望郷
隼勢が意識を取り戻してから四日経った。朝から降っていた雨も止み、空を覆っていた雲の切れ間から日差しがこぼれ始めている。
──── …………政府は先日明らかになったバビロニアからの宣戦布告に対し………
地球歴二千百十五年の現代に至ってもテレビは現役である。百年程前からインターネットの普及、若者のテレビ離れなどテレビ業界は冬の時代へと突入していたが、なんだかんだ言っても結局テレビは生き残った。
────政府は共に攻撃を受けたニューアメリカ、ノイエス・ドイチェラント、そして先日、イギリスより独立領として移行する事が決まったケンブリッジ公国と共同歩調をとり、バビロニアに応戦する…………
「都合のいいこと言ってるよなぁ。五十年前にはあわや戦争をやりかけたのに」
車載のモニターを眺めながら隼勢が呟く。
歴史は繰り返す。
五十年前、火星の開拓期に自力で入植出来た、いわゆる宇宙列強諸国は先を争うように火星の調査を始めた。そして案の定、解りきっていた事だが領土問題が勃発する。恐らく人間に動物本来の縄張り意識、食糧問題、排他的な意識がある以上、争い事とは切っても切れないのだろう。
他人事ではない。
相も変わらずアクシアと明日香は仲違いしたままだ。今朝だって退院する俺を皆んなで迎えに来てくれたのだが、病院を出るとすぐ明日香は「用事がある」と言って離れていった。アクシアも何か言いたげな表情だったが、明日香に関わろうとはしなかった。
でも本当は明日香もアクシアと仲直りがしたいのだと隼勢も思っている。明日香は隠してるつもりだろうが、ずっと独りっきりで落ち込んでいる。そしてそれをヨアンは静かに見守っている。
『ここが隼勢の生まれ育った街なんだね』
「そうだよ……」
病院を退院した隼勢は、アクシアを伴ってヨアンの運転する四輪駆動車に乗っている。遅れていた被害の実態調査をする為だ。
「ホントに自分の故郷なのか未だに信じられないんだけどな……」
車窓の外に広がるサヌーキーの街は、辺り一面焦土と化していた。ざっくりと言えば瓦礫の山だった。
「ヨアン、聞いてもいいかな?」
『なんだい、隼勢』
「明日香が言っていただろ。『またやっちゃった』って。あれどういう意味?」
『どうして隼勢は僕に聞くんだい?』
「前に聞いたんだ。ヨアンは明日香と共にNHIに引き取られたって」
『そう。でも誰にだって話したくない事ぐらい有ると思うんだけど』
「解ってる。だけど俺は明日香の事をもっと知りたい。勿論、君の事も」
『…………』
ヨアンの雰囲気が明らかに変わる。柔らかかった語彙も、諭しつつ、突き放す様に静かに淡々と。
『どうして?僕達はそこまで親密な関係だったかな?隼勢、君はアクシアに保護された高校生であって、NHIにとっては部外者だよね』
「ああ、そうだよ。でもな、このままじゃいけないだろ!明日香の気持ちも解るが、アクシアだって」
その時だった。ルームミラーに写っていたヨアンの目が見開かれる。ヨアンは車を道の横に寄せて止めた。振り向いたヨアンの強い視線が隼勢を凍りつかせた。
『アクシアだって何? 隼勢には彼女の気持ちが解るとでも言いたいのかい』
「いや、それは…… わからないけどさ」
『明日香の気持ちだって解らないだろ? 勿論、僕にだってわからないよ。そんなの当たり前だろ、他人の考えが解るなんて本気で思っているのなら、そんな奴、気持ち悪い』
「あっ、あぁ」
『口先では幾らでも都合のいいことが言える。でもそれは同情しているだけ。理解してるとも言うけど、それは外から見てる人間が上辺だけで好き勝手なレッテルを貼っているだけ。その奥底にある当人達の気持ち・想いなんてわかりっこないのにさ』
黙り込む隼勢。車窓の外へ視線を向けるアクシアも寂しげにみえた。張り詰めた空気の車内に服の擦れる音だけが何時もより響いていた。
それからしばらくの沈黙が続く。時々車の横を、軍の車両が土埃を上げて通過して行った。
