十三. 一点紅を手折るは①

 

 

 沖田が去った後、露梅が「お隣、座ってもええ?」とその鈴のような声で冬乃を向いた。

 

 冬乃は頷いて。

 気まずいにもほどがあるとは思いながら。

 

 

 「・・冬乃はんは沖田センセのこと、ほんに好いてはるんどすなあ」

 

 そして、その突然の切り出しに、冬乃は。

 すぐには声も出せずに、露梅を見やった。

 

 

 「そんなこと・・ないですよ」

 やっとのことで言葉を押し出した冬乃に、

 だが露梅はくすりと微笑い。

 

 「うそ。見てればすぐわかります」

 

 

 「・・・」

 それは露梅が女性同士の勘ですぐわかるという意味なのか、

 万人の目に明らかなのか。つまりは、

 沖田の目に、明らかだというのか。

 

 再び押し黙ってしまった冬乃に、

 露梅がますます笑い出して。

 

 「冬乃はんて、ほんに、かあいらしいわぁ」

 

 

 (・・・貴女のほうがよっぽどカワイイし)

 

 冬乃の目からすると理想の女性像みたいな露梅に言われても、揶揄われてるようにしか思えない。

 

 今度は渋面になってしまった冬乃に、


 「沖田センセなら、うちのことなんて、なあんとも思うてへんよ」

 

 冬乃からすればまたも唐突に。露梅が言った。

 

 

 (・・・え?)

 

 「うちは閨のお供をさせてもろてるだけ・・それ以上なあんの関係もあらしまへんのえ」

 

 (・・・)

 体だけの関係、といいたいのだろうか。

 

 

 (それでも、・・)

 もし心がだめでも、体だけでも繋がることができるなら

 

 (私には羨ましいのに)

 

 

 「・・・」

 

 よほど物言いたげな目をしていたのか、

 露梅が、くすりと口角を上げた。

 

 「冬乃はんはまだ、殿方はんと共寝しはったことは無いんどすなあ」

 

 その言葉に冬乃が顔を背けるのへ、露梅もまた視線を外し。

 

 「そない日が来たら分かります。抱き合うだけの関係なんて、無いほうがましゆうこと」

 

 その声が、どこか寂しげで。

 はっと露梅を見やった冬乃に、ただ露梅は人形のように微笑んだ。

 

 「もう寝まひょか。あ・・憚り行かはる?」

 お手洗いのことだ。冬乃は頷いた。

 

 「ほな案内します」

 

 

 それからは二人は無言で。

 部屋に戻り、枕を並べて横になりながら、冬乃は露梅のことばを静かに胸に反芻した。

 

 

 抱き合うだけの関係なんて、無いほうがまし

 

 (それは、この同じ世界に居る人どうしだからこそ)

 

 逢う事さえ叶わないと、ずっと諦めていた冬乃からすれば、

 たとえ沖田の心にふれられなくても、その肌でふれあうことができるだけで、きっと・・

 

 

 (・・・でも、露梅さんの言うように、結局それではだめなのかもしれない)

 

 今だって出逢えた奇跡だけで満ち足りることが、どうしてもできなくなっているように。

 

 

 (わからない)

 

 だけど。露梅のあの台詞は、他の客とのことではなく沖田との関係のことを言っていたのだろう、だとすれば、きっと沖田のことを好きなのだと、

 それだけは、感じとれて。

 

 

 (露梅さん・・)

 

 

 それでも私は、貴女が羨ましい

 

 

 (だって、どちらにしても、私には絶対に叶わない)

 

 決して越えてはいけない線なのだから。

 冬乃と沖田が。

 未来の存在と、

 過去の存在である以上。

 

 

 

 

 (・・いいからもう、寝よう)

 

 やがて聞こえ始めた静かな寝息を耳に。

 冬乃はきつく目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌早朝、露梅が起き出したのに合わせて、冬乃も起き上がった。

 

 「ほんにええの・・?も少し寝ててもろうても、ええんのどすえ」

 申し訳なさそうに小首を傾げる露梅に、

 「大丈夫です、いっぱい寝ました」

 二日酔いで少しばかり痛む頭を押さえて、冬乃は微笑んでみせる。

 

 廊下からも、すでに喧噪が聞こえている。

 

 

 「いたいた、冬乃ちゃん一緒に帰ろ」

 

 昨日沖田に教えてもらったやり方で袷を紐で着込んだところで、露梅のほうから帯を結びますと言ってくれたおかげで無事に着付けを完成させた冬乃が、露梅と別れて廊下に出ると藤堂が声をかけてきた。

 

