二十四. ゆく末への抗い③






 「・・ひとつ、聞いていい」


 薄闇迫る宵色をまとい、彼女の透き通るような肌へと己の手を伸ばしかける。

 

 触れて抱き包めてしまわねば、また掻き消えてしまいそうな儚い佇まいに、

 

 不安が胸内をよぎり。

 

 こちらへと顔を擡げた冬乃を、此処がどこかなど構わず沖田はそのまま腕の中へ抱き寄せた。

 

 さすがに驚いて息を呑んだ様子の冬乃を捕らえたままに、

 「・・冬乃を未来へ引き戻していた人の、」

 尋ねようとした問いを継ぐ。

 

 「いや、あの僧の話からすれば、その存在を人と呼んでいいものかは分からないが」

 

 「・・・」

 腕の中、冬乃が何故かびくりと身を震わせた。

 

 彼女を覗き込めば、見上げてきたどこか切なげな双瞳が、

 まるで、問いの続きを促すように。次にはまっすぐに沖田を見つめ返して。

 

 「・・今回」

 沖田は、彼女の無言の促しに従い、継いだ。


 「その人の、」

 

 ・・・この一連の。

 冬乃の行き来の理由も。

 

 此の世への永住が、確かに叶うのか如何かも。

 

 「意図は・・確認してこれた?」

 

 

 すいこまれそうな宵の空を写した双瞳が、大きく見開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 統真の魂の――沖田から継がれた魂の


 (“意図” ・・・)

 

 冬乃を奇跡へと導いた、理由

 

 

 以前に尋ねられたとき同様、

 冬乃は、今なお口にできるわけもないその答えを、どう返せばいいのか咄嗟に思いつかず、

 

 

 そのうえ沖田の優しい眼差しの、内にいま微かに揺れたものへ戸惑い、

 声なく沖田を見つめ返していた。

 

 (いまの・・は・・)

 

 

 悲しみ

 

 ・・痛み

 

 

 ・・・不安・・・?

 

 

 

 

 (・・・・あ・・)

 

 

 「意図は分からずじまいでした、それでも」

 冬乃は、

 手に触れる沖田の着物を握り締めた。

 

 「私の願いなら今度こそ、しっかり受け止めてもらえました・・此処に、永住させてもらえるようにと・・・」

 

 沖田の澄みわたる双眸が、冬乃を見つめ返した。

 

 深い安堵を、湛えて。

 

 

 

 (総司さん・・ごめんなさい)

 

 

 貴方を少しでも苦しませてしまわぬように

 

 貴方と少しでも幸せを分かち合える時間が続くように



 「これからは傍に居させてください・・・ずっと」

 

 

 だから、もう

 

 そのためにつき続けるこの嘘の

 罪悪感なんてどうでもいい


 この呵責の苦しみなど

 

 

 貴方を悲しませる苦しみに比べたら

 

 

 

 

 「冬乃」

 

 再び深く強く抱き締められた冬乃は、

 

 「改めて、おかえり」

 

 頬へ直に響いた愛しい声に、そっと目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕餉の盛り付けの手伝いを終えて、茂吉達と膳を運び終えた冬乃は、

 風呂から戻ってきた沖田と常のように隣り合わせて座った。

 

 久しぶりの冬乃の存在に、多忙ゆえ今日初めて顔を合わす永倉、原田、島田が、随分離れている向かいから大きく手を振ってくれた。

 

 見渡せば、山野、蟻通や池田も、冬乃と目が合うと手を振ったり会釈をしてくれて、

 この新しい屯所でも見知った顔ぶれを前にして、なんだか嬉しくなってしまう。

 

 だいたい山野もそれに含まれるとは、

 (私もう、どうかしてる)

 

 皆との別れの時が刻一刻と迫っているせいだなんてことは、勿論分かっている。

 思考がその方向へ向かわないようにひたすら努めてはいても。

 

 

 (にしても、この広間ひろすぎ)

 今も冬乃は思考を逸らすと、実際のところ冬乃を驚嘆させている広間の端から端を、目で測ってみる。

 

 じつは今日の昼餉は、仕事が山積みな近藤と自分の二人分を厨房から受け取ってきて、近藤の部屋で書類に囲まれて食べていたから、この食事の間へ来たのは今が初めてなのだ。

 

 (西本願寺の時の広間の・・二倍は確実にあるよね・・)

 

 西本願寺の時でも、あまりの広さだったのに。想像したとおりこれではまた使用人たちの負担が倍増しているだろう。

 

 末席の隅のほうで集合してひっそり食事をしている茂吉たちを冬乃はおもわず見やった。

 お孝はすでに帰っているので居ないが、新たに西本願寺の時に募集された使用人たちの殆ど全員がそこに居るのを確認できて、冬乃は多少ほっとして息をつく。

 

 それでもあともう少し、新たな募集が必要そうだ。

 せめてそれまででも、もっと可能な限り手伝わせてもらわねばと冬乃は決意を新たにした。

 

 

 

 のだが。

 

 「嬉しいんやけど無理はせえへんといてえな。今日はさっき手伝うてくれたんやから十分や」

 

 ひどく心配そうな茂吉の顔が、そんな冬乃を出迎えた。

 

 沖田に部屋で少し待っていてもらうようお願いして、冬乃は大量の食事の片づけを手伝おうとさっそく食後の厨房へ飛んできたのだが。

 

 「またちくわの煮込み鍋、あんたのために作らなあかんくなるわ」

 と、わざと困った顔までしてみせる茂吉に、

 冬乃はついに苦笑いしてしまった。

 

 「大丈夫です、倒れない程度にしますから・・」

 

 「へえへ」

 茂吉は観念したようだ。

 

 「おおきにな、ほなあっこの皿よろしく頼むわ」

 

 あいかわらずの早口を聞きながら冬乃は、

 「はい!」

 勇んで皿の山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小宇宙の、この庭を二人きりで。

 

 冬乃は待ちに待ったその夜を今、沖田の温かな腕の中で迎えながら、

 うっとりと月に照らされた枯山水を見つめていた。

 

 

 「・・姫」

 

 ふっと微笑う声に、冬乃は驚いて顔を擡げた。

 

 (え?いま・・)

 

 「以前に冬乃が打掛を着た時、どこぞの美しい姫様に見えたけど」

 後ろへと見上げた冬乃の額に、恭しく口づけが降ってくる。

 

 「そういえば今や本当に、御旗本の姫君だね」

 

 (・・・あ)

 

 そうだ。近藤は先の幕臣取り立ての際に旗本の身分となったことで、近藤の養女である冬乃も、つまりこの時代のいわゆる『お姫様』と呼ばれていい身分になっているのである。

 

 

 「姫、御手を」

 

 今一度その呼び声とともに。

 沖田がその場に片膝を立てて、見上げてきた。

 

 そっと、冬乃は手を取られて。

 

 どぎまぎと、そんな沖田を見下ろす冬乃の、

 「きゃっ」

 取られたその手は、次には大きく引き寄せられ、

 

 沖田の首元に抱きつくような姿勢で雪崩れ込んだ先、

 「朝昼と手加減したが」

 冬乃を深く抱きとめる沖田の、

 

