その細胞の可能性

 ……なるほど。

 どうやら現実の事態は、僕が思っていたものとは、だいぶ違っていたらしい。


 たしかに思い返してみれば、僕がなんとなくネットで見ている記事なんかでは、ヒューマン・アニマル加工の方法の詳細はぼかされていた。

 僕は可逆細胞というものは知らなかった。だから、ヒューマン・アニマル加工というのは、おそらく四肢を外科的な手術で切断したうえで、犬の毛皮や耳や尻尾を縫い付けているのだろうと思い込んでいた。神経を通せるのも、外科手術の技術が発達したのだろう、と。



 でも。でも。

 切断ではなく。可逆細胞という名前の、つまりは細胞によるものならば、それは――。



「南美川さん。質問をしてもいいかな、わからなかったところを」

「うん。いいわよ」

「可逆細胞、っていうのは、……元に戻る細胞だって南美川さんは言ったよね。でも――人間っていうのは、もともとは人間の身体だろう? 人犬の身体だったわけじゃないよね。だったら、可逆細胞っていう細胞を使っても、その、なんだろな、……人犬的な身体に戻っていくってわけじゃ、ないんだろ。あくまでもそれらは付け加えられるってことだよね。加工というくらいなんだし。どうやって人間の身体で犬のパーツを取りつけるの?」

「あ、うん。それもね、ちょっとだけ、専門的な話になるかも……しれない。いい?」


 僕はうなずいた。

 南美川さんも、うなずいた。


「あのね。可逆細胞っていう名前は、……その機能のもっとも目立つ特徴につけられた名前でしかないの。だから、わたしが大学にいたころには、呼び名を変えようっていう過渡期だったわ。可逆細胞ってね、そのとき提案されていた新しい言い方でいうと――高弾力性細胞こうだんりょくせいさいぼうっていうの」

「高弾力性……細胞?」

「うん。その……シュンは、専門じゃないから、わからないのは当たり前だわ。まずね。弾力性っていうのは――わかる?」

「なんとなくだけど……こう、応用がたくさんできる、みたいな感じかな。……ソフトウェアの弾力性っていうと、そういう汎用性のことも指すけど」

「うん、そうよ、近いわ、シュン。……汎用性。それもほんとうにその一面なの。つまりね、高弾力性細胞っていうのは――いろんなことに応用ができるの。なぜかっていうとね、――高い弾力性をもつ細胞は、従来であれば細胞が完全に破壊されてしまうほどの負荷をかけても、……壊れないのよ。異種の情報をインプットするとね――本来はすさまじい負荷になるのよ。……旧時代の時代には、だから合成獣キメラというのは現実にはほとんど無理だってされてた。でも、夢の細胞はね、……その常識さえ変えたのよ。えっと、だから、だからねつまりね――わかりやすく言うと、ほんらいはヒトにない細胞の情報を、ヒトの身体にインプットさせることが、できるようになったのよ。……高い弾力性のおかげで」

「それじゃあ、さ。南美川さん。もしかして――その細胞っていうのは、もういちどいじれたりするの?」


 南美川さんは真剣な瞳で僕を見上げている。……怖いほどに。

 瞳が、部屋の電気を反射して、ぎらぎらとするほどで。


 ああ。凄みが。

 南美川幸奈の凄みが――ひさかたぶりに、そこにある。


 南美川さんは、尻尾をゆらりと揺らした。

 そして、静かに言った。



「……その発想は、いまシュンに聞くまで、なかったわ。そうか。細胞情報は恒久的ではないものね。ましてや人為的インプットであれば情報の抱き合わせで情報の更新も可能、か。インプットをしなおせば……」


 南美川さんは、……まるで、専門家のように。



「そっか、だったら。細胞の加工をもういちどしなおせば、もしかしたら――」



 南美川さんは、口を小さく開いたまま、……なにかを言うのをたいそうためらっている。

 だから――僕が、言った。




「――人間の身体に戻れるかもしれないってことだろ」

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