四. その訳





 夕餉の席で。

 

 沖田のすぐ隣に座る冬乃に対し、皆の視線が穴のあきそうなほどに刺さっていた。

 

 (蔵で食べたほうがまだマシだったかも・・)

 冬乃は先程から縮こまっている。

 

 だがそれ以上に。

 すぐ隣に沖田がいることが、たとえ監視のための同席にせよ、かなりの幸せで。


 心臓が、ともあれ、

 

 やかましい。

 



 「おい、女」

 

 不意に聞こえたその声に冬乃は、夢見心地に彷徨っていた意識を、はっと戻した。

 

 「おまえは何で稽古着など着ている」

 見れば、向かいに座る芹沢が、その威圧のある面構えでこちらを睨んでいる。

 

 いや、睨んでいるつもりはないのだろうが、他に形容しようがない。

 

 (何で、って・・)

 

 冬乃は芹沢のいかつい面を見返しつつ、内心、首を傾げた。

 

 ここに来るときまで剣道の試合をしていたからだ、などと答えれば、果たして皆はどう反応するのだろう。

 

 (これって千葉さなこサンみたいなカンジ?)

 この時代でも冬乃が思いつく限り、北辰一刀流千葉道場の彼女や、坂本竜馬の姉おとめなど、女でも剣術で鍛錬を積んでいる人は一応いる。

 

 なにも鍛錬を積んでいるとまで言わずとも、護身のために剣をたしなんでいるというくらいならば、何とか、ありえなくはない。

 

 だけど。

 と冬乃は、ふと思う。

 ただでさえ、密偵だなどと疑われているさなかである以上は、どうであれ怪しいではないか、と。

 

 (どう言おう?)

 

 

 「・・おい」

 

 黙ってばかりの冬乃に、芹沢が苛ついた様子で促す。

 

 (・・素直に言えば?)

 どうせ未来から来たとつっぱねてるんだから、今更何を言おうが変わりゃしない。

 

 冬乃は心に決めた。

 

 「たまたま、ここに来る前に着・・」

 「どこから、来る前にだって?」

 

 いきなり遮った鋭い声に、冬乃は咄嗟に、そのほうへと視線をずらした。

 

 その先で土方が、やはり睨むようにして、・・いや、本当に彼の場合は、睨んで、こちらを見ている。

 

 いいかげん冬乃は呆れたい気分で、その土方のほうへと向き直った。

 「ですから未来からです」

 

 「まだ言ってんのか」

 土方のほうも呆れた様子で返してくる。

 

 大概にしろと、その目は明らかに怒っていた。

 


 (なんだか・・)

 

 冬乃は冬乃で、あまりに取り付く島もないさまに、いいかげんに腹が立ってきた。

 

 「・・本当に、どうすれば信じてもらえるんですか。例えば私が明日起こることを当ててみれば信じます?」

 

 冬乃は売り言葉に買い言葉で返していた。

 

 「ほう」

 

 土方がさらに言葉を買い。

 

 「当ててみれるなら、やってみろ」

 そう言うと嘲笑を口元に浮かべる。

 

 「まあまあ、」

 みかねた藤堂が、苦笑いを浮かべ間に入った。

 

 「食事の時くらい、とりあえずいいじゃない」

 

 「いつまでもタダ飯食わすほど、うちは裕福じゃねえんだよ。とっとと吐いてくれねえと俺たちの飯が減る!」

 

 (んな、)

 そ、そんなに減るほど食べてないでしょー!?

 

 おもわず心内で叫んだ冬乃を、土方がぎらぎら光る目で見返した。

 「当ててみろ!そしたら信じてやらあ」


 「もう、土方さんってば!冬乃さんも、気にしなくてもいいからね?」

 

 (藤堂様って優しい・・)

 冬乃は救われる想いで、こちらを窺う彼に頷き返した。

 

 「土方さんの言うとおりですよ」

 

 (え?)

