第17話 不審者vs変質者

「里桜、一緒に帰ろう。」

「いや、申しわけないし良いです。」


手の平を御園君に向けて拒否のポーズをしてみたけれど、廊下を歩く間も、靴箱を歩く間も、なんか斜め後ろに着いてきていた。

 校門をくぐったのに、まだいる。


「御園君さ、家こっちじゃないよね?」

「うん。そうだ、今度遊びに来るかい?僕も父さんと母さんに里桜を紹介したいし、是非おいでよ。ああ、楽しみだなあ!」

「会話して。」


 遊びに行くなんて一言も言っていないのに、御園君の話がどんどん自分の世界に向けて飛び立って行く。


「会話か、そうだね。里桜の話も聞かないでごめんよ。それで、いつ遊びに来るかだけど、」

「いや、行かないから。御園君、家こっちじゃないよね?無理して着いてこなくたっていいんだよって言いたかったの。」

「里桜が、ぼくのことを思って……!」


合ってるけど、何か違う。

感動する映画を見終わった欧米人みたいに、うるうると目を潤ませている御園君のオーバーリアクションにたじろいでいるうちに、突っ込む機会は完全に逃してしまった。


出会ってからずっと、いちいち濃い会話ばかりだったからか、御園君との話し方にもだいぶ慣れてきて、部活を決めたかとか、普通の会話をしているうちに、あっという間に家に着いた。


「御園君、ちゃんと帰れる?……藤堂さんが着くまで中で待つ?」

「嬉しいけれど、大丈夫。里桜が車でここに来ると目立つっていうから、ちゃんと別のところに来て貰うことにしたんだ。」

「そっか。偉いね。」


 リムジンは目立つし、藤堂さんもこんな狭い道であんな立派な車を運転するのは怖いだろうから車で来ないで欲しいといったら、小型だけれど外車のお高い車で来た前科。あれを思えば、だいぶ成長した方だ。

 そう思って口にした言葉で、御園君はぱああっと顔を輝かせ、ぶんぶんと手を振りながらご機嫌で帰っていった。


99回目の人生とかいう妄想はよく分からないけれど、他は喋る大型犬だと思えば何とかなる気がした。




‐‐‐‐‐

「里桜、昨日、ホビット族に遭遇したんだ。」

「何て?」


いつもどおり勝手に迎えに来た御園君が、挨拶もそこそこに、内緒話のように声をひそめて、意味の分からないことを言った。

……ホビット族?


「驚くのも無理はない。正直僕も99回生きてきて、ファンタジーの生物に会ったのは初めてだ。」

「昨日の記憶と今日見た夢を混同してない?」

「まさか!あ、ちょうどここにいたんだよ。この、レトロな電灯のところ。」


 指差す先にあるのは、この辺ではよく見かける普通の電灯だけれど、御園君の知っている一般的な電灯とは違うらしい。

ホビットもどうせ、御園君の住む街にはいないけれど、この辺にはよくいる人とか、そんなオチな気がする。


「電灯の下で、もうすっかり暖かくなってきたというのに、彼は季節に合わない少し厚手のコートを着ていたんだ。何かを探すようにキョロキョロと目を動かしていてね。」

「コートで、キョロキョロしてる?」


それって、もしかして。この時期に出ることがある、アレでは。


「そう、不思議だろう?困っているようだったから声をかけたんだけど、彼は人との会話に慣れていないみたいで、ぼそぼそと『良いです』って言うんだ。そして、またキョロキョロしながら何メートルか歩いて、とぼとぼとレトロな電灯の下に戻って来て、まるで誰かを待っているように、じいっとそこにいた。」

「ホビットじゃないんじゃないかなあ。」


春になると出てくるコートのおじさんだと思うんだけど。むしろ、ここまでの話でなんかホビット要素ってあったっけ。


「僕もね、何か変だなあとしか思わなかったんだ。でも、彼も話しかけてほしくないようだったし帰ろうとしたときに、ちょっと強い風が吹いてね。そしたら彼、コートしか着てないんだよ。」

「もう確定だよね。」


絶対露出狂の変質者だ。キョロキョロしてたのは、ターゲットの女子を探してたからだろう。オエッ。


「そう、確定だ。コートの着方が分からず、人と話すのにも慣れていないなんて、人間の文化に馴染んでいない証拠だ。身長もそうだが、服の下の……いや、これは良くないな。あー、その、いろいろ小さかったから、僕は確信したよ。彼は、人間界に迷いこんでしまった、ホビット族なのだと。」

「……。」


うんうん、と頷きながら、至極まじめな様子で語る御園君に、もう何も言えない。

……あれ。待てよ。

その人結局どうなったんだろう。


「……待って、その人どうしたの!?まさかそのまま放置したりした!?」

「まさか!大丈夫だよ、里桜。人間界に慣れていないようだし、保護してあげた方がいいだろうと思ってね。車で待ってた藤堂と相談して、交番に連れていったよ。」

「今までで一番、御園君の車通いと藤堂さんの存在に感謝してる。」

「そうだね。藤堂がいなかったら、交番での保護なんて思いつかないで、家に連れ帰っていたかもしれない。警察が未知の生き物を保護する仕事をしていたなんて、これまでの人生で初めて知ったよ。」


 息子が露出狂の不審者をホビットと勘違いして持って帰ってきたら、ご両親も卒倒していたかもしれない。

本当に、藤堂さんがいて良かった。


「そうだ、交番で事情を話していたときに、彼を『ホビット』と呼んでいたら警察の方から注意されたから、たぶんホビット族についてはあまり口外してはいけないみたいだ。話したあとで悪いけれど、里桜もホビット――いや、“例の彼”の件については僕との内緒にしておいてほしい。」











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1回目の私と99回目の僕 密家圭 @kei00001

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