ヘルパス
わたしはシュンをかばうようにその身体に乗っかっていて、
ぴかぴか明るい黄緑色の液体の注射を持った化けものじみた弟がそこにたたずんで、いつこっちに襲いかかってきてもおかしくないようすをしている、
それが止まっているうちにシュンは鋭く叫んだ、
「Helps!」
なぜか化がぴたりと動きを止めた。
ゆらり、と身体を大きくひと揺らしした……そしてそのまま、こちらを見下ろしている。
チャンスだとばかりにシュンは息を吸った。
そのまま間髪入れずに続ける、
「――Rr Course!」
れ、こーず……って響きのそれ、ああ、聞いたんだよねこのあいだ、
すでに遠い前のことに思えるけどまだほんとは何日か前であるだけのはずの、テーブルにシュンが両手を縛られちゃって、あのときもあのときでピンチになったとき。
シュンがいきなりNecoとおはなししはじめちゃって、しかもできちゃって、かっこよくて、わたしがすごいすごいのって尻尾がちぎれそうなくらい喜んじゃった、とき。
あのときも、言っていたかな、……両手が縛られていて動けなかったけど天井を見つめてすらすら言い出したの、たぶん最初の言葉は印象的だったから、そう、それだ、……レコーズ、と。
けど、あのときと違うのは。
Neco音声が、最初の女の子みたいな声ではなく、その次の少年みたいな声でもなく、
「Wh or Hw?」
最初から――やはりとても低いままだ、ってこと。
シュンはわたしには理解のできない、でもNecoにはきっと通じてる言葉で、しゃべり出す、
ゆっくりと――こんなときだけど、ゆったりとした余裕さえ感じさせるほどのスピードで。
なぜか、化は止まっている。
のっそりと、こっちを見下ろしている。――見上げた表情は陰っていて、なにを考えているのかこちらからではわからない。
「……Simoly,Zard Helpi」
……しんぷりー、ざーど、へるぴぃ?
「Re cords IDs finly,」
れ、こーど……あいでぃーず、ふぁいなりー。
「I hava KEY Butly Code"Non time" ad "No more than"」
あいはばきー、ばっとりーこーど……のん、たいむ、あど、のーもあ、ざん。
最後だけは、わたしもちょっと知ってる言語だったような。ない、時間。それに、もうこれ以上は、って感じの意味なのかな――。
ゆらりと、
化がついにふたたび動きだした。
すさまじいほどの勢いで。いまにもわたしたちごとまるごと、圧しかかってそのまま化の思い通りにされるかの、ような。
「Helps!」
しかし、シュンが鋭く叫んだことのほうが、先だった、――ヘルパス、というその響き、
また言ったね、……化が動きを止めるくらいだから、よっぽど強い実効力をもつなにか……なのかな。そうよね、それに前はいろいろ長く言ってはじめていたけれど、こんかいは全体的に短いし――それほど切迫したときのプログラムやコードやなにか、なのかな。
……ヘルパス。
その言葉じたいは知らなくとも、響きはわかる。簡潔で、それでいて切実。
助けてよ、って言うときとおなじ響きのものなのよ。
ヘルプ、ってこと? つまりこのひとはいま――Necoに助けを求めた、ってこと?
変化は、すぐに起こった。
驚くべきことに、――天井の光源装置がシュシュシュインと動いて、
まるで人間の両腕のようにくっついているアーム部分を構えて、大きなひとつ目みたいな真っ白な光を向けて――
ここだとばかりにシュンは身体さえ持ち上げて叫んだ、
「Yes dgrr st:45,45,90 an 90 45 30,dtrr 42...43! Ok,」
上半身だけをどうにか起こして両手を床について光源装置を見上げて語りかける、シュンは、なにかに祈っているすがたにもわたしには見えた――むかし、むかしのおおむかしに、こういう構図の絵画があったはずなのよ。わたしは人間のころ、画集とかも見るのが好きだったから。それもアナログのものが好きで。ぺらぺら、ぱさぱさ、ひとりでこの家でお留守番のときなんかそうやってめくっていたりした。
もっとも――そんなものに興味を示してくれる友だちは、わたしのほかには知らなかったけれども。どうせ言ったところで、なんでそんな旧時代の遺物をいまさら鑑賞するの? って思われる――わたしはそう思っていたから、だから、……わたしがほんとうはなにが好きで、どういうものが怖くて、自分がどういう人間だと思うとか、そういうの、そういうの、だれにも言ってこなかったな、って、友だちもだし、狩理くんにも真にも化にもだよ――。
……シュン。
でも、あなたは、知っているね。
わたしのことを。
わたしの、あんまり自慢できたものではないところだってひっくるめて。
あなたがわたしを助けてくれたの、
助けてもらってしまったらそれはもう、勝てない、……どうしようもなさだって知られてしまう。
りありー、といった響きの言葉をシュンが叫んだ。
そしてそのあとたしかにまた叫んだ、念押しのように、さんどめ、ああ、そういえばNecoもなぜかみっつあるんだっけ、
助けてほしいのはわたしもおなじよ、
でも、わたしが助けてほしいあなたはいま、助けを求めている、
わたしは助けてあげられない、だからあなたが光に向かって求めるそれを、
いっしょに、祈ることくらいしかできないんだけどね。
「――Help us!」
――ヘルパス、と。
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