 穏やかに低く、

 挑戦的な声音が。

 

 「今夜は手加減なしでいくので今一度、御覚悟を」

 

 耳元に、囁かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文字どおり現代でいうお姫様だっこで、そのまま冬乃は抱き上げられ、

 寝室へ連れていかれて、

 

 気をうしなうほど溺れて。気づけば朝を迎えた。

 

 

 

 「おはよう」

 目を開けて真っ先に愛しい人が瞳に映り。たちのぼる幸福感が冬乃を包みこむ。

 

 「おはようございます・・っん…!」

 よほど幸せそうに微笑んでしまったのか、ひどく愛しげに腕枕の腕で引き寄せられ、一瞬息も止まるほど強い抱擁を受けた。

 「冬乃」

 「…はい」

 温かな腕のなか、硬い胸板へ冬乃は頬をすり寄せる。

 「昨日から立て続けでは・・と、」

 「え」

 「今また襲わぬよう抑えてるところだから」

 あまり刺激してくれるなと。言うように冬乃の体が次には優しく離され。

 

 冬乃は、沖田を見上げていた。

 (・・ふれて、いられないの・・?)

 

 こんなに心ごと今も、溺れたまま、なのに。


 「・・・」

 

 代わりに冬乃の顔前の両手を握ってくれる沖田の、

 その指先へと、冬乃は切なさすらおぼえておもわず唇を寄せた。

 

 目を見開く沖田が、彼の指先に唇でふれたまま上目に見上げた冬乃の瞳に映った。

 

 冬乃はそっと口づけを重ねてゆく。

 

 唯ふれていたい一心で、

 せめて今ふれることの許されているこの指へ。

 

 

 「・・冬、乃」

 

 冬乃の唇をやがて沖田の指が、なぞり始め。

 

 (総司さん…)

 冬乃は、さらに追うように夢中でその指に口づけを返す。

 

 つと、

 「冬乃のせい・・」

 

 (え?)


 甘く、

 かすれた低い声が、

 

 「こんなに俺を誘うから」

 冬乃の耳を掠めた刹那。

 

 

 引き抜かれた指の代わりに、冬乃の唇へ激しい口づけが降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小雨の中、半ば沖田に蕩けきった躰を抱きかかえられるようにして帰屯するはめになった冬乃は、女使用人部屋の前で、彼となんとか暫しの別れを経て。

 

 門のところで外し忘れていた頭巾を取りながら部屋へ入るなり、膝から崩れ落ちた。

 (わ・・私、)

 

 彼を誘惑していた、ようだと。

 

 言われてから暫しのち、それをようやく認識した時にはすでに口づけの嵐の下、強い腕のなかに捕らえられて久しく。

 

 (も、もぅ)

 いったい冬乃はどこまで“好色” になっていってしまうのだろう。沖田に対しては仕方がないと、そろそろ完全に開き直るべきなのか。

 まるで底なし沼のように、終わりがないことを。

 

 

 冬乃は、眩暈すらしながら、そうだ支度をしなくてはとふと思い直し。ふらふらと押し入れへ向かった。

 

 行李を出して、身に残る気だるさに緩慢な動作になりながらも着ていた服を脱げば、寒さにおもわず震える。

 

 (・・この寒さじゃ)

 掃除がしやすいよう作業着は必須とはいえ、昨日だって外は肌寒かったのだ、

 今日の天気では作業着に一枚羽織る程度だと外を移動する間に風邪をひきかねないのでは。

 

 冬乃は早くも褞袍を引っ張り出すことにして、着膨れて余計にふらつきながらも、厠へ向かうべく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 (あ・・来ちゃったんだ・・・)

 

 冬乃は、大きく嘆息した。

 

 月のものが来るたび。落胆の想いに苛まれる。

 

 

 (やっぱり授かることなんて、できないの・・?)

 

 

 此処の世に永住させてはもらえない、帰属させてはもらえない。そんな疎外感は変わらず。

 その氷のようにひやりと冬乃を凍えさせる境界を、もう感じなくなったわけではない。

 

 その冷たさを、沖田にふれていられる間だけは彼の強い温もりで溶かしきってしまえるようになって、

 

 更には近藤や藤堂たちに受け入れてもらえている、その温もりにも救われてきた。

 それでもふとした瞬間を突いて、その存在に気づかされるように。疎外感は、冬乃の隣に常に居るまま。

 

 

 だから、時を超えたふたりが授かる事など夢のまた夢。そう端から諦めているのに、

 

 どうしてもそんな更なる奇跡を心の奥では望んでしまっている自分がいる。

 授かることなんて無い。その直観に近い予感を持ちながら、なお愚かにも。

 

 

 “成るべくして成る”


 人智を超えた奇跡の事でどうこう心配しなくていいと、そう示唆してくれた沖田の言葉は、

 想い起すたび冬乃を優しく包んでくれるけども、

 

 それでもあの時の彼の言葉は、冬乃の永住を前提にかけてくれたもの。

 

 (だから、わかってる)

 そこに救いを求めてはいけないことくらい。

 

 時を経るごとに強まるこの願いは、だから声になどできないことも。

 

 授かりたい、と、

 

 それだけは、本当に永住できてはじめて、口にしていい願い。

 

 

 昨日に沖田へ告げた、もう此処の世に永住できると

 その嘘で塗り固めた誓いは、

 嘘でも彼を安心させたいが為だったけど、

 所詮は、

 嘘でしかないのだから。

 

 

 

 そうしてこれまでもこの先も、

 只々、奇跡の訪れに任せるだけの日々を。

 

 

 

 (けど・・・きっと私がはっきり言わなきゃ・・)

 

 ただでさえ"夢のまた夢” が、

 よけいに遠のいているのではないか。

 

 彼は。

 いつも、冬乃ができれば妊娠しないよう気遣っているのだろう、

 最後の瞬間必ず、冬乃から身を離して。

 

 

 (でも)

 

 通常、その外へ出すという事だけでは、

 

 統計の上でなら一年に20%もの割合で、妊娠に至ると、

 

 よほど正確な対応であれば、4%の割合にまでは下がるものの、

 そんな場合は稀なのだと。


 以前に保健の授業で、先生が口調強く言っていたはず。

 

 

 元々、子を授かるための行為だからこそ。避妊薬でさえ、完全ではなく。

 

 だから、妊娠してもいい相手と、親になってもいい準備ができてからにしなさい、と。

 

 

 (あの頃は、そんなの一生自分に関係ないとおもって聞いてたけど・・・)

 

 

 けれど沖田と、こうして叶って。

 あの時の先生の話からすれば、本来、いつ妊娠してもおかしくない状況なはずで。

 

 

 だからこそ、沖田も『親になる覚悟』を告げてくれたのだろう。

 もっともこの江戸時代には、数値の統計があるわけではないだろうから、そのあたりは経験則で語られてきた範囲の認識なのだろうけども。

 

 

 

 カアー

 

 厠の外、随分近くで烏が鳴いたのへ驚きながら、冬乃は湯文字を多めに織り込んで応急処置をすると厠を出た。

 

