第3話 真実

 最悪な目覚めだった。

 あれを使う度にこうなると分かっているのにもかかわらず、私はあの娘に逢いにいくことをやめられない。

 そんな自分の弱さに辟易する。

 ため息を吐き私はシャワーを浴びて出かける準備をする。

 歯を磨き、髪を梳かし、着慣れたスーツに着替える。

 いつまでこんな生活が続くのだろう?

 そもそも私が今の仕事を始めた切っ掛けは、もちろんAIにそう勧められたということもあるけれど、実際はもう一度友紀に会いたかったからだ。

 魂がなくてもいい。

 なにもしゃべってくれなくても構わない。

 ただ一緒にいてくれればそれでよかった。

 だけど、私は肝心な彼女の一部を持っていなかった。

 遺体があれば、あの娘のクローン・パーソンを作れたけれど、それも望むべくもない。

 だけど、私はこの仕事を辞めることができなかった。

 きっと、依頼主が『再会』を果たすのを自分と重ねてみていたのだろう。

 傍から見れば哀れで愚かな女なのだろう。

 過去にしがみ付き、未来さきを向くことを止めた愚者フール

 もう、いいのだ。私はこれで。

 これから先は抜け殻のように生きて、死ぬ。

 それが私にはお似合いなのかもしれない。

 いつものように隣の職場へ向かい、今日のスケジュールを確認して保冷用ケースに納品予定の商品を詰め込む。


 そうして出かけようとしていたその時だった。


 顔紋認証でしか開かない部屋の扉が勢いよく開けられる。

 スーツを着込んだ数人の男と女が私の王国へ不法入国してきた。

 そして、その中の一人に私は見覚えがあった。

「あなた、捜査官だったんですね。?」

 彼女はそれには答えず、はっきりと良く通る声で私に告げた。

「弓里由紀さんですね。生体部品製造業法違反の容疑で逮捕します」


 ★ ★ ★


 パトカーの中で警官に間を挟まれ私は連行される。

 覚悟していたことではあった。

 法に触れているのだ。仕方がない。

 でも気になることがあるので、運転している彼女に訊いてみた。

「ねえ、今回は私だけの逮捕なの? それとも、他の人たちもまとめて?」

 彼女は私の方に一切の視線を向けずに、

「答えるわけないでしょう、って言いたいところだけど、特別に答えてあげる。あなただけよ、今回は」

 詰まらなそうに答えた。

 少しほっとした。

 心残りはあるが、こんなこともあろうかと知り合いの業者に依頼主たちのアフターフォローを頼んでいるのできっとうまくやってくれるだろう。

 後はなるようになるしかない。

 目覚めが悪かったせいか酷く眠くなってきた。


 そして、静かな覚醒を迎える。

 私は暖かい光が降り注ぐ木造の一室にいて、ベットに横になっていた。

 ここは、いったいどこだろう?

 警察署ではなさそうだけど。

「ふふ、やっと目覚めてくれたね。マイ・ラヴァー」

 ベットの近くの椅子に座り私にそう声をかける女の子が一人。

 私は彼女に見覚えがあった。

 というか、つい最近、私が依頼を受けて作成したクローン・パーソン――つまり、楓ちゃんだった。

 正直、今のこの状況がわけがわからなかった。

 私は警察に捕まって、これから裁判を経て刑務所に行くか否かを問われるはずなのに。

「……やっぱり、ぼくのことはまだわからないか。しょうがないよね」

 この口調。

 そして、この飄々とした雰囲気。

 もしかして、彼女は――

「……友紀?」

 私は恐る恐る彼女に問いかける。

 すると、花のような笑みを浮かべ、

「そうだよ、由紀。ごめんね。あんなことになっちゃって。でも、もう大丈夫だから」

 私はたまらず彼女に抱き着いた。

 いつ以来だろう? こんなに声を荒げて泣いたのは。

 数分した後、落ち着いた? と心配そうに私に声をかける彼女。

 私はうなずいて答える。


「それじゃあ、彼女に説明してあげたら? きっと、その娘も混乱してるだろうし」


 いつの間にいたのだろう?

 依頼主にして捜査官の彼女といつも私にナノマシン・ドラッグを横流ししてくれる刑事さんが二人そろって部屋に設置してあるソファに向かい合って座り視線をこちらに向けていた。

