一二. 朱時雨⑤


 

 ―――――行灯の火は落とされ、

 障子を透ける外の藍色に染まった、朧ろな薄闇の、静寂のなか。

 布擦れの音でさえ、冬乃の鼓膜を刺激して。

 

 「・・・沖田・・様・・?」

 

 褥のうえで。気づけば、沖田が表情を闇にとかし、冬乃を見下ろしていて。

 

 刹那に、

 冬乃の薄い一枚の襦袢で、かろうじて留めていた互いの境界を

 いとも簡単に超えるように沖田の両手が、冬乃の襟をするりと開け広げた。

 

 「え?・・や、」

 首筋に沖田が顔をうずめてきて、冬乃は我にかえり。

 

 「沖田様なにし・・っ、」

 身を捩った冬乃の、露わになった両肩を、沖田の武骨な両手が包みこんで、

 それは、そのまま冬乃の上腕へと辿り下り。

 

 優しく、それでいて力強く、

 冬乃のささやかな抵抗を封じるように。冬乃の両腕を抑えた。


 「っ・・・」

 再び喉元に顔を寄せられ、冬乃は。

 熱い息遣いとともに、口づけられた熱を首筋に感じ、

 びくりと震えた。

 

 冬乃の上で、沖田が身を起こし。

 片手を冬乃の腕から離した。

 

 

 「・・冬乃、」

 

 背けていた冬乃の頬は、沖田の大きな手のひらで覆われて、

 そっと沖田へと向けさせられ。

 睫毛を震わせた冬乃の瞳のなか、

 沖田が、囁いた。

 その低く穏やかな。冬乃の好きな常の声で。

 「大丈夫、」

 

 ”このまま、じっとしてて”、と。

 

 その眼が柔らかに微笑み。冬乃は息を呑んで。



 冬乃の上腕を掴み直した沖田の、両手が、

 かろうじて留まっていた冬乃の左右の襟を

 徐々に、滑らせ落として、

 

 完全に露わになってゆく冬乃の胸元へと、

 沖田が、顔をうずめてゆき。


 「・・・っ」

 その手は、

 

 「・・ン………」

 

 冬乃の乳房へと下り。


 (沖田、様)

 「・・待っ、て・・おねがい」

 

 冬乃の制止は、

 

 (やっぱり、まだ、)

 

 聞き入れられることはなく、

 

 (気持ちの、準備できな・・)

 

 徐々に、激しくなってゆく口づけに、

 「・・やぁ、………っ」

 手の動きに、

 

 冬乃の息は、乱されて。

 

 

 

 おきた、さま

 

 紡ごうとした彼の名は、

 もう声にも、ならなくて。――――――――








 (・・・・え?)

 

 冬乃は見開いた目を瞬かせた。視界に飛び込んだ天井を見つめて。

 

 辺りはほんのりと明るく。

 隣には八木妻女と為三郎達が、まだ、すやすやと寝ている。

 

 

 (今の・・・って、)

 

 つい今しがたまで見ていたものを。冬乃の頭が、理解した時。

 

 

 「き、ゃあ・・、」

 危うく叫び出しそうになって、咄嗟に冬乃は自分の口を押えた。

 慌てて為三郎達を見やれば、今ので起こさずには済んだようで、ほっとしながら。

 

 

 かっと頬が激しく紅潮するのを感じ。


 (な、)

 

 

 なに今の夢!?!?

 

 

 心の中で絶叫し、なおも声にも出して絶叫しそうになるのを抑えながら熱いままの両頬を手に覆う。


 昨日は。

 昼間に沖田の腕の中に閉じ込められて。

 夜は山野に襲われ。

 そして沖田に、癒されて。

 

 

 だからなわけ?

 

 

 だからって。

 

 こんな。

 

 

 

 (もお沖田様の顔、今度こそ見れない・・・!!)

