第7話 語尾伸ばしの情報屋。
「高いチョコももちろん美味しいけど、お金チョコとか、ものさしチョコとかも美味しいよね」
「たまに食べたくなるやつだな」
「そうそれ! あ、言った傍からお金チョコだ!」
そう言いながら、カバンに詰めておいたチョコセットに
値段のはるものから、手頃な価格のものまで。
家を出る前に様々なチョコレートやらお菓子やらをザラザラとカバンに入れていたから、たぶん、カバンの中はだいぶカオスな状態なのだろう。
もぐもぐ、とチョコを口に入れる結城を横目に見ながら、今晩もまた徹夜だろうな、などという当たって欲しくはない当たりそうな予感が頭をよぎる。
「どうしてああいう奴らって夜にばっかり動くのかなぁもう」
「夜目がきかない人間の目を避けるためだろうな。あと夜の闇に少しでも紛れたいとか」
「……まぁ……今日は月も出てないしね」
ビルの屋上に、また二人。
今日はバイクも無ければ、アイスもない。
あるのはただ、タブレット型端末と、二人分の飲み物とお菓子、クタリ、としたマリオネットの一体の人形。
「とりあえず、きっくんは順調みたいだし」
「きっくん?」
「追跡してるあの子の名前。きっくんはひらがななのがチャームポイントだよ。トラッカーだからトラ三郎かトラ吾郎にしようか悩むところだけど。あ、シンプルにトラちゃんもいいかも」
「………なるほど」
どやぁ、という表情をしながら言う結城に、ほんの少しだけ吹き出す。
どちらの名前だったとしても、結城のネーミングセンスはいつも謎のものが多い。そんなネーミングセンスに一人癒やされながら、結城がきっくんと名付けたモノが送ってくる映像を確認する。
「だいたい調べたところと合ってそうだな」
「……それにしても、何でお菓子会社の倉庫なんだろ」
「……たまたまじゃないか?」
たまたま。
俺の言葉を反復した結城の声が、妙にかたい。
「何かマズいことでもあるのか?」
「だってチョコの匂いとかしてくるじゃん!!! もっと食べたくなっちゃうじゃん!」
「カバンにある分でひとまず我慢だな」
「……むう」
頬を膨らませながら言う結城に、笑って答えれば、結城の頬が一段と丸くなる。
「いいよ、終わったらお菓子買って帰ることにしたから! いま決めた!」
「はいはい」
「わたがしにポップコーン! そうだ、みつき、家の中で屋台ごっこしよう!」
「そしたら焼きそばにフランクフルトも必要だな」
「かき氷も! 僕は」
「レモン、だろ」
知ってる、と言葉を足しながらそう言えば、瞳が合った結城の動きが止まる。
「結城?」
どうした、と疑問が浮かぶと同時に、結城の頭へと手をのばす。
俺が結城を抱きかかえるのと、結城が魔法を起動したのはほぼ同時で、その瞬間、結城の背後でバチィッと激しい電気音が弾ける。
「焦ったぁ」
「怪我は?」
「無いよ、大丈夫。それより」
自身に電気をぶつけてきた方角、自身の背後を見て、結城の目が細くなる。
「僕に喧嘩を売るなら買うよ、情報屋」
パキッ、と結城の足元から少し離れた彼の場所まで空中へとまっすぐに氷の道が伸びる。
「違ぁうよぉ、今回はーぁ、ほんのちょぉーっとした手違い手違い」
「は? 何、君、手違いで人に攻撃するの? 頭おかしいんじゃないの?」
「えええー、いつも狂ってる
「は?」
そう言った結城の周りの気温が下がる。
吐いた息が一瞬で白くなり、思わず「さむ……」と小さく呟けば、「え、あ、わあ?!」と結城の驚いた声が響く。
「ごめん、みつき?!」
「……俺は大丈夫だ。それよりも結城、自分の心配をしろ」
結城の氷魔法の影響で、凍りつきかけた足を強引に動かせば、バキバキバキ、と氷が割れる音があたりに響く。
「ああー、ねぇ
パーカーのフードを深く被った人物が、叫んだ瞬間、片腕から小さな火の玉を吹き上げ、「おわぁ?!」と彼が悲鳴をあげる。