『明日香は嫌がるかも知れないけど……』
「……何?」
『僕と明日香はね、地球の日本に存在していたとある宗教団体によって造られた街で生まれたんだ』
ヨアンが車を静かに発車させた。隼勢とアクシアは黙って聞き耳を立てている。
『その団体はね、当時かなり名の知れた組織で信仰する信者の数もかなりのものだった。その教団の方針でね、信者は必ず教団の施設に住み込む事になっていたんだ』
隼勢達はヨアンの一言一句に心を惹かれていた。
『僕達も家族と一緒に沢山の人達と住んでいたよ。友達も沢山いた。
その中でね、明日香と姉妹の様に仲の良かった女の子が居たんだ』
その時ヨアンの語気が弱くなった。変化に気づいた二人だったが、黙ったまま続きを待った。
『とても仲のいい二人だった。何処に行くにも何時も一緒で、互いに食事を食べ比べし合ったり、服を買いに行けばお揃いでコーディネートしてきたり。
でもね、僕等が成長するにつれて関係も変化していった。明日香とその子はね、教団内でのステータスに開きがあったんだ。次第に顔を合わせる機会が減っていったある日、その子は事故で……』
車が路地を左折する。次第に道幅が狭くなり、そして行き止まりになった。
『その頃からかな、明日香が変わったのは』
「ヨアン…… 詳しく聞かせて欲しい」
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
────誰も私の言葉なんて聞いてくれなかった。都合のいい飾り物だった
鬱蒼とした山林を進んでいくと、やがて明るくなり切り開かれた空間が現れる。そこは山奥だとはとても信じることの出来ない、沢山の建物が
ここは地球の日本国。人里から離れた山奥…… と、世間的に認識されていた。
────私が育った
「明日香ちゃーん、待ってよぉ」
「あははっ、早くおいでよ双葉ちゃん」
────私にはとても仲の良かった幼なじみの双葉ちゃんという女の子がいた。サラサラの黒髪をお姫様の様に伸ばした大人しい子だった。
「おっ、またゴリ香とお菊がつるんでるぞ」
「馬鹿、聞こえるって」
「聞こえてるわコラー! ゴン太、メェいち!」
「ゴリ香がウホウホ言ってるぞ! にげろー」
「メェいち言うな、 ゴリ女!」
「うるせぇー! 奥歯ガタガタ言わせたろかぁ!」
「明日香ちゃん、そんなこと言っちゃだめだよ。お母さんに叱られちゃうよ」
「双葉ちゃんはだまってて。あいつらほっとくと、ブーブー、メェーメェーうるさいんだから!」
「なんだとぉ、ゴリ香、お前言っちゃいけねぇこと言っちまったな!」
「ゴリ香の癖に生意気だぞー」
「やるかぁ! お前らハンバーグにしてやる」
────私はいわゆるお転婆娘と言う奴で、暇さえあれば歳の近い男子達と揉めていた。生傷の絶えない私を双葉ちゃんはハラハラしながら見ていたっけ。
この楼美你で生まれた子供達は、街から出ることを許されていない。物心がついた頃から分け隔てなく教団内で英才教育を受けさせられる。そんな中で頭角を現した私は教団幹部の目にとまり、活動に熱心な両親の勧めもあり個別指導を受けるようになった。
楽しい日々がずっと続くと思っていた。
だけどそんな日常が眉唾物だと気付くのは十五歳になった頃だ。
────私は教祖の依代たる伝道師【
尊教師は教団の始祖を生きながらにして依代として迎え入れた、信者達の絶対的指導者として崇められる。私は補佐を務める教団次席二位の大教師の助言に従い、朝夕の二回の祈祷祭、信者達への教義、世間一般への対応等、教団の表の顔として日々を過ごした。
その日は、信者達への教義を終え、夕方の祈祷祭へ向け準備を進めていた。書き物をしていると、扉の向こう側から言い争う声と罵声が聞こえてきた。
「失礼します。大教師様」
「何事だ!? 尊教師様の御前であるぞ」
「防衛庁特務工作班・棚橋
「無礼者! 貴様のような輩には縁のない御方だ、立ち去れ」