 

 

 冬乃は顔の前で腕を交差し。

 激しい鼓動を打つ心臓の音をやり過ごすために何度も深呼吸をしながら、

 

 完膚なきまでに。

 

 打ちひしがれた。

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよ冬乃ちゃん」

 

 広間でまだ皆の朝餉の膳を用意しているさなかに入ってきた藤堂が、真っ先に冬乃に声をかけてきて、冬乃は振り向いた。

 「おはようございます・・」

 

 「?どうしたの」

 「え」

 「寝不足?なんとなくクマがあるよ」

 「・・そうかもしれません」

 

 確かに随分早くに目覚めて、あのまま寝付けずにいたから、とれた睡眠時間は短かっただろう。

 

 今なお、ありありと思い起こせる、目覚める直前まで見ていたその夢を。冬乃はまたも脳裏に展開してしまい、かあっと顔を紅らめた。

 

 (もお・・や)

 

 いいかげんにしたい。

 夢回想。これでいったい何度目になるのか。

 先程は厨房でぼんやりして危うく火傷しかけた。

 

 だいたい思い起こすたびに、むしろ、

 よけい記憶に刻まれてる気がしてならない。

 

 

 ひとり紅くなった冬乃を不思議そうに見やって藤堂が首を傾げる前、

 冬乃はぺこりと会釈して逃れるように、残る膳を取りに広間を出た。

 

 

 とぼとぼ厨房へ向かって歩いていると、厨房の入口に立っている男が見えた。

 嫌な予感がしながらも歩を進めると、案の定、

 あんな夢を見た最大の元凶(に思えてならない)山野だった。

 

 「おはよう、冬乃」

 

 山野が『女中』やら『おまえ』でなく名前で呼んできたのは、初めてな気がする。そう思いながら、

 「呼び捨て、やめてもらえませんか」

 不機嫌を隠さずに冬乃は仏頂面で返した。

 

 夢の中で沖田に、冬乃、と呼ばれたことを

 もちろん覚えているからで。

 

 (・・・)

 

 そのまま一瞬で山野を突き抜けて、夢の中の沖田を回想した冬乃の、

 ぼんやりとした視線に。山野が何を思ったか、

 「昨日はごめん」

 と呟いた。

 

 (・・・ん?)

 

 なにか謝られたような気がする。山野へ焦点を戻した冬乃に、

 

 「それとおまえ、未来から来たとか言ってるんだってな。聞いたよ」

 と山野が真顔で続けた。

 

 「俺、信じるよ。おまえがいろいろ変なのも、それなら納得いくし」

 

 「・・・有難うございます」

 

 信じてくれる理由が微妙だが、ありがたくはあるので素直に礼を返すと、

 山野が満面にその可愛い笑顔をみせてきた。

 

 「・・・」

 何度か見たおかげで、さすがにもう動揺はしないものの、

 

 (詐欺だよね。こんな顔して、あんななんだから)

 胸中、溜息をつく。

 

 「詫びに奢りたいんだけど。おまえ甘味とか好き?」

 山野がまだ話を続けて。冬乃は首を振った。

 「好きですけど、貴方とは行きません」

 「・・・」

 「朝餉の支度の最中ですので、失礼します」

 

 

 押し黙った山野の前をすり抜け、厨房に入ると原田が居た。

 

 「原田様、おはようございます」

 食事とセットの時の原田は、その存在だけで愛らしい。つい癒されながら挨拶すると、

 「おはよう嬢ちゃん!」

 原田もすぐに、にこにこ挨拶してきた。

 

 「どうしたんですか?こんなところで」

 「もう腹減りすぎて我慢できなくてよ、つまみ食いに来た!」

 そのやっぱり可愛い返事に冬乃は笑ってしまいながら、広間へ運ぶ膳を手に取る。

 

 「それでしたら、ごゆっくり」

 傍で原田の存在に内心迷惑している茂吉が、ぎょっとするような台詞を原田に残して、冬乃は厨房を出る。

 

 入口にまだ山野がいたが、無視して広間へ向かっていると、

 「俺も手伝うよ」

 と追いかけてきた。

 

 「結構です」

 「昨夜のこと怒ってるなら許してくれよ」

 「もう思い出したくもないんで、昨夜のことは口にしないでもらえますか」

 (今更、謝られてもね)

