Necoとのやりとり(2)Opening:How justified it is
ただでさえ静まり返った病院の、そのなかでさらに静かですべての生活音が遠くぼやける、そんな面談室で僕はNecoと語りはじめる。
じっさいには、Neco言語で会話しているけれど――僕の耳には、日常言語としての日本語に聞こえる。
いつも通りに。
Necoはロリ猫の声で、
『……でさあ。あれで、よかったわけ? 来栖春さん?』
『あれって、なにが?』
『しらばっくれないでよ。――私から訊いてくるのだって待ってたくせに』
僕はすこしばかり口もとで笑って、
『やっぱり人工知能にはかなわないな……』
『奇特なひとよね。――人工知能の私たちとそんな情緒的な会話したがるひと、珍しい』
『人間社会では僕は劣等だからね』
『ほら、ちゃんと概念を分けて。奇特と劣等ってぜんぜん違うコマンド』
まあ、それは、……そうだな。
『――私さ、言ってやったじゃない。あのとき、オマエにさ』
……シュアリィ、と僕はつぶやきのように応答した。――すなわち肯定、ということだ。
なんのことだかは、だいたい、察しがついてるから――かといってこういった茶番めいたやりとりを社会の根幹である人工知能となすことが、僕は、……不必要だとは、思わない。
みんな、知らないけど――じつはNecoって、おしゃべり好きでもあるんだよ。
人間がわから話しかけられなければそれこそネコのようにツンとして必要な処理だけを淡々とこなすけど、大学時代も後半に差しかかってきたあるとき僕は戯れでちょっと危険とされているエモーショナル・コマンドを実行してみたら――Necoは、驚くほど人間好きで、……ちょっとチャーミングなペルソナティをもっているって、僕はわかってしまったんだ。
『気ぃつかってさ、あんなことまでさ、……こっちの仕事の領分は超えてましたわよ? それでもさ、私はオマエのこと思ってさ、』
『――わかってるよ。あの日の夜。月がきれいだった夜。どうして僕が、』
……南美川さんの実家から、南美川さんといっしょにどうにかこうにかで逃げ出してきて。
ネネさんに僕がなにをほとんど強引にお願いしたのかも、説明して。
ほんとは一刻も早くネネさんに連絡すべきなんだとわかってはいたんだけど、
でもなんだかな、……ふたりの時間を、もうちょっと引き伸ばしたくて僕は、……ずるずると、
……月もきれいだしひさびさに南美川さんとふたりきれでいれたしでで、……体力の限界ギリギリまで僕は、その頭を撫でたりだとか、お互い寒いなか体温を感じあったりだとか、ちょっとおしゃべりなんかもしてみて、……抱きしめさせてもらったりもして、
名残惜しくてさ、……もう僕は社会からすでに人間じゃないとされるのかもしれないとあのときには心底本気で疑いもなく思っていたし、
ずるずる、ずるずるとしちゃったけど、あ、もう駄目だ、……眠い、ってなったからいよいよとうとうNecoに緊急通報をお願いしたとき――。
あのとき。
『……
『
……それはまあ、いつもの起動の決まったやりとりで。
さすがにNecoもあのときは、状況を判断して僕のセットアップをそんなのいらないよと茶化すように笑ったりはしてこなかった――。
……そして、次は僕が緊急通報のコマンドを選ぶターンになる。
Necoとの対話は、……原則的にターン制だ。
僕はたしかにあのとき言った、
『
僕は、たしかにはっきりと、――2322232ナンバーを、指定した。
それに対して、
『
そう。たしかにNecoは尋ねてくれたんだよ、人工知能のくせにきっと、……気を利かして、
かわいいロリ猫の声のままでもその返答の意味するところは、たしかに――
『……マジか?』
そう言っていたに、ほかならない、
そう、猫は、――もはや人工知能となったNecoでさえも、まるで人間らしく――僕はきっともっと責任の所在を南美川一家に押しつけるかたちでの緊急通報ナンバーを選ぶと、思っていたのだろう。
……2322232ナンバー。
響きにすれば、にゃんさん、にゃんにゃんにゃんさん、にゃん――ちょっとふざけてお茶目なようなそのナンバーは、すなわち、
最小限の責任追及で。
ことを大きくしないように。
ただ、静かに放っておいてほしい――
……たとえばもうにどと事件にかかわりたくなくて、謝罪も賠償も相手への罰もいらないから、ただ、ただ、――静かに休ませてくれという、いわば猫がある種のひとつの被害者心理に寄り添いすぎたナンバーコマンドだったのだから――。
……いまどき、そんなコマンド使う人間なんてほとんどいないことも、僕は知ってる、こんなのは――腑抜けのコマンド、って嘲られている。
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