未亡人の一年

作者:ジョン・アーヴィング

刊行年:1998年


【簡単なあらすじ】


少女ルースは、ある時、母親マリアンがアルバイトの少年エディとベッドに居るところを目撃する。それからのち、母は夫を置いて居なくなり、ルースは作家として大成していく。傷跡のようにそれぞれの人物に残り続ける喪失の痛み。そして、最後にタイトルの意味が明かされる――。



またアーヴィングかよ!!!!

……そうです、またアーヴィングです。いや、でも面白いんですよねアーヴィング。物語性が強くって、波乱万丈の人生が描かれて。露骨な性描写や残酷描写に目を背けたくなる時は勿論ありますが、それも含めてトータルで登場人物の人生というものを描いていく。まるで巨大な織物を作り出していくように。いやほんとに、『人生』を描くのがあまりにもうまい、うますぎる。そんな作家だから、癖が強いし超ページ多いし、でも読んじゃう。それはどこか、(かつて挫折した)重厚で強烈な物語を持つロシア文学を読んでいる時の気持ちに似ている。だがそれらと違い、描いているのはあくまで現代の人間につきまとう痛みや苦しみ。だからこそスルスル読める。ああ、好きですアーヴィング。


そんな今作はタイトルと簡単なあらすじで分かる通り、一人の女性の幼年期から大人までの物語。はたまた描かれるのは人生。そして今回は前作と違いアメリカ。というわけで絶好調のアーヴィング節が楽しめるわけで、これはインドを舞台にした異色の前作が受け入れられなかった人も喜んで読めるんじゃないでしょうか。


今作のテーマは個人的に「愛する者の喪失と、それにどう向き合っていくか」であると思う。最重要人物と言っていいルースの母親マリアンは息子二人を亡くしており、彼らの喪失をいつまでも受け入れられない。家には彼らの写真がずっと張り付いている。そして、ルースには複雑な感情を向けている。やがて、浮気を繰り返す夫に愛想を尽かして、家を出ていく。それらの写真を持って。そしてそんなマリアンと禁断の情事を行ってしまったエディは、中年期に差し掛かっても彼女のことを、そして彼女の喪失を忘れることが出来ない。ルースはルースで、どの男性とも半端な関係しか築くことが出来ない。誰もが皆一つの愛にこだわるあまり、苦しんでいく。


対照的なのはルースの親友ハナや、マリアンの夫テッド。彼女達は矢継ぎ早に新たな恋人を作り出していく。恋は上書き保存、というけれど。何かから逃げるかのように、放埒な愛の遍歴を繰り返していく。しかし、彼らが対比として描かれているからと言って、そこに彼らを批判する意図があるわけではないというのはこれまでアーヴィング作品を読んでこられた方々は一読すれば分かることだろう。彼らはルース達に対して示唆を与えていく、という重要な役割を担っている。そしてルース達を取り巻く環境は、終盤で大きな変化を起こす。


この物語はすべて、マリアンの息子の喪失から始まった物語である。そしてルースは最後に彼女と向き合うこととなる。そうなった時、一体何が待っているのか。マリアンは今でも、息子の死にこだわり続けるのか。ルースは母と和解することが出来るのか。タイトルの意味が分かる終盤に物語は大きく加速し、やがて、あの大団円に結びつく。


エピローグが長く、かつ感動的なのはアーヴィング作品ではお決まりだけれど、今回は特に感動的だった。題材が『親子』という馴染み深いものであるからかもしれない。ラストのマリアンの台詞には、ルースに感情移入してきた読者なら誰しも涙するだろうと思う。


異色だった前作とは違い、アーヴィング印がてんこもりの今作。やはり登場人物は作家になるし、性生活が赤裸々に描かれるし……だがそこにはやはり、血の通った『人生』が描かれる。それは時として荒唐無稽なほどに『物語』として誇張されて描かれるわけだが、そうでなければ人生は描けないことをアーヴィングは知っている。世界は安全ではない。それに対抗できるのは、人間一人一人が生み出していく物語しかないのだから。


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読書録。 緑茶 @wangd1

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