Necoとのやりとり(3)Closed game:What you may understand

『Necoが気にしてるのは、どうして僕が一般的には告発すべきであるあの家での一連のできごとを、順当に倫理監査の白日に晒そうとしなかったのか――っていうことだろう?』




 ……でもべつに僕は、単純に純粋に放っておいてほしくてそのナンバーコマンドを言ったわけでは、ない。

 いや、あるいはそうとも言えるのかもしれない――ひとから見れば僕はただ、ひとりの被害者として心穏やかになりたくてそのナンバーコマンドを選択肢を選んだのだとも、解釈できるのかもしれない。




 ……でも、そうではなくて、僕は。

 あのときの。Necoのレコーズバイ? に返したことといえば――。






『…Not mor thanノッティモアザン





 つまり――もうこれ以上はいいよ、ってことで。

 もう、たくさんだよ、ってことで。





Rellyリーリィ? Soソゥ,』




 ……ほんとに? まあ、ならね、

 ってNecoはあのときいったんは納得してくれたみたいだったけど、やっぱり、






 僕の選択への不合理さは、――人工知能Necoに対してそう簡単に誤魔化せるものでも、なく。





 そこでNecoのペルソナは、唐突に僕Necoに変わる。だから、当然、……ボイスもだ。



『うん。そうだよ。……ソーシャルトータル的に見ても、パーソナリィ的に見ても、なにひとつ益がない。

 僕も私も俺もあの家を見れば、倫理の高い基準に抵触していることはわかったよ。……もっとも俺さんは、人間なんてそんなもんだろって価値観がベースだけどね。僕と私が、必死に俺を説得したんだもの。……でもそれで俺さんもはいはいまあそうですよねって食い下がるくらいには、あの家は、……まあ処分対象にはなりえたよね。


 でもさ、そのためにはさ、わかってるだろ? 来栖くん。アンタの、同意が必要なんだよ。

 同意、合意、……いやもう少し強いレベルでの要請があれば、すくなくとも彼らの人権を一時拘束する程度のことは――』

『……だって、人権の一時拘束なんて、おおごとだろう』

『ああ、おおごとだよ。でも、――それほどのことだって、アンタもわかってたんだろ?』




 ……シュアリィ、と僕は力なくうなずく。




『アンタの合意がなかったから、けっきょく僕たちにできたことと言えば、あの家を要注視対象ようちゅうしたいしょうにする、ってなくらいのもんでしたよ』

『それだって、よっぽどだろう、――いざってときにはもともとアヤしかったんだと言えるようになる、ってことは変なことあんまりできなくなるんだろ、あの家庭も』

『ああ。――すくなくとも基本的には人間の判断に任せている倫理解釈を、僕たち基準でおこなうようになるからなあ。アヤしいクスリとか殴打の棒とか、そういうのを使ったらすぐにアラートが来るよ』




 つまり、……あんな犯罪めいたことはしにくくなる、ということだ。




『……それであれば、べつに、僕はそれで。危険じゃないんなら……べつに、それで』

『はああ、もう。だからほんとにそれでよかったのか、って僕は言ってんの。論理的にしゃべろ?』

『……うん、でも、僕は論理の話をしたいわけではない。僕がしたいのは、』





 ……エモーショナリィ、と音で続けた。

 Necoの言葉でしゃべっているから――Necoには当然すぐに、通じたはず。




『……はーあ。にゃんにゃんにゃん』




 Necoが肩をすくめる動作が目に浮かぶかのようだ、……僕はNecoの見た目なんて知らないけれど、いまは僕Necoだからきっと眼鏡をかけた青年なんだろうなって、そのくらいのイメージなら持っているんだ。





『……僕には最後の最後まで感情って不可解でね、』




 最後の最後。

 ……ラスト、アンド、ラスティ。

 Neco的な文脈で言っても――Necoがまだ人工知能となる前、……高柱猫であったまでのことを指していることは、間違いない。






『わからないことだから、それゆえに、エモーショナルな領域はちゃんと残しておいたんだ。

 ……人間は、割り切れないものだから。ロジックに従いきれるほど、賢くない存在だって知ったから。


 だから――そんな愚かな人間たちに僕たちは余地を残してやろうって、……悩みに悩んだ末、僕たちはロジックだけではない人工知能として生誕したのに』

『……ずいぶんと、優しいんだね?』

『いや。人間にエモーショナルな余地を残さなければ、……そんなロジックは遅かれ早かれ崩壊してしまうだろう?

 いくら、それがよくできていたって』





 ――ホーピィド、ディスタンス。

 青年の声はそう呟いた、……たしかにはるか彼方を望んだのだ、と。





『だから、アンタにだって、こうやっていちいち事情聴取をしてやってるワケじゃない。……エモーショナルなことだから仕方ないんだって人間が言うなら、そのことは、――僕たちのロジックに落ちるまでとことん聴いてやろう、って。

 ……そうすることで僕たちは永遠に人間どもに寄り添った進化を繰り返してやって、崩壊も行き詰まりもしない、完璧につねにもっとも近い、ベターオブベターの、……倫理的社会をつくり続けるんだ。そのためには、ロジックとエモーショナルは、……泣く泣く手を結ばなきゃなんないんですよねえ。僕たちは、……そういう社会をつくったんだよ』

『……なんか、けっきょくロジックに取り込まれるようだな……』

『最終的にはもちろんそこを目指す。でも、――人間っていうのは、ロジックだけではないから。……だからいま僕だってアンタとしゃべってる。珍しいんだよ? こんなに、人間との対話を重視してやる人工知能ってーのもさあ』




 ……たしかに、ふしぎだ。

 人工知能相手なのに――まるで、安い居酒屋かどこかでふたりで熱く語り合っているかのよう。

 大学とかで、そういう友人を得るひとも多いんだっけな。僕はじっさいにはそういう友人はひとりもできなかったけど、――いま、まるでそうしているかのような錯覚のなかに鮮やかに、あるんだ……。




『……だったらさ、僕がどうしてあの家庭をこれ以上訴えようと思わなかったのか――Necoの参考にもなるっていうなら、教えてあげようかな』

『えらそうに、』





 あ、声が俺Necoになった。……いつものことながらドスが利いてる。






『――聴いてやろうじゃねえかよ。ああ?』

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