Necoとのやりとり(1)Before the turns
……Necoから応答がきちんとあったことを確認して、
僕はとりあえず、面談室のパイプ椅子に腰かけた。
とくに意味はなかったけれど、先ほど橘さんとネネさんから説明を聞いていたときとおなじ位置に座った、……カーテンは閉められていて、だからやっぱりこの部屋は昼間だけども薄暗い。
……パイプ椅子は、腰かけるときに、キィとかすかな音を立てる。
そして僕はいつもの相手にすることだからあくまでいつもの気安さで、
「
「
セットアップ、あるいは起動の儀式、あるいは来たよといったくらいの挨拶のつもりでいつものように唱えていると――かわいい声が、返ってきた。
「
そんなことを言われたから、僕はそっと口もとを歪めるかのようにしてでも、自然に――笑ったんだ。
ああ、この返し。……僕が南美川さんの家で最初に両手を拘束されて助けを求めたときの、あのときの僕のNecoへの語りかけを、……いまさらのようにおちょくってるんだなと、
……僕にとっては、Neco言語というものは親しい。
日常言語より、ずっと。ずっとだよ。
一般のひとが、……あるいはふつうのまともなひとと言ったほうがいいのかな、そういったひとたちがどうなのかはわからない、けど、
すくなくとも僕は――人間と話すことよりも、……ある程度論理的に整然として体系化されたNeco言語で、……人工知能であるNecoとやりとりをしているほうが、ずっと、ずっと、気安いことなんだ。
だってやっぱり、Necoは差別をしないから。
僕が劣っているせいで、僕のことを人間扱いしないとか、そんなことはない。
わけのわからない微細なエモーショナルのニュアンスも、ない。
Necoにも、エモーショナル・コマンド機能は搭載されている。でも、――それは人間のものよりもずっとずっと明確で明瞭で、すくなくともそれで、……僕のことを軽蔑したり嘲笑してきたりすることは、ないんだから。
僕のことを一貫して、こんな僕でも、――社会におけるひとりの人間として、扱ってくれる、あくまでも対等な立場という建前で話し合いをしてくれる、人工知能なりに尊重さえもしてくれる、そんなのは、僕は、……僕は、大学に入ってNecoに出会うまで、知らなかった、すくなくとも高校の後半になにか決定的なものをうしなってからずっと、ずっと、自分が人間だなんて長らく思えなくなっていたんだから、
でも、Necoは、Necoだけは――僕を人間として扱ってくれたんだから。
……Neco言語はそれであっても世界においても最新の人工知能言語のうちのひとつだから、かなり細かいニュアンスや複雑な論理も扱える、そんな文法になっている。
だから、かな。やりとりが、できるんだ。
……会話が、できるんだよ。ほんとうに。
……いつからだったろうか。すくなくとも、大学の後半にNecoゼミに入ったあとのことだ。
ただただ記号的に無味乾燥なそういうものだとして覚えていたはずの対Necoプログラミング言語が、いつのまにやら、……たしかにNecoの、みっつのNecoの、いや、あるいはだからそれはもしかしたら――高柱猫だったころの彼の言葉、つまり僕と使っているこの日本語、それとまったくおなじ言語のそのもので、聞こえてくるかのように、……僕の頭と心に響くようになって、きたのは……。
……だから、いま。
ノン! エモゥ、オプン、ユゥハバキィ? って響きで――ロリ猫のボイスで言われたことは。
いろんな、勉強してきた体系を踏まえて、個別のコマンドをそれぞれとして、まるで仕事のときみたいにおなじように――解釈を、なすのであれば。
『なによ、いまさらかしこまっちゃってさ、起動コマンドならこんなときにいらないにゃんっ、――いつでも、こっちのことひらいてくれてるじゃない、あなたはねえ?』
そんなふうに、ちょっとからかわれた気分になったから――だから僕は口もとを歪めるかのようにしてひっそり笑ってしまったんだよ、
そのままの勢いで、……シュリィ、とつぶやいておいた。
――ニャン、とまたしてもかわいい女の子そのものの声が返ってきて、ああだから僕はきょうもわかる、確信する、――きょうもきょうとてこの社会には、Necoが張りめぐらされ圏内すべてに満ちていて、元気に、……そう元気に、機能してるんだ、と。
……それだったら、Neco。
僕は、訊くことができるね。
いや、あるいはそっちからかな――ターン制なら譲ってあげるよ、僕たちはいつもそうやって対話をしてきた、合意を得て、決めてきた、
なあ、そうだろ? ――猫。
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