 

 「なあ、どうしたら許してくれる」

 

 庭まで来ながら、山野がなおも追いすがる。

 さすがに朝日の中で二人で問答していては目立つのか、廊下をやってくる隊士達が一様に何事だと冬乃達のいる庭に顔を向けてくる。

 

 冬乃は閉口して、立ち止まった。

 

 「仕事の邪魔しないでいただけませんか、山野様」

 

 「冬乃、・・さん、本当にすまなかった。何か償わせてよ」

 「話しかけないでくださることが一番です」

 返しながら、

 隊士達の中に沖田の姿が見えて、次の瞬間には目が合って。冬乃は固まった。  

 

 山野と居るところを、見られたくない。

 途端にそんな想いが巡って、冬乃は後ろでまだ呼びかけてくる山野をもう見もせず、庭を横断し。

 

 

 広間に入ると大分、人が集まっていた。諦めたのか山野が、すでに来ていた中村の隣に座すのを視界の端に、膳を並べてゆく。

 まもなく茂吉も膳を手に入ってきて、「これで全部や。もう座ってええで」と言うのを受けて、冬乃が前掛けを外すと、

 

 「冬乃ちゃん、こっち」

 と、すかさず藤堂が再び声をかけてくれた。

 

 今更ながら、一応使用人の立場なのに、いつも幹部達の隣に座っていていいのだろうかと頭の片隅で思いながら、

 向かう先の藤堂の隣に居る沖田に、冬乃の心臓は早鐘を打ちはじめて。

 

 (・・・どうしよ)

 

 本当に。今回ばかりは、まともに顔を見れそうにない。

 

 

 「おはよう冬乃さん」

 沖田がその変わらない穏やかな笑顔で、やってくる冬乃を見やって、

 冬乃は目を合わせられないまま、おはようございます、と小さく会釈をした。


 藤堂が、当たり前のように自分と沖田との間に、冬乃を座らせる。

 

 

 

 食事が始まっても。

 

 (ごはん、)

 

 隣の沖田に。

 冬乃の全神経が、引っぱられたまま。



 (全然、のど通らない・・)

 

 

 「冬乃ちゃん、山野さんと何かあったの?」


 「えっ」

 突然あらぬ方向から、冬乃にすれば神経ごと総毛立つような質問が投げられて、冬乃は飛び上がりそうになった。

 のどに通らないどころか、逆に今ので一瞬つまりそうになりながら反射的に藤堂を向いた冬乃に、勢いよく向かれた藤堂のほうが驚いて目を見開く。

 

 「何も無いですよ」

 そのまま早口で即答してしまった冬乃の、何か隠していることがこれでは筒抜けであろう態度を前に、案の定、藤堂が無言になる。

 

 (広間に居た藤堂様にまで、いつのまに、さっきのやりとり見られてたんだろ)

 

 このぶんでは、沖田も何か気が付いているに違いなく。

 

 ますます沖田のほうを見られなくなった冬乃は、再びのどを通らなくなった煮物を諦め、味噌汁を手に取った。

 何も聞いてはこない沖田に、安堵とうらはらに余計な寂寥感をまたも感じて、そんな自分に呆れながら。

 

 

 

 そのうち沖田が近藤との会話に夢中になっているのを耳に、冬乃は早々に食事を切り上げて、席を立った。

 

 藤堂がどこか心配そうに見上げるのへ、会釈で返して。朝の巡察を割り当てられている隊士達が、同じく早々に片付けだした膳を、受け取りに向かった。

 

 

 

 次に沖田の姿を見たのは、一刻後だった。

 厨房の仕事を終えた冬乃が、掃除の道具を手に隊士部屋へ向かうさなかに、沖田と斎藤が並んで道場のほうへ向かっている後ろ姿が、遠くに見えた。

 

 (これからお二人で稽古なのかな)

 

 見たい・・・

 

 心に沸き起こったその欲求に、冬乃は二人の消えた遠くの角を見つめる。

 (ちょっとくらいなら、・・いいよね)