 井戸場で手を洗い、小雨を直に浴びながらとぼとぼ道を戻る。

 先程の烏なのか、ばさばさと木の上から飛び去るのが見えた。

 

 (・・もし、)

 

 冬乃はつと思考を戻す。

 

 (そうやって皆なんとなく分かってるとしても)

 

 この時代、

 一部の上層の武家や公家、または豪商などの女性でもないかぎり、世の男女、こと庶民層の男女の交遊は自由奔放だったと聞くなかで、

 

 そんな遊び相手とも『親になる覚悟』つまり『責任をとる覚悟』を皆が皆、沖田のように持っていたかどうかは果たして疑問になるものの。

 

 遊び相手との間に、もし意図せず授かった時の勝手などは、もしかしたら現代とは大分違って、

 必ずしも自分たちが育ての親になる責任のとり方では無しに、

 世継ぎが欲しい夫婦の元へ託したりと、別の方法でなんとか果たしたのかもしれないが。

 

 

 (・・けれど)

 

 夫婦である冬乃と沖田の場合は。

 子を授かれば、冬乃は勿論、沖田も、ふたりが育ての親になるを望んでくれていることだろう。

 

 (・・総司さん)

 思い起こせば涙が溢れてきて冬乃は立ち止まった。

 

 たとえ今すぐ授かってさえ。

 もう、その子と沖田が過ごせる時間など、とうに残ってはいない。

 

 (そして、私の時間も・・・)

 

 此処での出来事が、平成での冬乃の体へ直には影響しない以上、まさか妊娠したまま平成へ戻るなんてことはありえないだろう。

 だとすれば、もし授かっても此処の世で産む以外にその子と出逢えるすべはない。

 

 もうそんな時間が、許されるのかさえ。

 

 そして仮に許されたとしても尚、

 時の壁に阻まれ、連れて還ることが叶わずどうしてもその子を育むことができなくなっても、必ず安心して託せる先を探さなくては―――――

 

 

 (・・・嫌・・此処に、居たい・・)

 

 

 冬乃は思考を、そのまま振り切るように。強く目を瞑った。

 

 (此処で)

 此の世に留まれて。ふたりの子を育んで、

 

 沖田が望んでくれたように、沖田との孫に囲まれる最期を迎えられるなら、

 

 そんな未来が望めるのなら。

 彼をうしなってもきっと生きていける。やはりそう思えるのに。まるで宙に揺れる一本の細い糸のような儚い希望であっても。

 

 

 だけど冬乃に起こった奇跡の理由、

 沖田へ到底打ち明けられないその“使命” を前に、

 

 冬乃の、いや、冬乃と沖田、ふたりの望みなど、

 一切さしはさむことは叶わないのではないか。

 

 

 冬乃・・千代の、罪悪感という、この魂の苦しみを自ずから手放す事

 

 まだそんな本当の理由に気づいていなかった頃は、

 

 只、千代の祈りを叶え沖田を病から遠ざけたことで、もう冬乃の使命は果たせたものとばかり思っていた。

 

 未だ未来へ還されてしまわないのはきっと、まるでご褒美のような猶予期間なのだろうと、思っていた。

 

 

 (でも・・違った)

 

 自らつくりだす罪の辛苦からの解放と浄化が、

 “究竟の存在" から真に課された使命であるならば、

 

 沖田の最期まで・・千代の愛した彼の、本来の望んだ散り方を見届けるまで果たしてこそ、漸く完遂するのではないか。

 

 

 自分と添うことで沖田を病に苦しめてしまわないように。

 そんな千代の祈りこそ叶ったけども、

 

 それでは未だ千代の、この魂は、その罪の呵責を完全に手放せてはいないのだろう。

 

 千代の代わりに冬乃と夫婦になったことで、病こそ避けても、沖田のこの先の運命に与える“悪影響” が何か他に無いともかぎらない。

 

 これまでで既に、冬乃が与えてしまった苦しみだって数多にあるのだから。

 

 すべて、千代が千代の信念の選択をあの時しなければ。

 そもそも起こらなかった事。

 

 どんなにあの選択が、己の内の正しい義に従って選んだ道だったとしても。

 

 (・・・そう、)

 

 病から遠ざけることが叶ったからといって、

 最愛の人を己の選択によって苦しめる結末になった過去への、呵責を、消し去れるわけではない。

 

 

 なにより、沖田の運命を捻じ曲げた今の状況で、

 この先が彼の本来望んでいた命の散り方へとつながる保証も、未だどこにもない。

 

 そこへ導くことは、究竟の存在そのものか、

 この先の歴史を知る冬乃にしか、できない事であることに。尚変わりはなく。

 

 (そしてきっと)

 それを誰でもない、千代の魂を継承した冬乃が、叶えることで、

 

 彼が千代に出逢わなければ望んでいた命の散り方――生き方を。見届けることで。

 

 漸く、その苦しみから真に解放される時を迎えられるのではないか。

 

 

 (だから・・・まだ私が永久に未来へ還されてしまうことは無いはず・・・)

 

 それでも、その時迄の事。

 彼の最期を見届けて千代の魂が枷から完全に解放されて、

 

 そうすれば冬乃の使命は終わる。その時、冬乃が此処の世にそれ以上留まれる『理由』など無くなる。

 

 

 そこに、ふたりの授かる子が新たに存在しうるはずも無いのだろう。

 

 

 それでも冬乃は、一縷の可能性に、縋っている。

 

 

 

 未来は分からないからこそやはり救われるのかもしれないと。

 みえないからこそ、こうして希望も持てるのだから。

 

 冬乃は、そんないつかの己の問いへまた戻ってきてしまっていることに、小さく息を吐いた。

 

 この命の尽きる瞬間までも、結局、答えは出ないのかもしれないと。


 

 

 

 

 

 戻った部屋でぼんやりしていた冬乃を、呼ぶ沖田の声がした。

 

 冬乃は、ふらりと立ち上がり障子を開ける。

 

 「体・・大丈夫か」

 御免、とひどく申し訳なさそうに沖田が見上げてくるのへ、

 冬乃はふるふると首を振った。

 今回誘惑したのは、冬乃である。

 

 「冬乃を前にすると抑えられない己に呆れてる」

 傘も差さず小雨の中で、沖田が溜息をついた。

 

 「抑えないで・・」

 冬乃は咄嗟に呟いた。

 

 「・・・」

 またそういう事を言う、と沖田が困ったような顔になるのを見ながら、冬乃は縁側へ出てそんな沖田へと手を伸ばした。

 沖田が少し驚いたように見返してくる。

 

 

 (総司さん、私は)

 

 あと半年のふたりの時間を

 一瞬たりとも逃したくない

 

 だから

 

 (私が。抑えるなんてどうせできないんです)

 

 

 ・・それに

 

 「私にも呆れたり、しないで・・いてください」

 

 

 あらゆる思考から逃れ、時の呪縛から解放され

 いま目の前の貴方だけがすべてになる

 そんなひとときが

 欲しくて欲しくてたまらなくて

 

 「“好色” でも・・」

 

 貴方にふれていられない時間は

 少しも耐えられなくなる

 

 そうなるのもきっともう、すぐ・・・

 

 

