チャンス到来
「……なんだよ」
峰岸くんはいつになく不機嫌な声で吐き捨てると、手を引っ込めて立ち上がった。
そしてそのまま南美川さんを勢いよく蹴飛ばした。
「――ひゃう!」
「南美川さん!」
おそろしく酔っているらしいこの元クラスメイトで元南美川さんの婚約者は、あまりにも
強く蹴飛ばされたせいで、南美川さんは寝るときのように横になってふさふさの四肢を投げ出している。だが手足をすこしばたばたさせたあと、またがんばって四つ足で立ちあがった、――気丈だ。
峰岸くんの脚がもういちど持ち上がろうとする。
だが、二度めはなかった。脚が、立つときの定位置に戻った。
「……つまんねえ。おまえら、つまんなすぎ。飽き飽きしたよ。がっかりだよ。
もうすぐ親父さんとお母さんが帰ってくるはずだから。そこでまず用件聞いてやる。
そこまではこの部屋でおとなしくしてろよ。ああ、せいぜいいちゃついてればいいさ。――手も脚も動かせない蛆虫くんと、……手も足も出せない蝶々の交尾って、どうやるのか俺は知らないけど」
峰岸くんはひと息でそう言い切ると、すっくと体勢を直立姿勢に整えて、部屋を出て行ってしまった。
……バタン。
南美川真が床に座ったまま、にいいと口もとだけで笑っている。
僕は問うことにした。――酒のせいで頭が痛い。峰岸くんがいなくなった途端、また回ってきたみたいだ……どんだけ飲まされた、もとい浴びせられたのだろうか。
「……いまさらなんですけど、聞いてもいいですか」
「なあにい?」
「なんのために、こんなことするんですか? ……僕たちはこのまま帰してもらえないんですか?」
「……んー。あのねえ、とくにおおげさな理由でもないよお。あたしたちもこのごろ退屈しててねええ。あ、あたしたちっていうのはあたしと化のことだけど」
南美川真はまるで小さな子どもみたいにゆらゆら身体を前後に動かし続ける。
「べつにい、遊ぶものとかあ、いくらでもお、学校にも社会にもあるわけではあるんだけどお。
……でもさああなたたちはわありと、すうごく、玩具に適任だと思うの。ねええ。……それに玩具ってさがしに行くより来てくれたもののほうが、わああいわざわざ来てくれたのおおお歓迎! って、なるじゃあん?」
南美川真も立ち上がった。スマホを片手に持ち、ぶん、と両腕を大きく振る。
「こんなこと、――意味はないけど価値はあるよ? あたしたち、楽しめるんだからさっ。
まっ、だからなんのためって言うなら、お遊びのため?
……そーいや、用件ってなんだったの? あははー、いけないのー、あたしついつい遊ぶほう優先しちゃった。……まさかそのわんこと結婚してもいいですかみたいな許可とりにきた? ああー、でもー、あながち間違ってもないかあー。でもねだめだよ? ……犬と人間は結婚なんかできないよ。孕ますことはできるかもー。でもそれは人間と犬の子どもになるから生まれてきた子はかわいそうだね? 出自が、グロテスクなのー」
「……やめ、て、真……」
南美川さんが――か細い声で、振り絞るかのように。
「……シュンのこと、誤解しないで。シュンは、いちどもわたしのことを、犯してない……」
ハッ、と南美川真は鼻を鳴らした。
「じゃあ機能不全か。ほんとにキッモ。――まああなた見てれば納得だけどお。
……あたしも下行くわ。化がいまごろおいしーい晩ご飯つくってくれてるはずなんだー。えへへえ。化ってば料理もうまくって、お姉ちゃんの自慢の弟だよお、――ふたりきりのきょうだいだものね?
ふたりはふたりでゆっくりしていてくださいーっ。まあできることなんてたいしてないだろうけど? 手も足も出ないふたりだもんねええ。ねえ?
そうだそれでもわんこは動けるんだからさ、座ったままでも男のひと慰めることでいるでしょおお、そういうことやってもべつにいいよーお、あたしらあとで見に来て楽しむからさーあ、あははあ、そういえば人犬ちゃんのなめなめ動画っていうのもたかーく売れたりするのかなあ、どうだろ? あっ、でもせせっかくだから人犬エロ動画もつくってみてもいいかも! ねえ化ーえ、あたしまた思いついたんだけどおーっ」
南美川真は言いながらバタンとドアの外に出た。ドアが閉まり切ると、一気に南美川真の声もくぐもる。
……言いたいことは、もちろんある。
たくさん、ある。
けれど。
そんなのは、帰ってからでいい。
チャンスがきた――いまを逃してはぜったいに、いけない。
できれば南美川家の両親が帰宅をする前にすべてを成し遂げたい――とくに南美川父のほうは、さっきの映像やこの家の設備を見るかぎりでも、……僕の計画を途中で中断させて揉み消すスキルが、あるように、思うから。
むしろこちらの用件なんて言う前に、こうやって監禁してもらってよかったのかもしれない。
さあ。
用意しておいた保険が、いよいよ、効くときがきた。
南美川さんの遺伝子情報と社会評価ポイント履歴を抜き出すんだ。
ハッキング――なんてほど、えらそうなものじゃないけれど。
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