 茂吉に心内で詫びながら。

 冬乃は、彼らを追って道場へと足を向けた。

 

 

 近づくにつれ、期待が冬乃の胸を躍らせて。向かう冬乃の足どりは自然と早まる。

 床を踏み鳴らす、その剣道特有の音が辺りに鳴り響き、大小様々な掛け声がその音を追う。

 

 

 「試合すんだってよ」

 入口の手間で、永倉の声がした。

 

 「あいつら今来たばかりだろ?もうやるの」

 半分呆れたような原田の声が続いた。

 「ほんと好きだねえー」

 

 入口から覗くと、戸のすぐそばに居る永倉と原田が、外した面を抱えて立っている。

 「あれ、嬢ちゃん」

 すぐに気づかれて冬乃は草履を脱ぎながら、ぺこりと会釈した。

 

 「ここなら、俺らでいつも掃除してるから、やらなくていいよ」

 手に持っている掃除道具に気づいたのか永倉が、声をかけてきて。

 「あ、はい」

 きっと朝、道場の端から端まで、皆で雑巾がけをしているに違いない。冬乃は想像しておもわず微笑んだ。

 

 視線を遣れば、道場の向こう側には沖田と斎藤が、それぞれ座って防具をつけていた。

 先程聞こえた永倉達の会話からすると、二人が試合を始めるということなのだろうか。

 

 「いや、新八さんがいる時でないと、試合できないからだよ」

 永倉の横で黙って腕を組んでいた島田が、ふと思い至った様子で呟いた。

 

 

 (・・どういう意味だろ?)

 

 冬乃が首を傾げる先、防具を着け終えた二人がほぼ同時に立ち上がり、道場の中心へと向かってゆく。合わせて周囲が竹刀を止め、端へと移動してゆき。

 

 道場の中心には、沖田と斎藤だけになった。

 

 永倉が、おもむろに彼らのほうへと歩み出し。

 

 「では審判は私、永倉が務めさせていただく」

 「お願いします」

 沖田と斎藤がどちらともなく返しながら、距離を取って竹刀を構え。

 

 

 次の刹那。

 

 びりっ、と冬乃の肌が鳥肌を立てた。

 

 (・・・え)

 

 静かに竹刀の先を互いへ向け合った二人の。

 発した気であると。

 

 冬乃が思い至ったその時、更なる威圧感が冬乃を襲った。

 「っ・・」

 一瞬息が止まって、冬乃は慌てて意図的に空気を吸い込む。

 こんな重圧な闘気を浴びるのは、冬乃の師匠の集まりでの試合以来だ。

 

 (でも今、ここまで離れてるのに)

 道場の中心に居る二人から、冬乃までは相当距離がある。

 それなのに息をするのも苦しい、酸欠に近い状態を感じながら、冬乃は手に持つ箒の柄を握り締めた。

 

 

 充満する闘気の中、道場じゅうの人間が固唾を呑んで見守る先で、

 微動だにしない二人の竹刀が、互いの間合いの一寸外で、まるで真剣を突き合わせているかのように留まり。

 

 (平成の剣道試合とは違う。・・・おそらく、)

 前提が、まるで違うのだ。

 冬乃は食い入るように、制止したままの、二人の竹刀の先を見つめ。

 

 ―――初めから、

 『殺し合うこと』を想定している、試合。

 

 

 「・・・」

 全く動かない二人を、周囲が同じく動きの一つも起こせぬままに。勝敗の決する瞬間を今か今かと待つ。

 

 (凄い)

 

 この、緊迫感。

 冬乃の手に、汗が滲んでゆく。

 

 (・・・二人の)

 

 間合いさえ、

 

 (あんなに広い)

 

 

 

 ―――間合い、

 それは、剣の結界であり。

 

 攻撃が一瞬に届く距離。

 

 よって達人ほど、相手の間合いに、不用意に侵り込むことは無い。

 

 

 沖田と斎藤は、当然、その互いの間合いの、僅か一寸だけ外で構えているはずだ。

 二人が動いた瞬間が、勝敗の決まる瞬間ということになる。

 




 (・・・・)

 

 どのくらい、時間が経っただろう。

 

 

 開け放たれたままの、道場の外から、

 一陣の風が、つと

 木の葉を伴って吹き込んで。

 

 

 ダンッ

 パァン・・・!!