 こみ上げそうになった慟哭を隠し、冬乃は伸ばした手の先、沖田の少し雨に濡れた肩へと震える腕を回して顔をうずめた。

 

 「冬乃」

 あやすように大きな手がそんな冬乃の頭をそっと撫で。

 「だから大歓迎だと、言ってるだろ」

 どこか吹っ切れたような声音が、そして冬乃の鼓膜を擽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて結ばれてからのあの頃

 離れてしまって彼にふれていられない時間は

 只々長く感じて苦しくてたまらなくて

 

 やっと一番近くまで近づけたあとの、そんな反動は

 冬乃を強く苛んだ

 

 

 だけどやがて、その恋わずらいの“中毒症状” と

 少しずつ上手く付き合えるようになった。

 

 (きっと・・)

 

 冬乃のなかで、沖田薬、の効きが長くなったのだと。

 

 それが効いているうちは、

 離れている渇望感の苦しみなど打ち消すほどに、深い幸せな余韻に包まれていられて。

 

 

 (・・でも昨日みたいにすぐ仕事だと)

 効きすぎて、どちらにしても何も手に付かないなんてコトになってしまうのだけど。

 

 結局、どっぷり心も躰も抜け出せていない点で、

 いつまでたっても恋わずらいの重症な中毒状態であることには変わらないのだろう、

 

 だから“効き” が切れてしまえば、渇望感のほうが勝ってきて、

 離れている苦しみに苛まれだすこともまた、初めの頃と何も変わってはいない。


 

 それでも効いているその時間――麻薬のような恍惚感が冬乃を包んでいる時間が、

 初めのころよりは確実に長くなっていた、

 

 

 ・・・のに。

 

 これまでは。

 

 

 

 

 これから先、予感している。

 そんな幸せな陶酔の時間はどんどん短くなり、

 

 刻一刻と終焉が近づき、いつかは少しの別離も耐えられなくなる時が来て、

 

 そうなってしまったらもう、そんな“薬” の切れた時間はまるで・・・・

 

 


 「生き地獄もいいところやわ」

 

 

 耳に飛び込んできたお孝の言葉に。冬乃はぎょっとして顔を上げた。

 

 「え・・」

 「うちの妹の息子、もしまた京で戦さになったら今度は自分も闘いに出る言うて聞かへんらしいの」

 

 夕餉の前に近藤が外出するに合わせて、今日の仕事は終わりになったため、早速厨房で手伝いに入っていた冬乃の横、

 不意にそう言ったお孝は大きく嘆息した。

 

 「お侍様でもないのに何言うてんのやろか、あの阿呆」

 そしてまるで自分の息子の事のように、お孝が今一度憤りの声をあげる。

 

 「だいたい戦さなんて平穏に物事すすませること失敗した結果やないの、ようは阿呆が始めることえ」

 

 冬乃は目を丸くした。

 

 こんなに怒っているお孝を見たことが無い。よほど腹に据えかねているようだ。

 

 「巧く解決できひんからて力で解決しようやなんて、ほんに野蛮やわ。あんたら産んだ母親の気持ち、ちぃっとは想ってほしいわ・・・そしたら戦さなんて始められへんはずやないの」

 

 「・・・なんて、お侍様の処で働かせてもろうてんのにこないなこと声を大にして言えへんけど」

 

 (お孝さん・・)

 

 「妹が可哀想で仕方がおへんわ・・・」

 

 生き地獄の言葉は、妹の気持ちを指して言ったのだろう。

 

 冬乃はいたたまれなくなって小さく頷く。お孝にかけてあげられる言葉も見つからず、皿を拭く手元に視線を落とした。

 

 

 子を授かれば、その子の母としての幸せとともに、またこんなふうに新たな苦しみが生まれるのだろう。

 

 冬乃は次にはそう思うと、おもわず手の布を握り締めた。

 

 幸せと対の苦しみの、こんな無限の連鎖もまた、此の世の宿命なのか。

 その連鎖はもう幾度と冬乃のことも苛んで。

 

 

 (それでも・・まだ私は)

 

 つかの間の幸せを求め、

 その後にくる苦しみには必死に目を瞑ろうとしている。

 

 

 

 「なんや二人してまだそこにおったんか」

 厨房の戸が勢いよく開いて、茂吉が飛び込んできた。

 

 「用意できた順にはよ運び出しておくんなせっ・・」

 

 今日は大阪に出張していた隊士達も戻ってきている。食事の必要な人数がいつも以上に増えているのだ。

 茂吉のむりもない焦り方に、冬乃たちも慌てて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 外出の近藤の護衛で沖田も夕餉の席には居ないので、冬乃は寂しさを持て余しながらぽつんといつもの席に座った。

 

 藤堂も斎藤も居ないために、冬乃の左右は閑散としていて。

 まだ開け放っている遠くの庭先から冬乃の横を通り抜けてゆく風が冷たい。

 

 (そういえば)

 冬乃も居なかったこの数か月、沖田は此処に一人で座っていたのだろうか。

 それとも近藤の近くや、向かいの永倉達の側へ座っていたのかもしれないが、

 

 どうであっても藤堂と斎藤がこうして不在である寂しさは、冬乃だけの想いでは無い事は確かだろう。

 此処に一人で座っていると、想いは余計につのり。

 

 (どうしてるかな藤堂様)

 

 大政奉還を待たず、会いに行ってみようか。

 (・・・でも)

 

 冬乃は急いで思いなおす。

 大政奉還の後も伊東の考えを確認すべく必ず会いに行くつもりでいるのに、更にその前にもだなんて。そう何度も頻繁に会いに行っていいはずがない。

 

 この情勢下、誰が何処で見ているか分からないのだ。いくら頭巾をして顔なら隠していようと、何度も出没する女がいれば目立つに違いない。

 

 

 (・・・・変装すればいいんだ)

 

 だけどめげずに冬乃は。そして思いついた。

 

 

 

 

 

 

 「行商人のふり・・?」

 

 「はい」

 翌日の昼下がり。

 あれこれ躊躇していたが遂に意を決した冬乃は、畏まって沖田の前に正座していた。

 

 今の新選組と伊東たちの秘すべき関係上、まず沖田の許可は得ておくべきだと思ったのだ。

 変装だろうと、会いに行く事を。

 

 

 「男装も考えたのですが・・こういうときは女のほうが周囲に警戒させないと思いました。かといって何度も訪ねたらやっぱり怪しまれてしまいそうで」

 

 「それで行商人か・・」

 「はい」

 行商人であれば、何度も出入りしていようと不自然ではなく。

 それも男の行商人が出入りするより女であるほうが、はるかに変装と疑われる確率自体少ないだろう。

 

 「今はきっと監察の方たちが中心になっていろんな変装で連絡を繋いでいらっしゃるのでしょうけど、今回うまくできそうでしたら、もしかしたらこのさき私もお役に立てたらって・・」

 「それは頼めない」

 

 即答で返された冬乃は口を噤んだ。

 

 「気持ちは有難いが、俺が傍に居ない時に冬乃を危険な仕事に関わらせたくは無い。藤堂に会う事は止めないが、そんな仕事まで買って出る事はしないでほしい」

 尤も。

 と沖田は続けた。

 「藤堂にそれを冬乃が申し出たところで、十中八九同じように返されるだろうけど」

 

 それから、と更に沖田は続けた。

 

 「念には念を入れ、冬乃から向こうの屯所を訪ねるのではなく、何処かで落ち合うほうがいい」

 「・・え?」

 (でもそうすると、)

 

 「行商人ではなく、別の変装が要る・・ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪が重た・・・

 

 冬乃は目の前の鏡に映る自身の姿を茫然と眺めつつ、肩が凝りそうな髪飾りたちの重さに困惑していた。

 

 どうせなら太夫の恰好をと、沖田が注文したせいである。

 

 

 いま冬乃の居る此処は、かつて露梅が在籍していた置屋。

 女将の協力を受け、冬乃はいま、藤堂と落ち合うべく遊女になっている。

 

 

 (・・・って)

 

 なんで!?