 「おはようございます藤堂様」

 「その、藤堂様ってやめれない?」

 「え?」

 

 覗き込むようにして冬乃に笑いかける藤堂に、

 冬乃が目を瞬かせる。

 

 「そうだなー。名前で呼んでもらいたいとこだけど、さすがに断られちゃうよね?」

 「・・・」

 屈託のない笑顔が向けられて、冬乃は言葉が出てこない。

 

 「とりあえず藤堂さん、にしとこうよ、」

 

 「みんなのことも、さん付けでいいと思うよ」

 藤堂が右手に持っていた大刀を腰に差しながら続けて。

 

 玄関で刀を預ける隊士は少ない。本来、揚屋では預けるのが通例だが、角屋も新選組だからと、預かるのは諦めている。

 

 藤堂の刀から冬乃は、目の前の笑顔へと視線を戻した。

 「わかりました。では、・・藤堂さん」

 「うんうん」

 

 (でも、そうは言われても)

 

 はたして、さん付け呼びが冬乃のなかで定着するのか、今から疑問である。

 

 (沖田様は沖田様だし・・)

 

 「しかし今朝は冷えるね。昨夜雨だったからかな」

 廊下を行き来する隊士たちと挨拶を交わしながら、藤堂が身震いする。

 

 「ええと、永倉さんたちの部屋どこだっけ。起こすの頼まれてんだよね」

 藤堂が呟きながら、

 「そういや昨夜沖田が出てってから、いつのまにか原田さんと山南さんも帰っちゃったんだよなあ」

 

 藤堂の続けたその呟きに、冬乃はぎくっとして彼を見た。

 

 「土方さんもいなかったし。あ、近藤さん起こしてこないと」

 置いていくとこだった。と藤堂が笑って、引き返すべく踵を返した。

 「冬乃ちゃん、ちょっと待ってて」

 

 「はい・・」

 

 

 芹沢暗殺の遂行者は、土方、沖田、山南、原田と言われている。

 近藤は勿論委細を知りながら角屋に残っていた。夜中に屯所に忍び込んだ賊による凶行であると印象づけるためにも、近藤まで帰っているわけにはいかなかったからだ。

 

 「あ、斎藤おはよう」

 引き返したすぐ先で、廊下の向こうを曲がってきた斎藤と出会った藤堂が挨拶する。

 

 「おはよう」

 斎藤が答えた、

 

 その声とほぼ同時に、

 

 「御免!!通してくれ!!」

 

 ドカドカと廊下を掛けてくる血相を変えた隊士数名が、廊下にいる隊士達をかきわけ、

 奥の部屋を目指して、冬乃の目の前を走り去ってゆき、

 

 藤堂も追い越し、彼らは近藤の部屋の前につくなり、

 

 「近藤局長!!芹沢筆頭局長が、何者かに惨殺されました・・!!」

 

 叫んで。

 その場に居た者たちは、耳を疑い一瞬声もなく、その場は静まり返った。

 

 

 「・・・それは、真か・・?」

 

 つらりと開かれた襖の向こう。

 近藤の押し殺した声が、静寂に落ちた。

 

 

 

 

 組の全員が急ぎ角屋を後にし、

 駆け付けた近藤達を迎えたのは、会津の検分を終えて筵をかけられた芹沢と平山の横たわる姿で。

 

 「賊が八木家に夜中、押し入ったようだ」

 土方が、抑揚のない声で隊士達に告げた。

 

 筵の向こうに見え隠れするおびただしい血の色が、昨夜の凄惨さを物語っていた。

 

 

 「芹沢さん・・」

 近藤の震える声は、全てを知る冬乃の耳にさえ、心からの痛嘆と哀悼を帯びて響いてきて、

 それは演技などでは決してなく。やはり止むに止まれぬ事情の結果であったのだと冬乃を納得させるに十分だった。

 

 元々演技が出来るような人ではないだろう。

 近藤の嘆く姿に、角屋にいた永倉達を含めた隊士達が、賊の討ち入りだと信じたのも当然だった。

 

 

 心なしか青白い顔をしている土方の隣に、沖田が寄り添うようにして立っている。骸と化した芹沢達を見る沖田の眼は、何の感情も映してはおらず。

 

 沖田が、冷淡なまでにその剣で任務を遂行する一面を持つ事は、後に敵方の遺した証言が伝えていることを。冬乃は思い起こし。

 

 それでいて、子供に優しく、目上に敬愛をもって接する、そんな温情の一面も伝え遺されている彼は。

 そうして人を愛し、他方で人を非情に斬り捨てる、そんな正反対の両面を持ち合わす、

 言い換えれば、己の精神をそうまで厳格に律し得た人であるという事に。他ならず。

 

