一八. うき世の楽園⑦


 

 あいかわらず一瞬で見事に色づいた冬乃の頬を、両手に包み、沖田はゆっくりと顔を近づける。

 冬乃がその先を分かったように、そっと目を閉じた。

 

 

 初めて冬乃と口づけしたあの時は、おもえば触れる一寸手前まで、戸惑いに揺れる冬乃の瞳は見開かれたままだったと。

 

 あの時と同じ柔らかな唇に口づけながら沖田は、

 思い出して胸内に湧く笑みと、同時に起こる愛しさで、次には冬乃の体を抱き寄せた。塞いだままの冬乃の唇からは、圧されてか小さな吐息が漏れ出て。

 

 沖田は覆い被さるように冬乃を抱いたまま、そんな吐息ごと塞ぐように口づけを重ねた。

 

 「…ン…ん、っ…」

 やがて冬乃の、沖田の着物を掴む両の手の力が滑り落ちた頃、冬乃の喉が小さく声を震わせ。

 切なげに何かを訴えるその響きに、ひっかかるものを感じ、冬乃から離れた沖田を

 見上げる蕩けた瞳が、ゆっくりと瞬かれた長い睫毛の向こう側に覗いた。

 

 「そぅじ…さ、…ん」

 その声は、細切れな息づかいで沖田の名を囁き。

 覗きこめば、いつかに見たような戸惑いに塗れる瞳がそこにあった。

 

 「どうした・・?」

 己の表情はよほど心配そうに映ったのか、冬乃が慌てたようにふるふると首を振ってきながらも、

 「ごめんなさ…い、」

 整わぬ息の下から彼女は、そんな台詞を呟いて。

 

 「ここで…もう、止めて…ください…」

 

 沖田はおもわず冬乃を見つめ返した。

 「どうして」

 「……だって、お風呂も、お夕食も…できてる…のに、」

 

 冬乃が恥じらうように目を瞬かせ、小さく眉を寄せる。


 「このままもっと…近づきたく…なっちゃ…う…から、…ンッ!」

 

 

 語尾に向かい弱々しくなった冬乃の言葉が、

 最後まで発せられるよりも前に、沖田は冬乃をふたたび深く抱き締めていた。

 

 当然で。

 そんな台詞は逆効果、だと分かってもいいようなものを。

 内心苦笑する沖田の、腕の中では冬乃が突然の抱擁に驚いてもがき出すも、もちろん離してやる気は無い。

 

 もっと近づきたい、

 以前に一度その台詞を冬乃は口にし、沖田に意味を念押しされている。冬乃はそうして互いに認識した意味をのせて、いま遠回しに伝えてきたのだ。

 

 つまり、沖田に昨夜のようにしてほしくなってしまうからと。

 直接は言えなかったのだろう、代わりに沖田に確かに伝わる言い回しを選んできた。そのいじらしさも、

 逆効果に拍車をかけているのだが、冬乃は分かってはいまい。

 

 なんだって彼女はこうも一々、翻弄してくるのか。

 

 (まったく・・人の気も知らないで)

 いいかげん、わざとなのかと疑いたくもなるも、

 つい先程まで、この腕を離せば崩れ落ちてしまいそうに力の抜けていた冬乃の体が、

 今は懸命に抗って、拘束から抜け出そうと本気で慌てている様子を見るに、沖田を翻弄する意図など無い本心からの言動だったのだろうが。

 

 いっそ、

 (続けてやろうか)

 慾情するなら、すればいい。

 

 

 沖田は腕の拘束を解くと同時に、冬乃を真後ろの板敷きへ押し倒した。

 

 

 

 

 土間と居間をつなぐ板敷きが、冬乃の背をひんやりと迎え。草履をつっかけた冬乃のつま先は、土間に接しているままで、

 

 板敷きに座らされた一瞬の内に、いま背後へ倒された冬乃に、いったい何が次に起こるのかなど分かるはずもなく。

 

 冬乃の横に続いて腰を降ろし、見下ろしてきた沖田を

 冬乃は、ただ呆然と見上げた、

 

 「そうやって」

 見上げた先の、彼の眼は。

 

 居間に置く行灯の、火の揺らぎに、

 

 「こうも何度も、無自覚に誘われてはね・・」

 

 きらりと。妖しく光り。

 降りてきた沖田の大きな手は、

 

 「そろそろ自覚してもらわないと、俺の身がもたない」

 

 冬乃の襟内へと、潜り込んでゆく。

 「…、っ」

 (自覚・・?誘う・・って・・)

 

 「ぁ…ッ」

 片襟をぐいと開かれ、

 零れ出た乳房を沖田の掌がゆっくりと揉み出した。

 (総司さん・・?!)

