二十四. ゆく末への抗い⑩



 今日ばかりは、どんなに努めても冬乃の気はそぞろで、

 

 それでも時は普段どおりに平然と流れゆき、遂には夜になった。

 

 

 (・・あと少し)

 

 時報の鐘音の数をそのたび数えながら、冬乃は希望を見出し始めて。

 

 

 先程、戻ってきた監察からは、藤堂たちが今日は始終とくに外出した様子も無いことを聞いて、胸を撫でおろしたばかり。

 

 伊東が外に出ない限り、たとえ過激派が諦めずに伊東を狙っていたとしても手を出しようがない。

 

 これで、今日さえ何事もなく越せれば、彼らをめぐる歴史は大きく変わって。

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 門の方角から突如湧き起こった怒号が、冬乃をびくりと震えさせた。

 

 (え・・?)

 

 

 はっきりと聞き取れなかった。だが今、確かに、

 

 「・・奇襲だッ!!」

 

 

 今度こそははっきりと聞こえた誰かの大声が、

 

 「出合え!!」

 「出合えッ・・!!」

 

 続いて叫び合う大勢の声と、喚起の笛の音が。

 

 幾重にも、鳴り響き始め。

 

 

 (・・うそ・・でしょ・・・?)

 

 おもわず立ち上がった冬乃は、閉ざしていた雨戸を開け出て庭下駄をもどかしくつっかけるなり、

 部屋づたいに屯所の中心の方角が見える位置へ回った。

 

 視界が開けた刹那、

 

 煌々と遠く、門の方角から火が上がっているさまに。

 そして冬乃は、愕然と立ち尽くした。

 

 

 

 (・・・どう・・して・・)

 

 

 元の歴史から変えた未来は、

 

 このかたちとなって降り注いだというのか。

 

 

 

 「火を消せッ・・・!」

 

 叫んだ誰かの怒号と、やがてこんな位置にまで届き始めた剣戟の音が、

 一寸のち冬乃の意識を引き戻して。冬乃は慌てて部屋へと踵を返した。

 

 だが手に木刀を掴んだところで。

 

 

 冬乃は沖田との約束を、思い出し。

 

 

 (あ・・、)

 

 行ってはいけない

 

 冬乃は指の骨が刹那悲鳴をあげるほど木刀を握りつけていた。

 

 もちろん端から闘いに加勢するためではない、

 火消しを手伝うつもりで、取りに来たこの木刀は只、護身のため。だけど、

 

 沖田が此処に居れば、決して冬乃を部屋からまず出させはしないはずだと。

 

 

 (・・大丈夫、皆なら・・)

 

 襲撃も返り討ちにできて、きっとすぐに火も消せる。

 

 

 祈りながら、

 冬乃は、震える手をむりやり木刀から離した。

 

 

 

 

 

 「冬乃さん!」

 

 どれ程の時間が過ぎただろう。

 そばだてていた冬乃の耳に、不意に井上の声が雨戸の向こうから届いて。

 

 「井上様・・?!」

 冬乃が声を返すなり急いで雨戸を開ければ、

 

 現れた冬乃を見て、心底ほっとしたような顔になった井上が、

 「総司から頼まれてな」

 訪問の理由を一言告げてきた。

 「此処に居てくれてよかったよ」

 

 「あのっ・・皆さんは、・・火はっ・・」

 

 咄嗟に矢継ぎ早に尋ねてしまった冬乃へ、

 やはり外を見に冬乃が一度は部屋を出たことをわかった様子で、井上が眉尻を下げ、

 「大丈夫、火はすぐに消せたよ。皆も無事だ」

 けどすぐににこやかに微笑んでくれて。

 

 (あ・・)

 

 「総司は襲撃してきた輩の残党をいま隊士達と追っているから、すぐには此処に来れんが・・」

 そのうち戻ってきたら顔を出しに来るだろう

 と、井上は継ぎ足した。

 

 「はい・・有難うございます」

 

 歴史の出来事が変わっても、

 今夜皆が無事だったように、死ぬはずのない人が死ぬことまではなくて済んだのだ。

 

 ならば確実に、沖田も無事に帰ってきてくれるだろう。

 そう思ってみればやっと大きく安堵して。

 

 井上が未だ続いている外の喧噪のなか忙しげに戻ってゆくのを見送ったのち、冬乃はへたりとその場に座り込んだ。

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る