 

 (だから・・これは、まだ始まり・・・)

 

 これから幾度も。沖田の非情な一面をみることになるのだろう。

 

 

 冬乃は、小さく息を吐いた。

 

 (大丈夫)

 

 彼の戻る先の姿は。

 いつもの、優しい彼なのだから。

 

 

 

 「冬乃ちゃん、」

 

 遺体を清めるために埋葬予定の壬生寺へと芹沢達を運ぶ隊士達を、遠くに見送りながら、

 横で藤堂が沈痛な表情で囁いた。

 「これからしばらく八木さん家に泊まれないよね・・」

 

 現場は、いくら掃除し畳を取り換えても、しばらく血の臭いが抜けないだろうと。

 八木家人達も、いま親戚の家へ行っているはずだ。

 

 (そうだ・・どうしよう)

 

 「ひとまず俺らのいる離れにおいでよ」

 「・・わかりました」

 

 

 (って、今なんて??)

 

 ぼんやり返事をした後から、藤堂の提案が鼓膜に再生され、冬乃は驚いて顔を上げた。

 

 「・・・」

 藤堂の顔を見やって冬乃が、もう一度聞き直さずとも確かに、離れと発音していたはずと思い起こしながら戸惑っているうちに藤堂が、

 「女使用人部屋じゃ、ちょっと夜は心配だし・・」

 と二言めを継ぎ。

 

 「離れはかなり狭いから、冬乃ちゃんには可哀そうだけど」

 (え、いえ)

 そういう問題より、

 

 (沖田様と『同じ屋根の下』ってこと?!)

 

 

 「・・・」

 素直に喜ぶ気分が湧いてこないのは、勿論そうなる大本が芹沢達の暗殺であるからで。

 

 どちらにせよ、冬乃が喜ぼうがそうでなかろうが、確かに他により良い選択肢があるようにも思えなかった。

 

 (・・・全く考えてなかった・・)

 

 

 「冬乃さん、」

 

 その声にはっと顔を向ければ、いつのまにか傍へ来ていた沖田が、心配そうな表情で冬乃を見下ろし。

 

 「しばらく貴女が泊まる場所の事だけど、」

 続いたその台詞にどきりとして見上げた冬乃の横、

 「俺もそれ思って、いま冬乃ちゃんにも言ったんだけど、俺達の離れでいいよね」

 藤堂が繰り返して。

 

 「ああ。それが一番妥当だろうね」

 沖田も。頷いたのを。

 

 今度こそ、冬乃は。

 反応することができないままに。茫然と二人を見つめた。

 

 



 

 

 朝が早かった隊士達へ、茂吉と急いで早めの朝餉を出してのちも、厨房での仕込みの仕事やら掃除洗濯で明け暮れた一日を終え、

 冬乃は独りひっそりと八木家の風呂場を使いながら、ついに差し迫った夜に今なお困惑していた。

 

 

 (沖田様と一緒の部屋・・)

 

 それは本来ならば、嬉しいはずなのに。

 あいかわらず心内は複雑だ。

 

 

 今日は一日中、『賊に討ち入りされた』隊内は、憤慨しており。

 新選組を襲う賊として一番に考えられる長州の、今や政変の後で留守居役と警備人以外は居ないはずの藩邸に、残党が潜んでいる可能性を叫んで、乗り込もうと声高に勇む者も多く。


 隊内のそんな険悪な雰囲気の中で、真実は語れず口を噤んでいなくてはならない近藤達の心情を想うと、いたたまれなかった。

 

 

 会津の御意向による内部粛清だと、世間に知れるわけにはいかない。かといって、隊内の覇権争いによる殺害だと、勘ぐる者に噂させておくまでは仕方ないにせよ、組自らその虚偽を公にすることもまたあり得ない。

 

 組の隊士の殆どが不在だった間に、泥酔して先に帰屯した芹沢達を狙った反幕府側の賊による犯行、

 この筋書き以外の何も、あってはならないのだ。

 

 

 

 冬乃は、何度目かの溜息をつき。髪を拭いて早々に風呂場を出た。

 

 渡り廊下から見渡せる、芹沢達のかつて居た部屋の縁側には、目がいかないようにしながら、冬乃は土間を通り抜け、人気のない真っ暗な八木家の周りをぐるりと回りこんで離れへと向かった。

 

 髪から時おり垂れる雫が、冬乃の寝衣をじわりと濡らす。

 

