似ている
……そうこうしていると、前方から、てってっ、てってっ、と化がやってくる。まるでそうするのがごく自然だ、とでもいうような歩きかたで。
ここは家には近いけど、歩幅が人間に比べてあまりにも小さなはずのわたしがそれでもけっこう歩かされた距離なのだから、人間の足でも、そうね、……徒歩五分くらいの距離ではあるんじゃないかしら……。
……近所だった、はずなんだけどね。ここ。なんか、あまりにも長く長く人間から離れていたせいで、ここらへんの地理感覚とかもよくわかんなくなってしまっているみたい、犬には、……必要のないものだからね。
……それに、ここのあたりの道はすべてがすべてクリーンだ。
モノトーンに統一されている。
両脇の道のタイルは、白黒の幾何学模様。建物はなんであれ立方体と正方体が基本、まるみを帯びたものは存在しない。
色をもつ人間が歩いていれば一瞬で浮き出る。……この地域は、朝の時間帯だってこんな広大なところに歩いているのはいつも二、三人だけど。
整然としてはいるけど、人間味のない、こうしてみればどこか空虚な……街のたたずまい。
道はひろくてくすんだグレー。
そんな景色がまっすぐのびている。
はてのないかのようにまっすぐのびている。
……まっすぐな道でさみしい。
むかし、そう述べた詩人がいたという。
たしか、むかしむかしのおおむかし、やいのやいののお祭り騒ぎってくらいになにもかもが混沌となっていたという、旧時代のほんとうにおしまいの時代、
そんな時代でもそんなわたしたちの時代のイマドキみたいな実感、するひといるんだなあ、ってわたしは――この言葉、知ったときに、驚いた。
化ちゃんはそんなまっすぐな道を、てってっ、てってっ、とひたすら歩いてきていた。
ただ、ここは巨大な敷地を誇る森林公園を核としてぐるりとできてる住宅街ではあるから、こちらから見ると右手の頭上にはちょっとした緑が溢れてこぼれてきている。空は青いし、おひさまも出ている。
わたしは、そういう妙な感覚が好きで……だから、むかしばなしとかにもすぐに惚れ込んでしまったりした、のだ。
……まあ、そんなの、人間だった時代のことなのよ。
シュンは、わたしに民間伝承のページ、見せてくれたけれど、
そんなのはなんだ一瞬の奇跡にすぎなかったのね――けど、けど、語るよ、わたしは、あなたに、おはなしを、犬になったら、……すること、ないから。
わたしがそんなこと考えて、気持ちとダイレクトにつながされた耳と尻尾をしなびさせていると、化は気がつけばすぐそばに、すぐそこにいた――。
得体の知れない、笑みのまま。だいたい感情が
そんな化けものじみた弟が言うことといえば、
「……真ちゃん。ご近所迷惑は、よくない」
やっぱり、そういうことで――。
わたしは振り向いてないけど、ただ地面のでこぼこの淡いグレーをせめて気がまぎれればと睨みつけるようにして見下ろしているだけだけど、
だから真がいまどんな顔してどんな反応してるのか、見えない、……たぶんわたしは見たくなくて、わざと知らんぷりみたいなことしているだけだろう、けど、
そうやって尻尾をぴりぴりさせながら思っていたことならたしかにある。
……真。どうするのかな。
いいな。化に、そんなふうに迎えに来てもらって、……きっと心配もしてもらってる。
人間どうしとして、ううん、――わたしからすれば人間以上とでもいったほどの彼らは、きょうだいは、ほんとうはもともとわたしなんかが関係に立ち入ることなどできなかったのかもしれない、いいな、いいな、
……ふたり、きょうだいらしくて、いいな。
ずっと、そう思ってたけど。わたし。ほんとうはね、ずっとずっとだよ。
だってふたりわたしだけそっちのけで、ふたりの世界があったんだもの――ふたごだからふたごだからっていって思ってきたけど、ううん、ううん、……きっとほんとうはそれ以上の、なにかの――ことがあった、理由とか、事情とか、……たとえばわたしがほんとうはふたりよりずっとずっと劣等だったんだってこと、とか、
……だから、いいな。
いまもきっとふたりは楽しそうにするんだろうなって、
たしかにふたりの姉でもあるわたしなんか犬だから、ただの犬だから、きょうだいふたりの水入らず、するんだろうなって思ったら、唇、噛みしめてしまった、つよく、つよくつよくつよく――
……だけど。
じっさいに、真のしたことといえば――
「……う、うう。化」
わたしの耳はピクンと立った、一瞬自分がそう言ったのかと思ったから、そう錯覚するほどその言葉と言いかたはわたしにそっくりだった、ううん、そうよ、そのはずよだってこの子とわたしは姉妹どうしなの、この子のほうが、ずっと優秀だったかもしれないけれども、
この子は、わたしの、……妹だったの。そうよ、
「う、うああん、化、化ええっ」
ふわりとリードが舞ったから見上げてみれば真は化に抱きついていた、こんなところなのに、お外なのに、公衆の面前ってやつなのに、真ははばからず大声をあげて泣きはじめている、真、……たしかにちょっとわたしも思った、それはシュンとこのあたりに来てから思ったけれど、
真は、……真は、あまりにものびのびと振る舞いすぎてる、って、たしかにそうよわたしも、思って――
「……うん。うん。うん」
化は小さな声と小さなうなずきを繰り返す。
真の背中にも手をまわす、でも、それは、……ここにきてからわたしのことを執拗になでまわすその手とは、きっと、ぜんぜん、意味あいが違った。
真の、ふわふわの黒髪が、背中にそのまま垂れている。
「う、……ううう、おばさんが、近所のおばさんが、近所に住んでるってだけのくせに、ひどい、ひどいの、化のことなんかなんにもわかってないのよ、わかってないのに、あたし、あたし、あたし――」
「うん。……うん。そうだね、真ちゃん。そうじゃない、けど……そう、だよね」
化は、真の背中をさすり続ける。
優しく。優しく。やわらかく。
真の大泣きは、やがて嗚咽に変わってくる。
「……落ち着いた? 真ちゃん」
真は子どものようにこくりとうなずいた。
「……じゃあ、いっかい、帰ろう。
ね。真ちゃん。……ご近所迷惑は、よくない。よ。
いいこと、ないから。ね? ご近所迷惑……やめよう、ね」
「……うん。うん……」
真は化から身体を離した。
その、むくれているけど安心しきった顔――
……ああ、やっぱりその顔を、そしてきっとその喋りかたも、
わたしはいまシュンにしているのだとすぐにわかってしまったから、ああ、……ああ、真ちゃん、あなたはたしかに、……わたしの妹。
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