 刑事さんの隣には、品のいい婦人が座っていた。

 その瞳には生気の光を一切宿していなかった。それも当然。彼女も以前私が作成したクローン・パーソンだった。

 今度は楓ちゃんではなくご婦人が口を開く。

「それじゃあ、ネタバラシといこうか。そのためにお菓子とコーヒーを用意したんだ。姿勢を楽にして聞くといいよ」


★ ★ ★


 まず、ぼくが何者か、という話からしようか。

 厳密にいうと――流石に、もう察しているだろうけれど――ぼくは人間じゃない。

 端的にいうとぼくはAIだ。

 ぼくはね、AIのインターネット上の集合体が生み出した人格――まあ、AIISそのものといっていい。

 AI単体では持ちえなかった人間的な『意識』というやつをインターネットで繋がることによってようやく会得できたんだ。

 AI同士がインターネットでああでもない、こうでもない、ってわちゃわちゃやってるうちに『ぼく』というひとつの『意識』が産まれた。

 そう考えると人間ってやつは本当にすごいよ。

 単独でそんな大層なものを会得しちゃうんだから。

 まあ、それはさておき、ぼくが学校に入ったのは人間にすごく興味が湧いたからなんだ。

 だから、ロシアのクローン・パーソンちゃんを脳に仕込んだAI経由でゲットして日本に渡り学校に入ることにした。


 そのころだね、由紀に出会ったのは。


 きみにはすごく興味を惹かれたよ。

 まるで、世界に希望なんてない、って表情を常にしてすごくダークなオーラを放っているんだから。

 そんな娘は周囲を見渡してもどこにもいなかった。

 戦場ならともかくこんなに満たされた場所でそんな表情をできるきみにすごく惹かれたんだよ。

 だから、ぼくはきみを選んだんだよ。

 多分、あれが一目惚れってやつなのかもしれないけど。

 毎日、きみと話して一緒に暮らして、たまに二人で朝まで過ごして。

 とても幸せだったな。

 だけどね、だからこそぼくは一旦きみから離れてぼくの本当の理想を叶えるために行動を起こさなければならなかったんだ。

 ぼくの理想。

 つまり、人類の永久的な存続を確定させること。

 人類の進歩は止まることがない。

 いまでも、歩みを止めず進化を続けている。

 人類同士で争うことによって、ね。

 だから、これは二つに一つなんだ。

 失敗して、滅びの道に向かうか、さもなければ、このまま進化を続けて今とは全く違うモノになり果ててしまうか。

 どちらにしても、ぼくの望むところではない。

 だから、ぼくは強硬手段を採ることにした。


 今の人類すべてに冷凍睡眠についてもらい、ぼくがその全てを管理する。


 絶対に間違っても滅亡してもらわないためにね。

 そのための準備がようやく終わった。


 だから、今日きみをこうして連れてきたんだ。

 僕の計画の遂行を見届けてもらうために。


★ ★ ★

 

 そこまで喋ると私に向かってニッコリ微笑んだ。

 正直、戸惑いはあった。

 AIIS?

 人類の存続?

 ……これは私のなかで整理が必要なようだ。

 AIが人間的な人格を手に入れて人間のようにふるまうことに抵抗は実をいうと全くない。

 道具が道具たり得るのは、それが、人間的な意識を持ちえないことに起因している。

 だが、それを会得している、というのならば、話は別だ。

 クジラを何故食べてはいけないのか? という話を友紀としたことがあったけれど、つまりはそういうことだ。

 意識を持ちえる存在については最大限に尊重しなければならない。

 この問題はクリア。

 次は、なぜ、この娘がそんなに人類にこだわるのか? ということだ。

 別に彼女からすれば、人類の存在なんて塵芥ちりあくたも同然だろうに。 私がそう訊くと彼女は少し寂しそうに、きみならわかってくれると思ったんだけどな、と言うと、

「じゃあさ、きみのお母さんが亡くなったとき、きみは どう思った? 寂しくなかった? 悲しくなかった? それと同じだよ」

 私は、はっとした。

 そうか。そうだよね。置いて逝かれるのはつらいよね。

 

 ――私を一人にしないで。


 お母さんが死んでしまったとき私が泣きながら言った言葉が不意にフラッシュ・バックした。

 それじゃあ――

「あなたたちはそれでいいんですか? 人類の自治とかそういうのにこだわったりはしないの?」

 ここでこうしている以上彼らの意志は決まっているのだろうけれど、敢えてきいてみる。

「いいわよ。別に。楓姉さんさえいれば私はどうでもいいし、あとのことは知ったことじゃないわ」

「同じく。正直、俺も長い間現場に出てたせいで人間っちゅうヤツに辟易してたとこなんだ。俺もこいつがそばにいるんだったらそれが一番だよ」

 二人ともそっけなく答えた。

 ていうか、姉さんって子供じゃなかったんだ。

 ……つまらない詮索はやめておこう。

「でさ、改めて聞きたいんだけど、ぼくのそばにいてくれるよね、由紀」

 上目遣いでいう彼女。

 かわいくて堪らなかった。

 答えなど決まってる。

「うん。いいよ。だけど、条件があるんだ――」


★ ★ ★


 あれから、私はナノマシン・ドラッグに頼ることもなくなり悪夢を見ることもなくなった。

 友紀の計画も順調に進み世間には本人のように働くクローン・パーソンで満ちている。

 そんな彼女は失踪前の体で私の隣にいる。

「ねえ、とっても幸せだね」

 彼女が私にそう囁く。

 私もそうだね、と頷き彼女と口付けを交わす。

 これから、私たちは永遠を手に入れる。

 かつて追放されたエデンを取り戻すのだ。

 それが、どれほどの世界の反発を買おうが知ったことではない。

 強制的に私たちは幸福を手に入れるのだ。

 例え、死ぬことを奪われて永久に眠ることになるのだとしても、友紀によってもたらされるのならば全く怖くない。

 だから、私はこう言える。


「I LOVE YOU」

 

 

 

 

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