 刹那に、連続で鳴り響いた衝撃音が、止むより早く、

 「一本!!」

 永倉の鋭い声が、道場を震撼させた。

 

 (え・・・?)

 

 冬乃が目を凝らす先、

 沖田の剣先は斎藤の喉元に、斎藤の剣先は沖田の籠手に在った。

 

 

 (うそ)

 

 今どっちが先に決まったの・・?

 

 (全然・・・見えなかった)

 

 道場に動揺が広がる中。

 

 永倉の手は、沖田の側を差して上がった。

 

 「勝負あり、沖田ッ」

 

 

 途端、周囲から様々な歓声が上がり、

 二人は竹刀を下ろす。

 

 

 

 (・・・・なんか、ショック・・)

 

 一応は平成の世で全日本三年連続優勝の身でありながら、いま二人の剣筋が全く見えなかったことに、

 冬乃は衝撃を抑えきれず。茫然と、面を外して永倉とこちらへ向かってくる二人を見つめ。

 

 「は、・・あいかわらず、すげえな」

 隣で原田が、三人の方向を見たまま、ぼそりと呟く。

 

 「ほんと永倉さんじゃなきゃ分かんないよね、あんなの」

 いつのまに来てたのか、続いた藤堂の声に、

 そして冬乃ははっと彼を見やった。

 

 (藤堂様でさえ、見えなかったんだ・・)

 

 島田が言っていたことは、そういう意味だったのだ。

 

 

 (あれ、なんか目がかすむ)

 

 「冬乃ちゃん・・!?」

 「え」

 藤堂の驚いたような声に、冬乃は目を瞬かせた、

 同時に、頬を伝う熱を顎先に感じて。

 

 (あ、・・)

 

 自分の目から溢れた涙だった。

 

 まさか、本当に泣くとは。

 自身で驚いた冬乃は、慌てて手の甲で涙を払って、

 その横で原田が、冬乃を覗き込んで笑った。

 

 「あーあ、やつら嬢ちゃん泣かした」

 「大丈夫?そんな泣いちゃうほど怖かった?」

 (え)

 藤堂が心配そうに見つめてきて、冬乃は急いで首を振る。


 「違うんです、その、感動して」

 

 冬乃の返しに、藤堂達が目を見開いた。

 「ああ、」

 ややあって、島田が微笑って。

 「あの二人の試合を初めて見た時は、私も感激して泣きそうでしたよ」

 

 「そうか。そうだよね。さすがに俺らは見慣れたけど」

 「まあ、いつも沖田が勝つんだけどな」

 (え)

 そこに、ちょうど永倉達が、辿りついた。

 

 三人へ顔を向けた冬乃の前で、

 斎藤が無表情のままに沖田を見やった。

 

 「全く、あんたは一度くらい譲る気は無いのか」

 

 「許せ」

 そんな斎藤に、沖田が答えて笑った。

 「おまえ相手じゃ、手を抜く余裕がないんだ」

 

 冬乃は声もなく、まじまじと二人を見つめて。

 「冬乃ちゃん、」

 藤堂がそんな冬乃に声をかけた。

 「そういえば、どうしてここにいるの?」

 

 (・・・あ)

 

 二人の稽古見たさに、覗きに来た。

 なんて言えない。

 

 「掃除に来たんだよね」

 永倉が、冬乃の手に握り込まれたままの箒を指して言った。

 「そ、そうです」

 乗じて頷く冬乃に、藤堂が、ああと微笑う。

 「ここは皆で朝掃除するから、大丈夫だよ」

 「それ俺言った」

 永倉が横から言い足す。

 

 「はい、お邪魔いたしました!」

 冬乃はくるりと方向転換して、高鳴ったままの鼓動を胸に、足早に道場を出た。

 

 

 

 



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