 だが突如、隣から沖田の言葉が降ってきて。

 

 (・・いま、なんて)

 「沖田様・・・」

 

 驚いて見上げた冬乃を彼は、静かに見返した。

 

 「当ててごらんなさい。こちらが信じるとしたら、それしか無い」

 



 「・・・」

 

 場に沈黙が、落ちた。

 

 皆から一斉に注がれた視線に、冬乃は息を呑み。

 

 (・・・本当に当てる、たって)


 明日が新選組史にのぼる日でもないかぎり、冬乃とて、明日なにが起こるかなど知るべくもない。

 

 再び見やれば、土方があいかわらずの疑わしげな視線をこちらへ投げている。

 当てられるはずがないだろう、と言わんばかりの表情がそこには浮かんで。

 

 「・・・」

 

 今一度沖田を見上げると、彼は無言のまま冬乃を見返し。

 

 その眼は、何を思うのか伝えることはなく。

 


 冬乃は心をかき乱す想いに、一瞬、目をきつく閉じた。

 



 (・・沖田様・・・)

 

 彼に逢えたのは、

 

 何故・・?

 


 冬乃は今なお沸き起こる疑問を胸内に繰り返していた。

 

 ・・・この身に起こった事象。

 これは誰にでも起こり得た偶発なのか。

 何かが作用して。たまたま冬乃の身に起こっただけなのか。

 

 それとも、

 もしも偶然なんかではなくて。

 

 必然の。成るべくして成ったものなのだとしたら。

 


 ・・・あるいは。

 



 「明日は、」

 

 小さく冬乃は呟いた。

 

 「明日は、何月何日、なのですか」

 

 「そんなことも知らんのか」

 芹沢の呆れた声が返る。

 

 「未来から突然飛ばされてきたんですもの。知るわけないです」

 

 冬乃は皆を見回し。

 

 そして最後に沖田をまっすぐに、見つめた。

 

 「教えてください。明日は、いつですか」

 






 どうしようもなく、心に留まっていたものがある。

 

 ずっと、

 

 なぜ逢ったこともない昔の人にこれほどまでに惹かれ続けるのか、わからずに。


 わからないまま漠然と、感じていたもの。

 




 (・・・信じさせて)

 


 こんなにも彼に惹かれ続けた、その訳が、その答えが。

 

 ここにあると、

 

 この奇跡にあると。これが成るべくして成ったものだと、

 

 信じさせてほしい。

 


 そう、ここで起こる全てに、意味があるならば。

 

 それは冬乃を裏切らないはず。

 



 明日は、きっと。

 

 何かの日で・・・

 



 「明日は、」

 

 沖田が冬乃を見据えた。

 

 「八月の、十八日です」

 





 冬乃の手から湯呑が、滑り落ちるとこだった。

 

 「・・・答えろよ。明日、何がある」

 

 土方の促す声が、冬乃の耳に遠く届き。

 

 ・・・冬乃は茫然と目の前の沖田を見返した。

 

 言葉を紡ごうとして、

 口を噤み。

 


 八、一八政変

 


 (・・・よりによって)

 

 いくらなんでも、そんな歴史的な事件を。

 


 (ど、・・どう伝えればいいと、いうの??)

 






 「何を黙っている」

 

 考える時間を稼ぐつもりで茶を啜った冬乃に、土方が苛立った声をかけてきた。


 「・・・」

 

 冬乃は、なお答えることができずに、目を逸らした。



 八・一八政変

 

 この時期の、朝廷内の政権を牛耳っていた長州を追い払うべく、会津と薩摩が密かに進めた計画の実行日。

 

 

 密かに、だ。

 

 今も密かに進められ、明日の実行にむけて最終段階に入っているであろうその計画を、会津と薩摩に関係の無い冬乃が知っていて良いはずがないのでは・・。

 

 (待った)

 つと、冬乃は思考を返した。

 

 (べつに、知っていて良いんだっけ)

 未来から来たのだから、そういえば知っていて当たり前である。

 

 (そうじゃなくて・・、問題は・・・)

 


 歴史の流れを壊すかもしれない危険性。

 


 ・・冬乃が。

 

 今、ここで明日成る政変を告げたが為に、起こりうることは何か。

 


 (例えば・・もしも、)

 

 この夕餉の場に、長州の手の者が居るとしたら。

 そしてその者が、冬乃の告げた事を半信半疑であれ、親元の長州に報告に行ったとして。

 

 その報告を受けた長州が、念を入れて確認に動き。

 結果、長州が、会津薩摩の計画を暴きだすことがあったならば。

 

 (歴史が、変わってしまう、)

 

 それだけの危険性を。

 

 冬乃は抱えているのではないか。

 



 それとも。

 成るようにして成っている、それが歴史なのかもしれない。

 

 

 冬乃は、ふと浮かんだその考えに、顔を上げた。

 

 (私がどうこうしてしまう事も、歴史の流れの中にすでに組み込まれているとしたら?)