「え、ねぇ。ていうか何それ?」
「んっとねぇ、ちょーっと仕入れてみたぁーやつなんだけどー。たぁぶんー、津雲の魔力にぃー、反応ぉーしてんだぁよねぇ」
「ふぅん?」
パーカーの人物、情報屋の言葉に、「……例の増幅器か」と小さく呟けば、「前のと色が違くない?」と結城が首を傾げる。
「あんな色じゃなかったよね?」
「たぶん、大量生産の売り物とやらにならなかった欠片とかだろう」
「ふうん……まあ、いいや。ねぇ情報屋!」
「あーい」
「手まで凍っても恨むなよ」
にっこり、といい笑顔を浮かべた
「まーったくー。君はボクの扱いがー! ひーどーいっ!」
「別に普通じゃない?」
「その普通がぁー普通じゃなーいんだー! よっ、とぉ!」
結城の予告通り、まがいものの増幅器とともに手まで凍らされた情報屋が、ビルの屋上をこちらへぴょんぴょんと伝い飛びながらやってくる。
「てゆうか、今日は何? なんで来たの」
「何ってーえ。みつきに頼まれてたーぁー、情報をー持ってぇーきたんじゃあないかぁ」
よっ! とそう言って情報屋が凍ったままの手を上にあげながら、すぐ近くに着地する。
ばさ、と頭から外れたフードを特に気にすることなく、情報屋は片方の手で、肩掛けカバンをあさる。
いまは黄緑なのか。
そんな印象を抱きながら、彼をぼんやりと眺める。
「ねぇ、ついこのまえはショッキングピンクじゃなかった? 頭」
結城の問いかけに、情報屋がちら、とこっちを見て口を開く。
「ちょっとー津雲ー。頭じゃなくて、髪って言えよぉ」
「一緒でしょ。つかそんなに染めてて傷まないの?」
「ふふー、秘密ー」
こてんっと首を傾げながら笑う情報屋に、結城は、うわ、と思い切り引いた声を零しながら彼を見やる。
そんな結城の視線を全く気にすることなく、情報屋がカバンの中からようやく手を引き抜いた。
「まず、えっとー、あ、これこれーはい、これ」
「はいはい」
よいしょー! と情報屋が取り出した一本のUSBに、結城がいつものように手を伸ばす。
けれどその指先は紙に触れることなく宙を切る。
その彼の態度に、結城の眉間にほんの少し力がこもる。
「……対価は?」
「コレ本体でどーう?」
これ、と言った情報屋の視線が動いた先にあるものは、凍ってしまっている自身の手と、そこに握られている薄い紫色の宝石。
「え、別に僕いらないんだけど」
「だよねー。知ってるぅー」
人差し指をちょい、と結城に向けて動かしながら情報屋は笑う。
「んー、けどけどぉ、君はいらなくても、君のおひーさんはぁどうかなぁ?」
「……姫って歳じゃないでしょ、あの人」
「そーお? 可愛い人じゃない」
うふふ、と満面の笑みを浮かべながら言う情報屋に、結城の顔には「どこが」と思いきり書いてある。
「ふひひ。まーそのへんんはぁー今はー置いといーてぇー」
ニッ、と情報屋の口角があがると同時に、じゅ、という音とともに彼の手を凍らせていた水分が蒸発する。
多分、これ以上のやり取りは無意味だ、と思ったのだろう。
はあ冷たかった、とあっけらかんとした表情で言う情報屋に、結城が呆れた表情だけをかえす。
「コレ自体の対価はみつきと取引済なんだけどさーぁ。
「僕のメリットは?」
「んんー、そうねーえ」
顎に手をあてながら情報屋が首を傾げる。
「虫退治のお手伝いをしてあげようか?」
ふふ、と笑いながら言った情報屋の言葉に、結城の指先がぴくりと動く。
「君たちが出るだなんて、珍しい」
「ふふふ。こっちもねぇー、オレのシマで好き勝手やられて、いい気分はしないんだよねぇ」
そう告げた情報屋の目に、結城の口元がゆるやかに弧を描いた。
君に贈るひまわりの花 ー天才国家魔法士と幼馴染の恋は、なかなか進まない(改稿中) 渚乃雫 @Shizuku_N
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