 

 心の奥で先程から叫んでいるが。

 

 だいたい、

 「あの総司さん・・やっぱりこれは・・」

 

 この恰好で藤堂と会うのは、色々おかしくないか。

 

 「これなら堂々と藤堂を呼び出せるだろ」

 邪気たっぷりに微笑む沖田を見上げて、冬乃は目を瞬かせる。

 

 (ぜったい楽しんでる・・・。)

 

 今頃、艶文を携えた、変装ではない正真正銘この置屋の使いの者が、藤堂を訪ねた頃だろう。

 

 突然に冬乃太夫を名乗る者からの艶文を受けた藤堂は、一体この後どんな顔をしてやってくるのだろうか。

 (こっちはもぉ申し訳なさしか無いんだけど)

 

 「それに藤堂様が、この後お時間あるかどうかだって・・」

 「あるよ。今日の藤堂の大まかな予定は監察に確認してきた」

 「・・・」


 あれから何やら思いついた様子の沖田が、四半刻後に一緒に出かけるから支度をと言い置くなり、近藤へ暫しの暇をもらいに行ってしまった。

 

 そうして戻ってきた沖田に駕籠で連れて来られた先が、此処、まさかの島原。

 

 

 「心配しないでも、座敷へ出るわけじゃない。藤堂がこの部屋に来るだけ」

 

 「いえ、ですから、その・・私は着替える必要があったのでしょうか・・」

 

 沖田が更に微笑って、冬乃の片頬へ手を添えてくる。

 紅ののる冬乃の唇へ、掠めるような口づけだけが落とされ。

 

 「・・俺が見たかったからに決まってるでしょ」

 (え)

 そんな事も分からないのかと、むしろ言いたげな眼が愛しそうに冬乃を見下ろした。

 

 「すごく綺麗だよ、冬乃」

 

 

 そんなふうに言われては。

 

 もう冬乃が絆されないわけが、なく。

 

 

 「俺も藤堂に会うのは久しぶりだから楽しみだ」

 

 (総司さん・・)

 今の台詞に更にきゅんとした冬乃を、だが。

 

 「で、暫く俺は隠れてるから宜しく」

 

 例のドS笑顔が、にんまりと見返した。

 

 

 (・・・・んん?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 格子窓の外が夕の色へと向かいゆくなか。

 

 「冬乃ちゃん・・どういうことなの、これ」

 

 ひどく狼狽えた顔の藤堂が、やがて女将に案内されて冬乃の待つ部屋へ入ってきた。

 

 (藤堂様・・っ)

 

 久しぶりの藤堂への嬉しさと併せて冬乃はだが、「ええと」咄嗟にこれを何て説明するべきなのか戸惑う。

 「今ってその、藤堂さ・・んを、私からもう簡単には訪ねられないので・・」

 

 「・・・」

 明らかにあれこれ問いたげな顔が、冬乃を見返してきた。

 

 よほど弁解したいが、沖田の存在について現在彼には口止めされているため、冬乃は何も言えない。

 

 「と、とにかくなんとかして、お会いしたかったんです」

 「え」

 「藤堂さんどうしてるかなって思ったら・・」

 

 「冬乃ちゃん」

 途端、嬉しそうに微笑んでくれた藤堂を前に、やっとこの笑顔に再会できたのだと冬乃も嬉しくなった。

 

 が。

 「でもまさかと思うけど身売りしたわけじゃ・・ないんだよね?」

 (あた)

 

 「あたりまえです!!」

 

 叫んでしまった冬乃の目に、ほーっと胸を撫でおろす藤堂が映る。

 一体どうするとそこまで飛躍するのだ。

 

 「だけどどうやって此処を・・」

 首を傾げた藤堂が、きょろきょろと部屋を見回す。

 「置屋なんて、よほど女将と親しくなきゃ使えないでしょ」

 

 「それに、」

 冬乃の背後の窓から漏れ入る夕の光にか、藤堂は眩しそうに目を細めた。

 「そんな恰好してるなんて」

 

 吹き込む風に冬乃の簪が揺れる。

 

 「あ・・これは」

 これも沖田に着るように言われたからだとは、冬乃はやはり弁解できず。

 

 「・・俺に会いたかったとか、その恰好で迎えてくれるとか、普通だったら勘違いしそうになるじゃない・・・」

 

 (え)

 

 「沖田!!」

 

 だが突然そう声をあげた藤堂に、冬乃は目を丸くした。

 

 「どうせ居るんだろっ、出てきなよ!」

 

 「バレたか。」

 沖田が隣の部屋から襖を開け、おとなしく出てくる。

 

 「久しぶり、藤堂」

 あいもかわらず悪びれない沖田に、藤堂がわざとらしく嘆息した。

 「久しぶり、じゃないよもう。冬乃ちゃん使って何やってるの!こんなのは監察に任せなよ」


 「人聞き悪いな。べつに仕事でおまえを呼び出したわけじゃないよ」

 「え、違うの?」

 「冬乃が理由言ったろ。おまえに会いたかったと」

 

 「じゃあほんとに・・それだけ?」

 

 視線が向かってきて、冬乃はこくんと頷いた。

 

 「まあ俺も会いたかったし」

 沖田が継ぎ足す。

 

 「そうなんだ、」

 照れた様子の声が藤堂から零れた。

 「俺も冬乃ちゃんにすごく逢いたかった」

 

 「・・俺には?」

 沖田の不満そうな声が続く。

 

 「沖田にもついでに会えて嬉しいよっ」

 「だから、ついでは余計だ・・」

 

 げんなりと沖田が呟くのを冬乃は目を瞬かせて見ながら、こうして二人が久しぶりに揃って居ることに嬉しさが更にこみ上げる。

 

 (ここに斎藤様も居たら・・)

 

 「斎藤も呼べばよかったな」

 同じことを想ったのか、沖田がさらに呟いた。

 

 「でも斎藤じゃ“冬乃太夫” で艶文きても、あんまり気に留めてくれないんじゃないの」

 (う)

 確かにスルーされかねないと、冬乃は内心唸る。

 

 「じゃあ“総司太夫” で艶文だすか。さすがに何事かと思うだろ」

 

 「・・・オエ」

 沖田の太夫の恰好でも想像してしまったのか藤堂が呻いた。

 

 (総司さんが太夫?)