 

 ・・むしろ、そうでなければ。

 居るべきでない所に居る冬乃の存在は、歴史に何かしらの変更をすでに起こしたことになってしまう。

 


 「・・・」

 

 冬乃は隣の沖田をそっと感じた。

 

 見なくても分かる。

 彼は冬乃の言葉を静かに待っているだろう。

 

 冬乃という存在を、見ているのだ。

 


 (そう・・。私は沖田様の歴史に、すでに関わっている・・)

 


 冬乃が、沖田たちと全く関わらなかった場合と比べれば、

 いま現に関わっている時点で、冬乃の存在は彼らに多少なりの影響を及ぼしてしまっている。

 

 たとえば本来なら話を交わすはずのない存在である冬乃と、彼らは話を交わしているし、

 

 (ごはんまで一緒に食べてる。)

 

 それらは、大それたものでこそなくても、彼らに及ぼされた小さな変化であることは確かだ。

 

 だがそれも、

 もし歴史がすでに決められたものであるならば、冬乃が彼らに与えた影響は、その決められた歴史の中のひとつの事象であるだけだ。

 


 (どっちだろう・・?)

 

 

 冬乃が何をしようとその冬乃の行動は、本当に、すでに決められた歴史の一部であるだけなのか。

 

 

 そうならば、何も躊躇することはない。

 

 (それなら、言ってしまえばいいだけ)

 

 未来の平成において分かっている歴史は、「政変があった」ほうなのだ。

 ならば今ここで冬乃が暴露してしまおうと、明日には結局、決められた通り政変が起こるだろう。



 だけど。

 

 (もし、そうじゃないなら・・?)

 

 もし。歴史は決められたものではなく、刻一刻と作り変えられてゆくものなのだとしたら。

 


 (それなら、絶対言えない)

 


 沖田たちと話をして一緒にごはんを食べた、そんな小さな変更を歴史の流れに加えただけなら、まだ許されるかもしれない。

 

 だが未来を知る冬乃の一言で歴史を完全に覆すかもしれないとなれば、そんなのは "変更” の規模が違う。

 



 (どうしよう・・)

 

 なにか、別の。

 

 こんな、言うか言うまいかで心配をしなくて済むような、

 もっと小さな事件が、明日、無かっただろうか。・・・

 






 「どうやら、嘘でさえも思いつかないようだな」

 痺れを切らした土方が、手にしていた茶を置いて立ち上がった。

 

 「総司。やっぱりこんな怪しいヤツは当分、蔵に閉じ込めておけ。俺は戻る」

 「どこへ?」


 沖田の問いに、土方は眉間に皺を寄せたままの面で振り返り。

 「部屋だよ。これ以上、つきあってられるか。考えなきゃいけねえ事が山ほどあるってのに」

 

 「土方君、なにを今更考える事柄がある」

 不意に、今まで芹沢の隣で黙っていた男が声をあげた。

 

 「我々は先達て各々の役職も決めた。これ以上、いったい何がご不満だ?」

 

 「・・新見殿。お言葉ですが、なにも不満というわけではありません。それに役職のことではない。」

 「・・では、名前か」

 

 新見と呼ばれた男の目が、鋭く細まった。

 

 「芹沢先生の名づけた名では、そんなに気にいらないと仰るか」

 

 「気にいらないわけではないが、気にいっているわけでもありませんな」

 「このっ・・」

 立ったまま高飛車に返した土方に、新見が目を剥いたところへ、

 

 「まあ良い、新見」

 横で芹沢がやんわりと制した。

 

 「我々の顔となる名だ。いずれ、もっと良い名を冠することに異議は無い」

 だが、

 と芹沢の、人を圧する面が、土方に向けられた。

 

 「そうと言えども、土方君ひとりに決めてもらうわけにもいかぬ。ここは皆で意見を出し合って決めよう」

 


 (名って、・・・?)