「大教師様! お願いします! 尊教師様は奥に居るんですよね、彼女とは幼馴染なんです。お願いし……」
「ええぃ、黙れ」
「くそったれがっ!」
「なんだ貴様!」
「うるせぇんだよ、どけっ!」
「グァッ」
壁伝いに何かを打ちつける、鈍い大きな音が響く。程なくして勢いよく扉が開かれ一人の青年が飛び込んで来た。青色のチェッコ帽と軍服に身を包んだ、表情に何処かあどけなさが残る聡明な青年が明日香の前に駆け寄ってきた。
「明日香、俺だ! ゴン太だよ、羊一……
いや、メエいちとツルんでた……」
「………… 久しぶりですね、権元さん」
「あぁ。お前が顔を見せなくなって七年か。みんな心配してたんだぜ、羊一も双葉も……」
「…………で、何か御用でしょうか?私はこの後も祈祷の為の準備が」
「双葉の事だ! 頼む、止めてくれ。双葉が人体実験の為に連れて行かれたんだ。お前なら止められるんだろう?」
「………………」
「明日香っ! ぐあっ!?」
不意をつかれ、後ろから殴られた権元が倒れ込んだ。間髪入れず鉄製の獲物を持った兵士が権元を抑え込む。意識が朦朧としている権元が肩と髪を掴まれ無理矢理起こされた。
「無駄ですよォ、何にもわかっとらん青二才がっ!」
「おっ、お前」
権元の後ろには、額から血を流した大教師が自分の私兵を伴って立っていた。
「尊教師様の教えに歯向かう蛮族に鉄槌を下せ」
大教師の私兵が二人がかりで権元を痛めつける。
それを私は黙って見ているだけだった。
────私は抗えなかった。
いや、抗う思考さえ無かった……
ただ流されていただけ。
そして翌日、私は権元の処刑と双葉ちゃんの実験の失敗、そして二人は廃棄処分になったことを知った。大切な親友と友を失った。
…………いや、見殺しにしたのだ。
正直、その後の事は余り覚えていない。私はその頃には小児白血病を患っており、床に伏せる日々が増えていった。大教師はこれ幸いと、私を祭り上げるだけ上げて自分は意志を継ぐものだと名乗りだした。実質、教団の実権は彼が握っていたので私にはどうでもよかったけど。
それから半年たった頃だろうか、日に日に弱っていく私を見て両親がコールドスリープを勧めてきた。私の行く末を案じてだの、未来の医療でなら必ず完治するだの(実際、その通りだったけど)言って満面の笑みを浮かべた両親が酷く気持ち悪かった。
それが最後の記憶だ。
クラーク先生から聞いた話によると、それから程なくして大教師の暴走が増していった。
表沙汰になるような事件も度々起こすようになった。その中には麻薬の製造及び売買、売春の斡旋、人身売買、臓器売買などもあった。
教団は警察の強制捜査に抵抗し籠城を敢行。軍の強制排除により鎮圧された。
その後私は教団施設の捜査の末に発見され、西山博士に引き取られる迄、政府に秘匿されていたそうだ。
…………
…………。
「藤井隊長、起きてください」
「んっ………」
「もうすぐキャンサーに到着します」
「真理ちゃん、ありがとう。配属早々ごめんなさい」
「いいえ、任務ですから」
(……またあの夢か)
私は決まって不自然な夢をみる。映像を再生するかのようなはっきりとした夢は、さしずめ私のアーカイブなのだろう。これもコールドスリープの影響らしいと聞かされた。だから私はずっと熟睡出来ていない。憂鬱な気持ちで寝床につかなくてはならないからだ。
実験の直前に謁見に来た、寂しそうな親友の笑顔が焼き付いて離れないのだ。
「西山博士とクラーク博士、ほか幹部の方々はもう揃われているそうです」
「そう、わかったわ」
緊張で身体が強ばっている。でも逃げ出したい気持ちと裏腹にだけど 、負けてたまるかって思っている。
今度は間違わないって心に決めたから。
蒼のアクシア たて あきお @AKIO_TATE
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