 冬乃もおもわず想像して冬乃は冬乃で、想像のなかの厳つい不格好な沖田に笑いそうになり慌てて下を向く。

 

 「それはそうと!冬乃ちゃんが戻ってきてくれててよかった・・!」

 藤堂の続けたその言葉に、冬乃はだがすぐ顔を上げた。

 

 「ずっと監察からは、帰郷してて居ないと聞いてたからさ、また冬乃ちゃん未来に帰っちゃってるんだって思ってた」

 

 「はい、でももう、」

 冬乃は。

 「此処にずっと居られます」

 急いで口奔る。

 

 「そっか良かった!」

 藤堂が安堵の表情を浮かべ。

 

 「・・あれ。でもどうなってるの?」

 けれど、つと再び首を傾げた。

 

 「此処にもうずっと居られるって、前もすでにそんなこと言ってなかったっけ」

 

 「・・それが私はそのつもりだったのですが、未来との行き来を起こす人に呼び戻されてしまいました。もうずっと此処に居させてほしいとお願いはしてあったのですが・・」

 冬乃は手に握る汗を感じつつ、慎重に言葉を探す。

 「ですがもう一度きちんとお願いして、今度こそはずっと此処の世に永住させてもらえることになったので、もう大丈夫なんです」

 

 「ふうん」

 ひと呼吸のち。藤堂は微かに眉間を狭めた。

 

 「でもそんなだったんじゃ、その人の考えひとつでまたどうなるか分からないってことはないの?」

 (あ・・)

 

 「大体さ、その人はじゃあ、冬乃ちゃんがお願いしてても無視するほど何かそんなに強制的に行き来させる力を持ってるってわけでしょ。逆に考えれば、いっそのことこれからも行き来させてもらえるようにだってしてもらえたんじゃないの?」

 

 だよね。と藤堂が沖田を見遣って。

 

 「え・・」

 瞠目した冬乃の横で、沖田が頷いた。

 

 「ああ。それもあって冬乃に聞いたが、そもそもその人が何の意図で冬乃を行き来させていたのか分からずじまいだったと」

 

 「あ、そうなんだ」

 藤堂が溜息をついた。

 「理由が分からないままじゃ、自在に行き来させてもらえるのかも分かりようがないか・・」

 

 「あ・・の、なんで行き来ができるようにって・・」

 話がつかめないままの冬乃が、戸惑って聞き返すと、

 「え?」

 むしろ藤堂のほうが驚いた顔をした。

 

 「だって、元の世にご家族が居るんだし、冬乃ちゃんだってずっと行き来が続けられるんだったらそのほうがいいでしょ?」

 

 (・・あ・・・)

 

 「冬乃ちゃんが、あくまで此処の世に永住できるなら、つまり必ず戻って来れるなら、時々また未来へ帰ったって沖田はもう安心して待っていられるんだから」

 まあ、

 と藤堂は今一度小さく溜息をつき。

 

 「もしもう行き来できなくても、これから永住させてもらえることの許可はもらえたというなら・・それなら冬乃ちゃんのその一番の希望は叶うわけだよね。だったらいいのかな・・」

 でも叶うと信じて大丈夫なんだよね?

 藤堂が尚も確かめるように、冬乃の双瞳を覗き込んだ。

 

 「本当に、冬乃ちゃんがまた帰されてしまって、・・考えたくもないけど、そのまま戻ってこれなくなるなんて事は絶対に起こらないよね・・?」

 

 

 冬乃は向けられた藤堂の表情をおもわず息を呑んで見つめた。

 

 それはまるで、あの時“意図” について沖田に聞かれ、彼に垣間見た表情と重なり。

 

 

 今やっと、あの時の沖田の思いをはっきりと知ることができたかもしれない。冬乃は、咄嗟に隣の沖田を見上げていた。

 

 

 今回戻ってきた冬乃を優しく迎えてくれたあの時も、

 統真の意図を確認してきたあの時も。

 

 彼がその心に思い心配していた事は、

 

 (私がまた帰ってしまって長く居なくなることなんかじゃ、なかった・・・)

 

 

 いつかは二度と此処の世へ戻って来られなくなる

 冬乃にとっては、それは恐らく確実にやってくる未来。

 

 一縷の希望に縋りつきながらも、長くそれを当たり前のように覚悟してきた冬乃にとって、

 あくまで一番の不安は、

 このさき沖田の命の終焉までの間にまた帰されてしまう事のほうで。

 

 だけど、未来を知らない沖田にとっては違う。

 

 

 (総司さん、ちゃんと気づけてなくてごめんなさい)


 すべては、

 冬乃が統真に頼むことでもう冬乃の意思で行き来を制御できるようになったことを、

 

 そうして前回頼んできたから、もう二度と帰らないことを、

 沖田に誓ったにもかかわらず。沖田たちから見ればまるで冬乃のその希望など無視されて再び帰されてしまったが為。

 

 藤堂が言ったように、それならいつかまた冬乃の意思に反して帰されて、そのままもう永久に戻って来られなくなってしまう、

 そんな結果になる可能性をも危惧させてしまったのだと。

 

 

 (藤堂様、教えてくださって・・有難うございます・・)

 藤堂が今回そのつもりで話してきたわけではなくても、今回も彼は沖田の思いを代弁してくれたようなもの。

 

 

 冬乃は未来を知るがゆえに言葉を選ばなくてはならず、あまり思う事を口にはしないでいるが、

 おもえば沖田も、そうなのだ。

 

 よく冗談ばかり言って周囲を笑わせて、一見、無口の形容とは程遠い彼だが、反してその心の内を語らない事も多い。

 

 千代の看病の時だってそうだったではないか。藤堂が敢えて話してくれたからこそ冬乃は、沖田の思いをはっきりと知ることができた。

 

 

 冬乃と沖田の関係は、

 

 沖田にとって、冬乃が此の世に永住するからこそ始まった。

 

 だから。冬乃はあの時、咄嗟に口にした。


 此処に永住させてもらえるように

 その願いを今度こそしっかり受け止めてもらえた


 そんな祈りを籠めた、嘘を。

 

 沖田の思いをはっきり分かっていたわけでは無くても、

 それでもその答えが沖田を一番安心させられる、そんな感がして。

 

 

 正しかったと言えるのだろう。

 冬乃の想像していた以上にきっと、その返答は、あのとき沖田の胸内の懸念を拭い去れていたのではないか。

 


 「・・もう大丈夫です、万一また返されても必ず、戻ってこれて」

 

 今一度冬乃は、するべき返答を胸に、想いに力を籠め。

 二人をしっかりと見据えた。

 

 

 「此処に、永住できます」

 

 

 二人の表情に再び灯った確かな安堵を目に。

 冬乃もまた、そっと息をついた。

 

 

 

 「・・あ。そうだ」

 程なくして、

 

 「ついこのまえ原田さん見かけたんだけどさ、」

 藤堂が話題を変えて話し始めた。

 

 久しぶりで話の種なら山積みなのか、そのまま饒舌に語り出す藤堂に耳を傾けながら冬乃は、

 

 自身の本当の行く末へ、

 なによりもあと残り僅かな藤堂の命の刻限へと、

 意識が向かわぬように。

 懸命に踏み止まり。

 