 

 彼らは何の話をしているのだろう。

 

 冬乃は首を傾げていた。

 

 ” 我々の顔となる名だ ”

 

 顔となる名って、

 (隊名か何か?・・・あっ!!)

 


 「あの!!」

 


 突然大声を発した冬乃に、皆が目を見開いて冬乃を見返してきた。

 

 冬乃は咄嗟に叫んでしまったことに恥ずかしくなりつつも、今浮かんだばかりの答えに嬉しさを隠せなかった。

 


 隊名

 


 (そうだ、コレがあった・・!!)

 

 こほん。と、

 冬乃は咳払いをしてみせる。

 

 「明日起こることを当ててみます」

 

 「なんだ、ようやく嘘のひとつでも浮かんだか」

 

 「・・明日は、」

 こほ、と再びの咳払いで土方の言葉を流しつつ、冬乃は『予言』を続ける。

 

 「明日は何かのきっかけがあり、この隊に新しい名を、さる方から頂戴することになります」

 

 

 「「なんだって??」」

 

 皆の声が、見事な和音に重なった。

 

 

 「・・・そいつはまた、たいそうな嘘じゃねえか」

 

 「嘘じゃありませんもん」

 冬乃はつんと横を向いてみせる。

 

 「誰なの、その”さる方”ってのは」

 

 冬乃がとにかく答えたことが嬉しいらしく、藤堂がにこにこして尋ねた。

 

 「え、と・・」

 (これは、言ってもいいよね・・?)

 

 「会津中将様です」

 

 (表向きには朝廷となってるみたいだけど)

 冬乃は心内で補足しながら藤堂に返事を返した。

 

 「中将様・・だと?おぬし、我々が会津中将方に謁見できると何故知る」

 

 「中将様から名を頂戴することになるきっかけとは、何だ」

 

 

 (は・・?)

 

 芹沢と土方の双方から一度に問われて、冬乃はおもわず目を瞬いた。

 (今ふたりとも何て聞いてきた?)

 

 同時に言われたせいでよく聞き取れなかったが、なぜか見たところ二人とも機嫌が悪そうである。

 

 「すみませんが・・お二人とも今なんと言いました?」

 

 「おぬしは、我々が会津中将様に謁見してると何故知る」

 「何故、会津中将様から名を頂戴することになる」

 

 「・・・」

 

 「芹沢先生」

 土方が呆れた様子で呟いた。


 「貴方からどうぞお話くだされたい」

 

 「左様か」

 芹沢はフンと鼻を鳴らし。

 

 「では申す。おぬし、中将様の御名をそこで言うからには、我が隊が只のお預かり以上に会津方と関わっていることを知っているのだろう。何故知っている」

 

 「それは、ですから私が未来から来ているからです」

 「失礼ですが、芹沢先生、」

 

 今度は冬乃の声と土方の声とが、同時に重なった。

 

 唖然とする冬乃の前で、土方が芹沢を鋭い視線で見やる。

 

 「我が隊と仰るが、この隊は貴方の隊であると同時に、近藤さんの隊であることをお忘れなく」

 

 「私の、と加えるのも忘れないでもらいたい」

 すかさず新見が言葉を添えた。



 現時点での局長は、三人居る。

 

 筆頭局長の芹沢と、新見、そして今この席には居ない近藤勇だ。

 

 どうやら派閥争いはやはり、すさまじいものらしい。

 



 「まだ俺の質問に答えてない」

 

 「あ、」

 不意に落とされた土方の言葉に、冬乃は顔を上げた。

 

 「質問、何でしたっけ?」


 「何ゆえ、中将様から名を頂戴することになるんだ」

 


 ・・・冬乃はおもわず押し黙った。

 

 (やば・・)

 それにきちんと答えるには。いずれにせよ政変の件を話さなければならない。

 