 顔を近づける沖田と、乳房を揉む浅黒い大きな手が、冬乃の視界に同時に映り。次には頂きを口に含む沖田を、

 

 冬乃は急速に高鳴る鼓動で、再び乱れ出す息のなか、直視できずに顔を背けて。

 冬乃の横に座したままの沖田は、そんな冬乃を囲うように冬乃の頭上に片腕を置く間も、冬乃への愛撫を止めず。

 (なん・・で、急に・・っ)

 

 「…総…司さ、ゃめ…ぅんッ」

 施された舌遣いに身の芯を駆け抜けた快感で、冬乃の制止の声は途中でうわずって、

 

 「ぁ…あ……っ」

 冬乃の胸を揉む手が離れた直後、裾を割られ内腿に感じたその熱い手が、迷いもなく奥へと進み。冬乃はおもわず背を反らして逃れようとするも、

 

 頭上に囲われた腕ひとつで止められ、次には襲ってきた幾重もの鋭い快感に、冬乃の呼吸は、もはや追いつかずに激しく乱され。

 

 やがて冬乃の胸元から顔を上げた沖田が、優しくもあの熱の篭る眼差しで、息もたえだえに喘ぐ冬乃を見下ろした。

 「自覚もなく誘うから、こうなる」

 「そん…な、…ぁんんっ…」

 「今夜は “責任” 、取ってもらうよ」

 

 (え・・?)

 驚いて冬乃が涙目で見上げても。冬乃を見返す眼は微笑うだけで、それ以上を告げてはくれず。

 どころか、内腿の奥では更に容赦のない刺激が続いて、

 「…ぁ…あ…ゃあっ、…んっ…」

 喉を圧し出てゆく自身の嬌の声を冬乃はもう止めらないまま、視界が霞がかるなかで、

 横では沖田がそんな冬乃を見下ろしている状況に。

 

 「おねが…ぃ、み…ないでぇ……っ…」

 せめて、訴えても。聞きいれてなどもらえずに。

 「…やあぁ…ッ…」

 

 深い羞恥と。

 それさえ、やがて呑み込むほどの快楽の、

 

 狭間で、

 

 「冬乃・・」

 

 冬乃を愛でるように掛けられた、冬乃が大好きなその声の一押しが、そして冬乃を高みへと押し遣って、

 

 冬乃は刹那に深く弛緩した身を、苦しい呼吸の元で懸命に捩らせ。最後くらい沖田の視線から逃れようと、

 したものの。

 

 がしり、と。

 冬乃の腕は掴まれた。

 

 (総・・っ)

 「この手。借りるよ」

 

 

 朧ろな視界で沖田を見上げた、今の台詞の意味が分からない冬乃の、

 手がそして導かれた先を。

 

 それから冬乃はしばらく、想い出してはあまりの恥ずかしさで全身から沸騰するはめになった。

 

 

 

 

 

 

 そんな、取らされた責任、なるものが。

 

 つい昨日に辞退された “時期尚早” の内容の一つであったらしいことを、その後の夕餉の席で、さらりと告げられて知った冬乃は、

 

 いま、風呂の湯にぶくぶくと顔まで浸かりながら、

 いったいこの先、どれほど未知の体験が冬乃を未だ待ち構えているのだろうと眩暈がしてきて。

 大体、どこかでそれを心待ちにしている自分がいるのだから、認めざるをえない。


 やはり沖田に対しては冬乃は “好色” になってしまうと。

 

 以前に沖田に自ら告白したとはいえ、

 まさかこんなにもだなんて、あの頃どう気づけたというのだろう。


 (恥ずかしすぎてもうぜったい知られたくない・・!)

 

 それでももう、彼にはすでにお見通しなのかもしれず。

 

 

 「~~~っ」

 

 今一度ぶくぶくと。冬乃は湯に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 今夜は冬乃が夕餉の片付けを理由に別々の入浴を固持したので、沖田は仕方なく先に入らせてもらった身を縁側で涼ませていた。

 

 あの時の、冬乃の手を己の手で包みながら果てを迎えた歓喜も、冬乃の小さく柔らかい手指の感触も、

 回想しては、またも先程から疼くものがあり。このままでは再び襲いかねないと、沖田は眼前の枯山水を闇内に眺めながら苦笑する。

 

 思い起こせば己は今日、少なからず寝不足だったはずだ。とっとと寝るべきなのは確かだというに。

 

 

 (あいかわらず修行でもしてる気分だな・・)

 

 冬乃が無意識に誘惑してこようがこまいが、こちらは元より冬乃を慾して仕方がないのである。ならば一緒に住むような事をしなければいいのだが、それを選択肢から除外する気もまた、無い。