 彼の大きな笑顔を前にすれば常以上にこみ上げてくる数多の想いへ、冬乃はそれから、ずっと抗い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤堂を一階まで降りて見送ってから、冬乃は沖田に助けられつつも、階段から廊下を着物の長すぎる裾でずっと掃除しながら部屋へと戻ってきた。

 

 襖を閉め切るなり、片頬に添えられた手に冬乃の視線は持ち上げられ。その目の前を懐紙がよぎった。

 

 驚いた冬乃の、紅を湛えた唇は、幾度かの掠めるような口づけと交互にそっと懐紙でも柔く拭われてゆく。

 

 (あ・・)

 次の刹那にシュッと解かれた帯が、落ちきるよりも前、きつく抱き締めてきた沖田の力強い腕のなかで冬乃は、反面小さく溜息をついた。

 

 露梅を、思い出して。

 きっと彼女のこともこんなふうにして、紅を落として、こうして強く抱き締めていたのかもしれないと。次にはそんな光景まで想像してしまい。

 

 冬乃のいま芽生えた想いなど知らなそうな沖田が、

 つと冬乃の後頭部から首元へと流してきた片手でそっと、促すように冬乃の顔を沖田へと擡げさせ、

 

 残る片腕ならば冬乃の躰を抱き寄せたままに、

 唇、徐々に首すじへと、少し横から屈むようにして口づけを辿らせてきて、

 

 その常の巧みな手捌きで、

 気づけば冬乃の纏う着物を脱がし始め、

 

 冬乃は不意に。思い出した。

 

 遊女の恰好の冬乃だけども、

 いまは月のものだったことに。

 

 (あっ・・)

 熱を帯びた大きな手の感触が、

 「総…司さ、…んっ」

 冬乃の襟内へと潜り込んで。首すじに口づけられたままに、

 冬乃は慌てて声をあげた。

 「いま…私…っ…」

 

 ぴたりと沖田の動きが止まり。

 

 「・・・」

 いま私

 だけで分かったらしい、まさかの彼を。冬乃はおずおずと見返す。

 

 「残念」

 と笑ってみせる沖田の、未だ熱を孕んだ眼にかわらず心の臓を跳ねさせた冬乃こそ、内心残念でたまらないなんてことは、

 どうせ見透かされてるだろうから言わないけれど。

 

 大きな手が今度は、目の前をよぎった。

 冬乃の結い髪の左右に差された大小様々に煌びやかな簪へは視線もよこさず、

 冬乃の前髪をふんわりと留め上げる櫛へと、そっと沖田の手が触れたのを感じ。

 

 いま冬乃の髪を彩る飾りのうちで一番高価な物でもあるだろうそれは、勿論のこと沖田の贈ってくれたあの結婚の証。

 あれから冬乃がこの櫛を差さなかった日は無い。さすがに男装の時は例外だけれど。

 

 「いつも差してくれてるね」

 沖田が嬉しげに微笑んで、冬乃はどぎまぎと頷いた。

 

 「これも」

 と沖田の手が更に、櫛のすぐ後ろへ横向きで差し込まれている簪へ触れる。

 

 そう。この簪はそして、沖田に最初に買ってもらえたあの簪だ。

 これもまた冬乃の髪にいつも居る。

 ちなみに北野で買ってもらえたあの予備としての簪は、行李のなかで留守番している。

 

 

 「はい・・」

 冬乃は微笑んだ。

 

 「だってこの先も一生、つけていたいくらいですから・・」

 

 

 (なのに・・)

 いずれも、未来へは持ち帰れない

 

 一生と、口にした刹那に想い起した、その胸を衝く哀しみに冬乃は咄嗟に目を伏せた。

 

 だからいつか還されてしまうその前に、この櫛と簪たちを地中へ埋めて未来で掘り起こそうと本気で考えていた。

 

 あの僧に会うまでは。

 

 

 (・・私の居る未来の世は、元の歴史の未来)

 

 あの僧はそう言ったのだ。

 それなら、

 

 此処で冬乃が巡った全ての軌跡も、冬乃の世ではみることができない歴史で、

 

 此処の世で櫛たちを地中へ埋めても、

 そのタイムカプセルが、元のままの未来に還ってしまう冬乃へ届くことは無い。

 

 

 (・・・・あれ・・ちょっとまって・・)

 

 それでも、

 変更が成されたこの歴史の、続く未来のほうにも別の冬乃が存在するのなら。

 その冬乃が手にすることはできるのではないだろうか。

 

 (・・・え?)

 

 でもそうとしても。その冬乃は、もう別の冬乃だ。

 

 (“私” じゃない私・・ってこと・・?)

 つまり此処での記憶を持っているはずが、ない。

 

 

 それに――――

 

 

 

 「冬乃・・」

 

 

 沖田の呼びかけに、どきりと冬乃は目を瞬かせた。

 

 心配そうな顔が見下ろしている。

 

 一生つけていたい、と言ったきり固まっていたのだから当然だ。

 

 「ごめんなさい、ちょっと・・いろいろ思い出すことがあっただけです、なんでもないです」

 

 「・・・」

 沖田が常に違わず無理に追及してくることはなく、唯その手を簪から降ろしてきて、冬乃の片頬を柔く包んだ。

 

 それだけで、注がれるように深い愛情を感じて冬乃は、

 温かなその手のなかで自然と微笑んで。

 

 

 冬乃の表情に少しほっとしたような顔になった沖田を冬乃は、まっすぐ見つめ返していた。

 

 

 櫛も簪も、

 沖田と過ごした此の日々も、

 

 何もかもが、未来の世には遺らなくても。

 

 冬乃の記憶のなかには、鮮明に存在し続けるのだからそれでいいと。

 懸命に己に言い聞かせる。

 

 

 (私が・・)

 

 その記憶だけで、ずっと生きていけるのなら

 

 (そうやって耐えられればの・・前提だけど・・)

 

 だけどそんな未来は、日ごとに薄れゆき。




 思考ごと刹那に目を瞑り冬乃は。目の前のまだある幸せを見据えるべく、それからしっかりと瞼を擡げた。

 

 「総司さん」

 

 まだ彼の傍に居られるこの幸せを。

 

 「今夜は・・私が総司さんにできること・・させてください」

 

 全身全霊で、彼を愛せる幸せを。

 

 いつかのような台詞を囁いて冬乃は沖田を見上げる。

 

 

 嬉しいよ

 とすぐに沖田が、それは愛しげに返してくれて。

 

 「にしても、」

 と、つと笑んだ。

 

 「・・よりによって、その恰好で」

 「え?」

 

 (あ・・)

 

 そうだ冬乃は、いま“遊女” なのだった。

 

 「そ・・の、露梅さんのようにはきっと上手に・・できないです…けど…」

 どんどん語尾が掠れるようになってしまって思わず俯いた冬乃の、

 体が不意に強く抱き寄せられ。

 

 「有難う、・・・と言いたいところだが」

 ぎゅっと冬乃は一瞬さらに抱擁を受けた。

 「別の機会に、存分に頼もうかな。今夜は休んで・・」

 

 「いや、こういう時ぐらいは、というべきか」

 言い直す沖田に冬乃は目を瞬かせる。

 

 こういう時、つまり冬乃が月のものの時という事だろう。

 

 

 

 そうしてその夜は。

 

 艶やかな褥の上、冬乃は沖田の温かい腕のなか、

 延々ととりとめのない話をして時々額に降る口づけに気が散りつつ。

 

 気づけばその深い温もりに包まれたまま、

 朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屯所が広すぎて今まで何処に居たのか、見かけることすらなかったニワトリたちを冬乃は今、ようやく瞳に映していた。

 

 なおも、未だ豚たちにはお目にかかれていないのだが。

 

 (そういえば何か動物たちのコトで、総司さんに聞こうと思ってたような・・・)

 

 頭の隅に引っかかる朧な記憶に、冬乃は首を傾げる。

 (なんだっけ?)

