪行為を行ったこと。
生活的基準は、同居者または近親者の三人以上の請願、または同居者近親者二人以上に加えて知人五人以上の請願。
……まあ、いろいろと細かいけど、つまりは、駄目人間や邪魔者が、あらゆる観点で処分できるようになったってことだ。だろう?
Necoは唐突に僕ネコに代わった。
『いつまで経っても、生産をマトモになさない。つまり、社会に貢献していない。
自分を教育しようと思わないで、アクションも起こさない。つまり、社会に貢献していない。
周囲の最小単位の集団における生活で不必要とされる。つまり、社会に貢献していない。
なあ、わかるかい? 社会に貢献する意思がないヤツが、人間未満になるんだよ。当然のことだ』
僕は冬樹さんの話の続きを思い出す、
でもね、じっさいに人権剥奪処分をするにかんしては、かなりシビアな審査がある。たとえば三年間働いてないからといって、満三年目の日になった瞬間の零時にいきなり倫理監査局がお迎えに来るわけでは、ない。ある程度の猶予というのはあるよね。つまりして、執行猶予だ。
人間だからね。……みな、人間だからさ。
それは、そうだよね。つまりは人権を剥奪するというわけだから、ミスがあってはおおごとだ。
だから倫理監査局のヒューマン・アニマル監査は、ほんとうにじっくりと慎重におこなわれる。……僕たちは、知ってる。じっさいに監査者とあれこれやり取りをしながら、進めたわけだからね。
そうだね、原則半年以上は様子を見るみたいだ。一年経ったあたりで、加工するかどうかの判断を下すみたいだね。というか、一年経っても状況がなんら改善しない人間は、やはり、人間未満だろうという風潮があるらしいよ。これは、らしい、という伝聞の話にすぎないんだけれどね。
そしてまた、これらひとつを満たしたからといってかならずしも加工処分になるわけでもない。
自明なくらいに、よっぽど程度がひどかったら別だけど、
たいていはこれらの複合的組み合わせの判断だ――じっさい残酷なことに、経済的、社会的、生活的、……これらの条件ってしばしば、一致するからね。ほんとうにね、……残酷なんだろうねえ、そういうのってね。
それと、だれかひとりでも近親者が異を唱えれば、処分はされないし、
知人でも五人以上の署名があれば、処分は猶予になる。明日にもということは、ない。
『僕たちは制度だってしっかりつくったさ。とくに僕はね、俺みたいに野蛮な感情だけで動いたりしないし……俺はこんなとこまで細かい救済措置はいらないって言ったけど、僕がそれに反対して、合理的な救済措置をつくってやったんだよ?
そのおかげで、あくまでも疑わしきは罰せずならぬ――疑わしきは人間に、ってなってるわけじゃない。ねえ。――わかる?』
『――わからない』
僕は、きっぱりと言った。
『だって、現に南美川さんは、人間未満になっているんだ。
南美川さんは、――人間であるべきひとなのに』
『……なに、おまえ』
あ、こんどは、――俺ネコに。
『俺たちのつくった完璧な倫理社会に文句があるってわけ?』
『あるね、――だってアンタたちのつくった社会は、ぜんぜん完璧じゃないから』
『……あのさあ。人間未満っていう概念は、発明なんだ。人類史に残る発明なんだぞ?
すべての人間が自動的に人間をもち人間とされているから苦しんだ、――旧時代の終わりをおまえなんぞ知らないから』
『ああ、知らない。そんなおおむかしのこと知らないし、現代の僕には関係ない。
南美川さんは、人間でいるべきだったんだ。
それなのに、……周囲の人間たちの勝手で、人間未満にされたんだよ』
婚約者は、ある種の妬みで。
妹は、ある種の憎しみで。
弟は、ある種の興味と快感で。
そんな自分勝手な人間らしさの溢れる感情を、――彼らのさらに上に立つあの両親が、それこそ自分勝手に肯定しやがっただけなんだよ。
『Neco。これを完璧な社会と思っているのであれば、おかしい』
南美川さんを、と僕は日常言語のままつぶやいた。
『彼女を、人間に戻してほしい。いや……人間未満だなんて概念は、間違いだったと認めてくれないか?』
Necoは、押し黙った。
……それは、人間の器質的脳や思考能力などをはるか超えるモノをもっている人工知能のNecoにしては、ずいぶんと長い沈黙であった。
バグでも起きたか、とふっと危惧するくらいには――。
『……おかしいのは、』
声が、重なっている、――三人ぶん、
『来栖春でしょ』
重なって、――こんなことは、はじめてだ。
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