 

 (言ってみりゃ自業自得か)

 

 もはや失笑し。沖田は寝室へ踵を返した。そろそろ冬乃が風呂を出る頃だ。

 

 (構わぬ)

 

 と要するに、沖田は結論づけたのだった。

 

 我慢しようが、しなかろうが。どうせこちらは寝不足になるなら、気の向く儘に戯れてしまえと。

 

 冬乃に、最後の一線を越えるを望む気配は、未だ無くとも。彼女は戯れるだけの安心の内でならば、ああして秘めた貪欲さで沖田を求めてくるのだから、


 よろこんで、応えるまで。

 

 

 

 

 

 

 冬乃がつい今しがたみていた夢は。眠りにおちる瞬間までの昨夜の情景をなぞらえて、もう一度繰り返して体験したかのようで。

 目が覚めて珍しくまだ隣で寝ている沖田の寝顔を、見やった冬乃は瞬間、激しく頬を赤らめた。

 

 (もぉ)

 昨夜に愛されたばかりで、

 

 (夢でも愛してもらって・・・)

 

 『ほら、どうしてほしいのか言ってみて』

 沖田の低く囁くような、あの甘い声が、鼓膜に甦る。

 『ぁ…あ…っ』

 冬乃の喉奥から零れおちてしまう声も、

 いつも、自分の声じゃないみたいに。耳から聞いているかの、あの感覚をもって今また冬乃の記憶を想起してゆく。

 

 『そうじ…さん……っ…』

 度重なる深い快楽の波に攫われ、

 朦朧とする意識のなかで、恥ずかしい “おねだり” をどれほど溢してしまったことだろう。

 

 『お…ねが……い…っ…』


 あのとき冬乃は泣くほど求めて、溺れて、


 『・・いいね、』


 幾度も。

 縋った。

 

 『もっと俺にそうやって、わがまま言ってみてよ』

 

 嬉しそうに笑ってくれる沖田に見下ろされながら。

 

 

 (・・・・だ、だめ、もう)

 

 自己を冷静に保てる許容範囲なぞ軽く超えている記憶に、冬乃はついに見つめる沖田の寝顔から、体ごと視線を逸らした。

 くるりと彼に背を向けた状態で深呼吸を試みるも、


 激しい心拍はとうぶん収まる様子など無く。

 冬乃は胸に手を当てて、おもわず目を瞑った。

 

 だから、

 次の刹那に背から温かな腕に包まれた瞬間、冬乃は飛び上がりかけた。

 勿論、硬い拘束の中、飛び上がるどころか背後の沖田にそのまま更に抱き締められたのだが。

 

 「おはよう」

 すぐ耳元で沖田が微笑う。

 「オ・ハヨウゴザイマス」

 硬直する冬乃の後ろでくすりと笑みが続く。

 

 「ずいぶん体が熱いが」

 どうした、と。

 昨夜を想い出して体が熱くなっている、ことなんて、耳まで真っ赤なはずだから聞かなくてもきっと分かっているくせに、

 あいかわらず冬乃を揶揄う沖田の、穏やかに低い声がそっと鼓膜へ落ちて。冬乃は剥れた。

 

 (・・いつから起きてたんですか・・っ)

 冬乃が沖田を見つめてひとり赤面している間からならば、沖田もだいぶ人が悪い。

 

 「冬乃」

 (・・ぁ)

 答えられないでいる冬乃の、そして首筋につと落とされた口づけは。

 (待っ・・)

 昨夜もまたいつのまにか着せられていた襦袢の、襟を。後ろから侵り込んだ手が落としながら、

 冬乃の露わになってゆく肌を緩やかに辿って。

 

 「んん…っ…」

 「熱いね・・」

 首筋から、肩先に、口づけられながら冬乃の襟を落としきった手には乳房を包まれ、

 「・・具合が悪いわけじゃないかどうか」

 

 「診察してあげようか」

 

 (え・・・?)

 落とされたその揶揄いは。冬乃が返事をするよりも前に、

 

 冬乃の内腿へと流れた手によって、為された。

 「…ぁ…んっ」

 その指が、

 冬乃のすでに濡れそぼつ箇所を掠めたことで。

 

 「これが理由なら・・大丈夫だな」

 

 診断結果つきで。

 

 「ただし、こっちの治療は必要そうだ」

 

 

 冬乃は。

 

 もう。されるがままに。

 

 

 

 

 

 朝餉を作って食べている時間など無くなり、屯所へ『出勤』がてら、二人して残りものをもらいに厨房へ寄り道したのはそれから暫くのことだった。

 




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