 

 ぼんやりと、向こうをゆくニワトリたちの行軍を見送ったのち。そういえば放心している時間は無かったと、冬乃は慌てて目の前の火へと視線を戻した。

 

 

 近藤が今日も立て込んでいる。

 遂に、大政奉還を迎え。

 

 冬乃も、本当はすぐにでも藤堂へ話を聞きに行きたいのだが、

 近藤と新選組、そして幕閣、いや旧幕閣、はいま蜂の巣をつついたが如き事態の収拾に奔り回っていて、

 当然に近藤の付き人の冬乃まで、大量のやりとりの書簡にここ連日、文字どおり埋もれている。

 

 勿論、処理の終わった書簡は片っ端から庭で燃やして灰にしてゆく。それなのに、そのぶん新たな書簡が舞い込むものだから、近藤の部屋はいつまでたっても踏み場が無い。

 

 一日の終わりに明日の再開に向けて整理しながら書簡を隅へと寄せてゆく作業が、おっくうですらある。どうせ明朝また全て開いてしまうのにだ。

 近藤が布団を敷いて寝られる場所を確保するためには、致し方ないのだが。

 

 

 (それにしても・・)

 

 

 つと、びゅうと風が吹いて、顔の位置にまで煙が被さり、

 冬乃は慌てて手にしている書簡で扇いだ。

 

 (・・きっとこういうの全部、のちの世に遺してあったら史料としてすごく役立ったと思うのに・・ほんともったいない・・)

 

 今も裏庭で大量の書簡を燃やしながら冬乃の胸にはそんな想いがよぎったりするのだけど、勝手にどこかに隠しておいたり埋めたりして万一よからぬ結果になってもいけないと、諦めの溜息をつく。

 

 「冬乃さん、これも追加で頼みたい」

 

 「はいっ」

 縁側に出てきた近藤の掛け声に振り向き、冬乃は急いで受け取りに向かった。

 

 

 

 

 

 (あ、そうだ!)

 

 唐突に。以前沖田へ聞こうと思っていた事を冬乃は思い出して、がばっと顔を上げた。

 

 急激な冬乃の動きに、沖田が笑って「どうしたの」と聞いてくれるのへ冬乃は恥ずかしくなりつつ、

 「総司さんも引っ越しの時、動物たちを捕獲して回られたのですか?」

 と尋ねてみる。

 

 「なに突然」

 更に笑いだす沖田の横から「それなら私も大いに走ったよ」となんと近藤が愉しげに会話に参加してきた。

 

 (って)

 「え?!・・近藤様まで、なさったのですか・・?」

 

 近藤は。最早、押しも押されもせぬ直参旗本である。

 そして、将軍御目見えの身分となったのは近藤だけとはいえ、新選組全員が幕臣の身分に取り立てられたのであり。

 

 (・・・。)

 

 それが正式に通達されたのは引っ越しの後だったはずとはいえ、すでに内示は出ていたわけで、

 そんな彼ら『最早まごうことなき武士』が屯所じゅうを走り回って大騒ぎしていただけでも色々あれなのに、

 仮にも直参旗本となる局長までが、ニワトリや豚たちを追っかけまわしていたとは、これ如何に。

 

 呆然と見つめてしまった冬乃の前では、そうと知らぬ近藤がその四角い顔でにこにこ微笑み、

 「しかし総司と捕獲数を競っていたのだが、段々わけがわからなくなった」

 などとぼやいている。

 

 「そりゃあ先生、」

 沖田が肩を竦めた。

 「数えるのはそっちのけで捕獲に熱中なさってたら、わけもわからなくなって当然です」

 

 「まったくだな」

 近藤が照れ笑いで返した。

 

 (・・近藤様ったら)

 見ていた冬乃までつられて破顔しながら。

 

 近藤の、公の場ではさすがに賜った身分に相応しい言動を敢えて行うようにも心掛けているだろうが、その心根ならば何も変わっておらず、

 高い身分を得たからといって急に周囲に偉ぶったりするわけでもない、

 そんな人となりに、改めて思い至って。

 

 (あ・・)

 以前、冬乃が近藤の養女となったことを知らされた時、手をついた冬乃たちへ、

 自分は殿様じゃないんだ、平伏されるのは慣れてないと、あのとき彼は不器用そうに「頭を上げてくれ」と言ってくれた。そんな光景までも、想い出し。

 

 その『殿様』に、今や本当に成った近藤だけども、

 きっと同じ場面でなら変わらず「慣れてないからやめてくれ」などと同じ事を言うのだろうことも、容易に想像できてしまい。

 

 

 「さて、そろそろ行くかな」

 

 近藤がにこやかに継いで、手にさげていた大刀を腰へ差した。

 すでに支度の出来ている沖田が、歩み出す近藤に続く。

 

 「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 二人の背へ冬乃は慌てて声を追わせた。

 

 今日もこれから近藤は要人たちを訪問して回り、沖田はそんな近藤の護衛としてついてゆく。

 

 「有難う、いってきます」

 振り返って近藤たちが手を上げてくれた。

 

 二人の向かう先では、近藤の乗ってゆく立派な馬が、引いてきた隊士の横で嘶いている。

 『殿様』として、

 町へ出るとき近藤は敢えて馬に乗り、沖田と数人の隊士たちが傍を付き従う容をとるのである。

 

 

 尤も大政奉還によって、その幕臣の身分も在って無いようなものへと移ろってしまった。

 

 それでも、

 否、元々身分など賜っていてもいなくとも、

 この先も近藤が『元』将軍と亡き先帝に忠誠を尽くしてゆくこともまた、変わりのない事。

 

 そして傍をゆく沖田も、また。

 昔も今もこの先も、近藤を護りゆくことに何の変わりもない。

 

 

 時代の流れは目に見えて濁流と化していても、

 未来を知っている冬乃に、沖田は藤堂の分離の、あの時きりで、今回の大政奉還を受けてももう何も聞いてはこなかった。

 

 それは俯瞰しているようでもあり、また、近藤と同じく時代がどう動こうと元々の己の成すことは一徹して変わらないが故なのだろうと。

 

 

 (総司さん・・)

 

 冬乃は遠ざかる沖田たちの背を見つめながら、

 胸奥を締めつけた切なさに。小さく震える息を吐いた。

 

 

 

 




         

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