 なぜにも彼らが『新選組』の冠をもらうのは、政変においての功労ゆえで。

 

 「・・・」

 

 

 土方は賢い人だったといわれる。

 

 (その通り・・)

 

 咄嗟に要点を嗅ぎ分けて質問してくるとは、さすがだ。

 


 「・・・何のきっかけだったか詳しくは忘れました、でも、頂くのは確かです」

 

 (こ、これじゃダメかな)

 

 「忘れただと・・?」


 「はい、忘れました。だって未来の人間だからって、細かいことまで逐一知って覚えてるわけじゃないんですから」

 

 「・・だからって、」

 「もしも、です、」

 何か言おうとした土方を遮り冬乃はなおも続ける。

 

 「土方様が、源平の合戦の頃に飛んでしまったとして、そこで明日起こることを質問されたら全て答えられますか?」

 


 「一理ある!!」

 (わ)

 

 突然、轟いた声にぎょっとして、冬乃たちはそのほうを向いた。

 

 そこに空になったおひつを抱えて原田が、こちらのほうをキラキラ光る瞳で見つめている。

 

 「源平合戦かあ!」

 

 原田が夢でも見るような表情で叫んだ。

 

 「そんな頃に俺も、一目見に行ってみてえなあ!」

 

 「原田!話を拗らすな。この女が本当に未来から来たとでも思うか」

 「いいじゃねえかよ!信じてやろうぜえ、俺だって源平ん時に行ってみてえもん!」

 「~~」

 

 (原田様って面白い・・)

 

 冬乃が夕餉の席についたとき、藤堂が彼を「原田さん」と呼ぶのを聞いて、冬乃はこの色白の、豪快な眉毛を持つ男が原田左之助だと知ったが。

 

 彼は食事中、ほぼ一言も話さなかったので、てっきり寡黙な人なのだと思っていた。

 

 だがどうも今の彼を見ていると、今まで話さなかったのは、単に食事に夢中だったためと思われる。

 


 「女、」

 つと芹沢が扇子の先を冬乃へ向けた。

 

 「明日まで待ってやる。本当にその何かとやらのきっかけが明日あって、中将様から名を頂戴することになれば、めでたく信じてやろうじゃないか」

 

 「どうだか」

 フンと土方が鼻で笑った。

 

 「頂戴しなければ、そのまま牢獄送りだ。言っておくが、逃げようなんて考えるなよ。屯所の周りは常、見張りが夜通し警備している。おまえを見かけたらその場で斬り捨てるよう伝えておくからな」


 (鬼~~!!)

 目を丸くした冬乃にぎらりと睨みをくれて、土方は障子を開けて出て行った。

 

 「良かったね」

 

 (へ?)

 不意に横から届いた藤堂の言葉に、冬乃はふりむいた。

 

 「良かった・・ですか?」

 「うん。このぶんなら、今夜は八木さんの所で寝かせてもらえると思うよ」

 藤堂がにっこりと微笑う。

 

 (八木さんとこ?)

 

 八木さんとは、彼らに家つまり八木邸の一部、いや殆どを貸している主人と家族だ。

 

 そこで今夜は寝かせてもらえるのだろうか。


 冬乃はほっと胸を撫で下ろし。

 

 (沖田様)

 

 明日を当ててみるよう冬乃に提案したきり、今までほぼ一言も発しなかった隣の沖田を、冬乃はそっと見上げた。

 

 その視界で、沖田が刀を掴んで立ち上がり。

 

 「さて、そうしたら八木さんに頼みにいきますか」

 「え」

 「うん、行こう行こう」

 立ち上がる藤堂に続いて、冬乃も慌てて立ち上がった。

 





 涼やかな風が、廊下を歩む三人を掠めてゆく。

 

 (助けて、くださったんですか・・?・・)

 

 冬乃は前をゆく沖田の後ろに従いながら。ふと、

 彼の提案があったおかげで、明日までの猶予を得たことに気づいた。

 


 思えば、こうして何だかんだで面倒も見てくれている。


 (・・ありがとうございます、沖田様)

 

 彼の広い後ろ背へ、冬乃はそっと頭を下げた。









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