 (ぜんぜんドライヤーがない状況に慣れないな。冬は風邪ひきかねない)

 そんな、暗殺の件と関係の無い事をむりやり頭に浮かべながら、冬乃はやがて離れの縁側へと辿りついた。



 煌々と障子の内から橙色の灯りがもれている。

 草履を脱いで、縁側へとそっと上がり。

 どう声をかけようかと動きを止めたところで、あいもかわらず気配に敏い誰かの手によって障子は開かれた。

 

 「いらっしゃい冬乃さん」

 山南だった。

 

 「・・貴女も、嫌な想いをしてしまったね」

 山南も暗殺に加担した一人だ。彼の一瞬の辛そうな表情を冬乃は見逃さなかった。

 

 「いえ、・・しばらくお世話になります」

 冬乃はそっと頭を下げて。

 

 山南に促されるようにして中に入った冬乃の目に、永倉と島田が映った。

 他の皆はまだ帰っていないようだ。

 

 「こんばんは、冬乃さん。狭くてすまないね」

 永倉達も声をかけてくれる。

 「そんな、」

 慌てて冬乃は首を振った。

 「お邪魔します」

 

 「貴女の布団にと思って、今日一日、予備のを干しておいたから、それを使ってください」

 奥にひとつだけ押し入れから出されて畳まれて在る布団を差して、島田が言うのへ、

 冬乃は驚いてぺこりと返した。

 「お気遣いすみません。有難うございます」

 

 「あ、冬乃ちゃん」

 そこに藤堂が戻ってきた。

 「よう嬢ちゃん!」

 続いて原田。

 

 「沖田なら、そろそろ戻るだろうから、もう少し待っててな」

 その原田の追わせてきた台詞に、

 「え」

 冬乃はおもわず首を傾げた。

 

 (そんなに私、沖田様を探してるようにみえた?)

 そもそもよく沖田の傍にいる冬乃は、いつでも親犬の後ろをついてゆく仔犬にでも見えているのかもしれない。

 

 「沖田とそういう仲、だろ?」

 だが、続いた、にやにやと揶揄う原田のその台詞に、

 冬乃は、昨夜の沖田の発言を一瞬にして思い出した。

 

 (あれを、まさか信じたの?!)

 

 芹沢から冬乃を守るために沖田が放った、例の『俺の女発言』である。たしかに原田もその場に居たが。

 

 「「何だ、それ??」」

 驚いたのは、あの時まだその場に居なかった永倉達である。

 

 「違うよ、あれは」

 藤堂が訂正した。

 「沖田が芹沢さんの隣に冬乃ちゃんを行かせなくて済むように嘘ついたの」

 

 

 芹沢の名が出て。一瞬空気が揺れた。

 口にした藤堂も、すぐにはっと息を呑み。

 

 「・・・」

 

 未だ、それぞれの心中が平穏を取り戻すには、やはり暫くの時を要しそうだった。

 

 原田が一呼吸のちに、「なんだ、そうか」と返事をし。

 

 声なく冬乃は小さく頷いた。

 

 

 

 

 「もう来てたのか」

 藤堂達が無言でそれぞれ本を読んだり寝転がったりしている中へ、次に障子を開けて入ってきたのは土方だった。

 

 「お邪魔しております」

 会釈する冬乃に、今日は憎まれ口が飛んでくることはなく。

 

 次いで入ってきた沖田が、冬乃を一瞥し、とくに声をかけてくる様子もなく押し入れまで移動するとすらりと開ける。

 「・・お世話になります」

 その背に、冬乃は挨拶を追わせた。

 

 行李を取り出した沖田が、その声に振り返って「こちらこそ」と返してきた。

 「あの、そろそろ皆様に」

 お茶をお淹れしますね、と冬乃は間が持てずに立ち上がり。

 

 「お、冬乃さんか」

 そこにまもなく手拭の桶を抱えた近藤と井上も入ってきて。

 

 最後に斎藤も入ってきて、あっという間に部屋の中は密集状態になった。

 

 

 (いつもやっぱりこんな狭い状態で過ごしてたんだ)

 

 全員揃ってみると、本当に狭く感じる。

 冬乃は当惑して、いったいこの状態にどうやって布団を並べているのか改めて疑問になった。

 

 (・・・近藤様たちだけでも、前川邸の離れを使えばいいような)

 

 だがすぐに冬乃は得心するものがあり。

 

 (そうか)

 局長部屋は、これまでは芹沢達の仕事部屋でもあったために、占有できなかったのではないか。芹沢達が屯所に居たことは殆ど無かったとはいえ。

 

