二十四. ゆく末への抗い⑨
「各所潜伏中の、隊士達からの・・」
障子を未だ開け放ったままに山崎が、なんとか息を整えながらも報告を続けてゆく。
「・・速報では、各所内部で早くも新選組を下手人と疑う声が挙がっているようで、新選組屯所は報復を受けるやもしれぬから注意されたしと」
「謂れなき報復だな」
「おもしれえ、迎え討ってやろうじゃねえか」
近藤と土方が同時に感想し。
「だがしかし、実際どの者の仕業なのだ」
近藤が続けて眉間に皺を寄せる。
「監察方で検討はついてますか」
「いえ、」
さすがの山崎も首を振った。
「ただ、各所の情報から考えられるは我々側であれば見廻組あたり、敵方であれば・・薩摩内の過激派やないかと」
「薩摩とな」
ふうと土方が煙を吹き。
「さもありなん」
近藤が溜息を被せた。
「坂本が穏健派にすっかり鞍替えしたらしいという話は、近頃色々な方面から耳にしていたが、そりゃ薩摩長州の過激派連中にしてみれば裏切られたような想いもあっただろうからな・・土佐内はさすがに身内な分つきあいが深ければ話も違うだろうが」
「はい、とはいえ真っ先に我々が疑われていることも明らかで」
山崎がどうしようもなさげに眉尻を下げて。
「“報復” に来るなら来ればいいさ」
土方が再び好戦的に哂った。
「こっちから探す手間なく向こうから来てくれるってンだから、こんな良い機会は無え」
「それが、じつは他にも問題が」
つと山崎が、漸く開け放ったままな事を思い出したように後ろ手で障子を閉めながら、
「同じ程疑われてる人がもうひとかた居てはるいう事です」
凝らした息を吐いて。
「紀州の三浦殿です」
「・・三浦殿が!?」
近藤が叫んだ。
「本当なのか?・・つまりその、三浦殿が坂本を」
「あ、いえ、そのはずは無いかと。そやけど疑われてますのは例の賠償金問題で、三浦殿が坂本を恨んでるいう話になっていたらしく、それで」
賠償金問題とは、坂本の組織した海援隊が操縦していた船いろは丸と、紀州藩の大型船明光丸が海上で衝突し、いろは丸が沈没した事件で。
多額の賠償金を坂本が強引に勝ち取った経緯があった。
「こちらは殊に土佐の過激派連中が騒いどるらしく・・・三浦殿にはくれぐれも御気を付けなさるよう、つい先程報告を受けると同時に紀州の御屋敷へ遣いは送りましたが」
「それは有難い」
山崎の迅速な対応に近藤はひとまず胸を撫でおろす。
「三浦殿とは近々会う約束をしている、」
土方が添えた。
「その際には様子を伺おうとしよう。場合に依ってはうちから護衛を出しても良い」
「ああ、そうだな」
近藤が心配そうに頷いた。
それから冬乃にとって、落ち着かない二日間が続き。
そうするうちにも、伊東の近藤訪問日は、十九日に決まった。
十六、十七日には外せぬ予定がやはり既に入っていたらしく、伊東が代替日に十八、十九日を挙げてきたところを、近藤が十八日のほうは先約があると嘘を言って断ってくれたためだ。
(明日)
運命の日である十八日を、迎える。
この二日なるべく気を逸らそうと自らを忙しくしていた冬乃は、今夜も夕に近藤の仕事を終えた直後よりずっと手伝いに入り浸っていた厨房から戻って、疲れ果てた体を布団に横たえた。
例の“謂れなき” 報復に備えた屯所の警戒のため、普段以上に夜中いつ時でも動ける態勢をとっている隊士達は始終ぴりぴりと緊張していて。
そんな中、実動指揮官である沖田がさすがに冬乃の部屋を訪ねてくることも無く。
「全て終わって落ち着いたら、久々にまた家へ帰ろう」
昨夜の夕餉の席でそう言ってくれた沖田の言葉を胸内に反芻して元気をもらいながら、冬乃はひとり冷たい布団で凍える身を縮こませる。
藤堂には、伊東とともに明日は一日外出を控えてもらうよう、監察を通して頼んだ。
伝えてもらう理由には最後まで悩んだが、
『記録されている歴史では』外出すると、坂本の件で憤って酔いがまわっている土佐の過激派浪士達と出くわして絡まれ、宥めるのに多大な苦労をすることになる、
というのと、
それが昼だったか夜だったかは記録に無いので、できれば一日通して外出を控えられたほうがよろしい。
と伝えてもらうことにしたのだった。
(あいかわらず無理があったかな・・)
冬乃は溜息をつくも。
かといって本当の史実のほうを、更にはその事件によって命日であるから、などとは伝えられるはずも無く。
なお、もうひとつ史実というならば、
坂本の件で新選組の屯所が報復の襲撃を受けた記録は無い事を、冬乃は土方たちに伝えた。
当然、だからといって警戒を解けるわけではないものの、少しでもそれが土方たちにとって気休めになってくれればと。そう思い、そしてこれは伝えても良い事と、冬乃は判断した。
こうして伝えられる事は、だがこの先さらに減ってゆくのだろう。
それとも。
冬乃は闇の中、瞼を擡げた。
(・・考えてないで、いいからもう寝よう)
幾度めになるか分からない祈りだけを、最後に今一度胸内にとなえて冬乃は、
やがて体の疲労に引きずられるように眠りへと落ちていった。
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