第18話「終焉」(完)

 グレンダリアの厄災の再来に始まり、突如サルーダベイヒが出現したという連絡が舞い込んで、その後追加の報はなく、グレンダリアの治療院には続々と負傷者が流れ込んでいた。


「ティナ、特急の負傷者です。毒の種類は不明、発熱アリ、意識は薄いですがギリギリの状態で保っています、徐々に痺れが全体に広がっています!!」


 アーヴィスが不在の今、ティナは毒のアタリを付けて初級治癒術で解毒可能な者は本院に戻すなど工夫しながら何とかこのチームを運営していた。


「わかったわ、すぐにこっちに回して!」



 即座に運び込まれたその男性兵士の一人は、ミアの言ったように小さな呼吸を小刻みに繰り返しており、今にもその意識は途切れてしまいそうな重症だった。


「貴方は間違いなく毒に侵されているわ、何の魔物と対峙したか記憶はありませんか?」


「……か、ぞえ切れない、ほどの魔物と戦いました。す、みません、本当にわからない、、んです」


「謝る必要はありませんわ。此度の戦いが苛烈を極めることは聞いております。……ちょっと失礼!!」


 ティナはそう言うとおもむろに兵士の外された鎧の中の肌着を破り出す。


「……噛み痕がありません。何かブレスを浴びた記憶は?」


「い、え。ブレスを使う魔物と出会った、こと、は、絶対に……ありません」


「でも、噛み痕がない以上、毒を受けるのはブレスを浴びるしか可能性が……」


「た、確か、逃げる途中で、、、真っ黒い、影のようなものが自分に襲い掛かってきた、記憶がありますが、……ブレスのようなものでは、あり、ませんっ」


 その兵士は苦しさを必死で堪えながら口を開いた。


「……瘴気!……ミア、そこの資料を開いてグレンダリア周辺で瘴気を放つ魔物を調べて!」


「了解です」


 ミアはそう答えると分厚い本をペラペラと捲って、ティナの求める項目を必死で探す。


「……ありました。エルゴストルムが放つ瘴気はこの症状とピタリと合います」


「貸してっ!」


 ミアがその項目を開いて見せると、ティナが奪い取る様にしてそれを手にした。


「解毒の治癒術は……グリーンキュア・テイジ・ゲイジ・スベルタ……緑の52号……」


 彼女がそう言葉を溢した時に床へその資料を落としてしまったのが絶望を証明していた。


「……こんなのマスタープリーストでも幾人しか使えない超上級治癒術じゃないっ!!」


「ご、めんなさい、、、そん、な、顔、しないで……僕が、不甲斐ないばかりに」


「ちょっと待って……確か、ヘルミナが言っていた。絶対に言っていたからっ!」


 彼が申し訳なさそうにする姿を見たティナはギュッと目を瞑り、且つてのヘルミナの言葉を思い出そうとしていた。


「そう、エルゴストルムの毒は緑の52号でしか解毒できないけど、グリーンキュア・ゼヒア・アデラス緑の17号で対症療法としてある程度は緩和できるって言ってた!冒険者時代に中級治癒術士だったヘルミナは街に戻るまでそれで凌いたって絶対言ってた!」


「大丈夫よ、そんな顔しないで、貴方は絶対私が助けるからっ!名前は何て仰るのですか?」


「……エリック、エリックでございます、殿下」


 ティナは素早く緑の魔石を手にして治癒術を掛けながら彼の言葉に答える。


「エリック、私は殿下と呼ばれるような人ではありませんわ」


「わ、私は、貧乏貴族でして、今では、親類縁者の、失敗に、巻き込まれて、その貴族名も手放すことに、なりましたが、……昔、本当に小さなころ、父上に宮殿の社交界に連れて行ってもらったことがあるのです」


 ティナがエリックの言葉に相槌を打ちながら治癒術を始めると、少しだけ彼の表情が和らいだ気がした。


「有難う御座います、少し、楽になった、、、気がします」


「それで、その続きは?私は続きを聞きたいわ、エリック」


 彼女の希望は単純にその話に興味があっただけではなく、エリックが言葉を放つことが命が続いていることを証明しているからこそだった。


「そ、れで、そこで私は小さな女の子を遠くからずっと眺めていました。……その時の、女の子と、貴女の面影がそっくりで、目元もあの頃と同じで……」


「そう、そこまで似ているのでしたら、もはや誤魔化し様がありませんわね」


「や、やはり、皆の言う通り、ティナ様はエリーゼ殿下っ、だったん、ですね。……ぼ、僕、私は、エリーザ殿下に癒して頂いて、いる、なんて、こんな光栄なこと、は、ありません……」


 ティナはエリックに向けて少しだけ微笑みを浮かべた後に凛とした顔で応える。


「ではエリック、このエリーゼ・グレンダリアが命じます。貴方は生きて家族や友人に自慢しなさい。『私は第二王女の癒しの祝福を受けて生還した』のだと」


 その時の周囲の者はまるで彼女の背には神々しい光が放たれているかのような錯覚に陥り、少なくともエリックには神が舞い降りたように感じられていた。


「殿下、殿下。私は、グレンダリア王国一の果報者でござ、い、ますっ」


 この治療院に入ってからの自分の立ち振る舞いを思い出すと、このひれ伏すようなエリックの言葉のギャップがどこか可笑しなものに感じたティナは破顏して笑みを溢す。


「エリック、私は貴方の言うようなそんな大層な―――」


 ティナがそう言いかけた刹那―――急に部屋の扉が開かれ、本院の事務員によって朗報がもたらされた。


「グレンダリアの厄災の再来による魔物は全て討伐されましたっ!サルーダベイヒも英雄ジルによって無事に討伐されましたっ!!」


 瞬時に室内は歓喜の声が舞い、一番の責任者だったティナも大きく溜息をついて、エリックの方へ振り返る。


「エリック!魔物は全て討伐されたそうですわ!もうすぐマスタープリーストたちが帰ってきますっ!貴方はもうすぐ完全に助かるのですよっ!……エリック……エリック!?……エリック!!!!!」


 まるで叫び声のように彼の名を叫ぶティナだったが、安らかに眠る様に意識が途絶えていたエリックがそれに応えることは無かった。




 それからどのくらい時間が経ったのだろうか。


 既に多くの魔物討伐に出立した多くの者は帰還しており、英雄ジルも既に自身のチームの元へ帰って来ていた。


「エルゴストルムの瘴気にやられた者がこんなに安らかな顔で逝くなんて俺は聞いたことがない。本当に立派だった、ティナ」


 家族の者が迎えにくるまでその場を離れようとしなかったティナを魔物討伐から帰還したジルが宥める。


「ジル、、、ジルっ、、、私は無力です。私はジルのようなマスタープリーストに早くなりたいっ!皆が、誰もがっ、毒で命を落とすことのないようなプリーストになりたいですっ!!」


 深く肩を落とした彼女が泣き叫ぶようにそう言い放つ。そしてジルが返した言葉は彼にとって紛いのない本心だっただろう。


「きっと、絶対にティナは俺なんかには遠く及ばないような世界一のプリーストになるだろうよ」


 ジルがそう言うと、ティナはエリックの名を繰り返しながら深い闇を月が照らす僅かな光が窓から入るその室内で延々と泣き叫んでいた。


(完)

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プリースト ~毒払いの英雄たち~ あさかん @asakan

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