 そうなれば土方山南だけが、広い前川邸離れの副長部屋を寝床に使うはずもなく。

 

 (なら、これからは・・・)

 

 芹沢達がいなくなった今。

 時期を見て、近藤は前川邸離れへ移るのだろうか。

 局長部屋と副長部屋はそれぞれ六畳間だ。間を開け放つこともできる。近藤と土方山南が広々と寝泊まる余裕は充分にある。

 

 そしてそうなれば、近藤を己の目の届かない処に寝かせるはずがない沖田も、合わせてそこへ移動することだろう。

 原田達までが前川邸離れに入ることはないだろうが、かといって、ここ八木家離れは近藤たちから遠過ぎることになるので、恐らくは彼らも同時に前川邸の隊士部屋のほうへと移ることになるのではないだろうか。

 

 (となれば、ここに皆で泊まるのも、あと少しの間だけかもしれないんだ)

 

 「・・・」

 そう思ってみれば、やっと冬乃は嬉しくなった。

 

 新選組創成期からの中核の全員と、共に床を並べて寝泊まる、

 この二度と来ない最後の機会を。

 

 

 

 前回同様、部屋に用意してあるやかんに井戸から汲んだ水を入れて、庭先で火を熾すのを藤堂が手伝ってくれて、全員の茶を淹れ終わった冬乃は、

 各人の元へと配ってから、再び部屋の隅へ行ってそっと畏まって正座した。

 

 本があるわけでもない冬乃は、どうも手持無沙汰だ。

 

 先程よりは張りつめた空気も和らいだ中で藤堂が、なお居心地の悪そうな冬乃を気遣うように横まで来て座った。

 

 「冬乃ちゃんって、どんな未来からきたの?」

 

 その言葉に冬乃が驚いて藤堂をまじまじと見ると、彼はにっこりと微笑んだ。

 

 (そうだった・・)

 藤堂も、初めからまるで信じようとするかの言動を、ずっとしてくれていた。

 

 (藤堂様って本当に優しい・・)

 

 どんな未来

 もっとも、それは難しい質問ではあったが。

 

 

 冬乃にとっては。

 

 (『沖田様のいない未来』)

 

  

 「・・人も物も増えた世界、です」

 

 「ええ?」

 笑って藤堂が聞き返す。

 「なにそれ」

 

 「未来は、今より国の人口がずっと増えて、たとえば東きょ・・江戸は人が多すぎて軋轢も多くて皆安らぎを求めてばかりです。物もいろいろ増えて、・・この時代のように何度も大切に使い直したりしなくなりました」

 

 江戸時代は、現在では考えられないほどにリサイクルが当たり前で、地球環境に当然やさしく、効率も良い優れた仕組みが出来上がっていて、

 その点で非常に見習うべき時代といわれるのを冬乃は聞いている。

 

 

 「・・・」

 いつのまにか部屋にいる全員が、冬乃に注目していた。

 

 「ふうん。なんだか、未来は良くなるんだか悪くなるんだか、いまいち分かんないね」

 「はい。ほんとに」

 冬乃は微笑った。

 

 「不思議だな。こうやって話を聞いていると、本当に貴女が未来から来たような錯覚をおぼえるよ」

 山南が呟くように言った。

 「いや、御免。正直に言えば、私は貴女が未来から来たと信じてはいないんだ。いつか記憶を取り戻す日が貴女にくると願っているよ」

 山南も、冬乃が記憶を失っていると思っているようだ。

 誠実に、包み隠さず心の内を話す山南に、当然冬乃は、信じてもらえなくても温かいものを心に感じて、「いいえ、有難うございます」と頭を下げた。

 

 「俺は信じてるぜえ」

 勿論、原田である。

 「ありがとうございます」

 冬乃は相好を崩した。

 

 沖田様は・・

 冬乃は、つい沖田のほうを見た。

 

 いつも冬乃が未来から来たという前提で会話をしてくれるが、本当のところそれを信じているのかどうかまでは、定かではなく。

 

 ただ、冬乃という人そのものは信じてくれている、それはもう、すでにずっと強く感じている。

 

 

 視線を寄越されて沖田が、口元を笑ませた。

 「俺も信じるよ」

 

 (本当に・・信じてくださるのですか)

 土方が一瞬、沖田を見やったのを、冬乃の目は捉えながら。

 

 (どちらであっても。そう言ってくださるだけで、やっぱり嬉しいです)

 冬乃はぺこりと会釈を送った。

 

 

 「さて、」

 近藤が、茶を飲み干して声を挙げた。

 

 「皆、そろそろ寝るしたくをしようか」

 

       


 



 

 



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