一九. 愛の記憶③
愛しげに甘く。
「冬乃・・・」
蕩けそうなほどに甘く。
冬乃にだけ、掛けられる声音と。向けられる眼差し。
「ほら、ちゃんと言ってくれなきゃ」
互いの息づかいの絡まる距離まで近づき、
くすりと悪戯な笑みを交えながら、低く囁かれる。
「何を、どこに、欲しいの」
いじわるなのに優しく、
「ン・・?」
擽られるような。そんな問いかけに、
冬乃は。
沸騰していた。
「オイコラてめえ!!そのやりとり、いいかげん止めろ!!」
土方の雷が落ちた、
時すでに遅し。
冬乃は眩暈で、箸を取り落としている。
「なに怒ってんです」
周り全員が赤面か蒼面の中を、一人飄々と哂うは、
各種調味料を手に、冬乃の横に坐す沖田。
ここは幹部御用達の料亭。
京の味つけは控えめだ。
幹部の殆どは濃い味好きの江戸人なため、料理によっては、
盆の上、並ぶ小皿にそれぞれ塩コショウ醤油等々が乗せられ、各自で適当に追加するよう回ってくる。
隣の斎藤からその盆を受け取った沖田が、次の隣の、
「冬乃の分まで、かけてやろうとしてるだけでしょう。」
との事なのだが。
「馬鹿を言いやがれ!!」
さらなる土方の雷が落ちた。
「見ろ、周りをッ。貴様のせいで、変な想像した奴らが鼻血出してンじゃねえかッ」
鼻を押さえている永倉が目を逸らした。
「だ、出してないぞ歳!」
うろたえる近藤と、
「変な想像なんかしてねえよう」
うろたえる原田の声が、
続く。
現在夜番の藤堂が此処に居たなら、どうなってしまっていたことか。
ちなみに斎藤ならばもちろん無表情である。少しだけ、箸が止まっていただけ。
井上ら残りの幹部達は、聞こえていないふりをしてきつく握り締めた猪口を啜っている。
「どういう新手のいやがらせだ!?」
冬乃を幹部の飲み会に連れてくることぐらいなら、土方は許可したが。
こんないちゃつきを見せつけられることに許可を出した覚えは毛頭ない。
「言ってる意味がわかりませんよ」
しれっと沖田が、声が出なくなっている冬乃の膳へと結局適当に調味料をかけてゆく。
「はいどうぞ」
冬乃の向こう側に坐す井上へ沖田は盆を渡し、「冬乃」と地蔵の冬乃に声を掛けた。
「帰ったら呑み直そう。此処じゃ落ち着いて呑めないよな」
煩い鬼が見張ってるせいで
その鬼に聞こえるように言う沖田へ、鬼は猪口をぶん投げる。
己の猪口を手にしたまま、片手で楽々受け止める沖田と、
隣から飛んできた酒飛沫に、そっと顔をぬぐう近藤。
いつもながらの光景が地蔵の瞳に映る。
それは賑やかに平和に、なんてことのない新選組の日々のひとつ。
崩壊の幕開けは、
すぐそこまで迫っていても。
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