第17話「聖剣を」
「剣士男性、意識はありますが、余りにも魔物との戦闘が多すぎて何の毒に掛かったのかが不明だそうです。付き添いの治癒術士が断続的にヒールを掛けているお陰で症状は軽微、今回の魔物の多発発生に巻き込まれたようです」
ジルたちが不在の毒払いチームへ援軍に来たミアが、これから運び込もうとしている冒険者の説明を行い、それをティナは他の治癒を行いながら聞いていた。
「命に危険が無いなら早くヒールを止めさせなさい!本人に何の魔物にやられたか自覚がないなら、症状が出ないことには毒の特定ができないじゃない!!」
「……伝えます」
ミアが何かの言葉を飲み込んだ後に発した了解の意に気づいたティナは頭に手を当てて、小さく首を振る。
「ごめんなさいミア。少しだけ気が立っていたようですわ。彼が無事に此処へ辿り着けたのは彼女のヒールのおかげなのは間違いないわ」
「大丈夫です、ティナ。ずっと働き詰めで、普通のハイプリーストでは出来ないことを貴女はやっています。むしろ今のこのチームの全責任を負う立場にあって気が立つ程度で済んでいるのは、貴女が常人じゃないからです」
そう言い残して改めてその冒険者をここに運び込むために部屋を後にした彼女の後姿を見つめてながらティナが言葉を溢した。
「……働き詰めなのは貴女も一緒じゃない。責任感も私なんかよりずっと強いわよ」
その後もティナはこの過酷な状況をミアやアーヴィスと共に鼓舞し合いながら何とか切り抜けるが、自分だけでも精一杯なのにアーヴィスや他のセーバーの状況も心に留めておかねばならず、彼女は本当の意味で人の上に立つ重みを実感していた。
そしてある時、部屋の扉が大きく開かれると共にハキハキとした凛とする声と共に一人の兵士が入って来た。
「アーヴィス殿は居られるか!?」
扉に一番近かったのがティナだったこともあるが、彼女がそれに一番先に反応したのは別の理由からだ。
「おっ、お兄様!!」
「エリ―――妹よ、お前もここで務めていたのか。それよりも時間がない、アーヴィス殿は?」
「ええと、アーヴィスはこちらに……」
ティナが治癒中だったアーヴィスに手の平を向けると、彼女はティナが兄と呼ぶ兵士に顔だけを向けて小さく会釈をする。
「アーヴィス殿、我は城の兵士でヘーゼルという者だ。英雄ジルの要請を受けて聖剣を取りに来た。今はここも大変な状況と言う事は十分承知だが、何卒聖剣の在処を教えて頂きたい」
「……どうして、あれを?」
「お兄様、プリーストのジルが戦闘に参加しなければならない程にあちらの魔物の数が多いのですか!?」
「いや、確かに数自体は且つてのグレンダリアの災厄に匹敵する程だが、我ら兵士や冒険者、グレンダリアの民の練度はとても高く、魔物の討伐はまもなく終える」
「では、どうして今になって聖剣を?」
ティナがそう突き詰めるとヘーゼルの顏が少し険しくなる。
「最後の最後になってある意味魔王よりも厄介な大物が現れたのだ。―――サルーダベイヒ、これを討伐するには英雄の聖剣が必要だからだ」
ヘーゼルの放ったその名にアーヴィスの受けた衝撃は小さくなかった。彼女は治癒の手を止めて彼に向かい合う。
「……ティナここをお願い。私が直接ジルに届ける」
「だっ、駄目よ!!そんなことジルは絶対に許すわけがないわ!!サルーダベイヒの毒がどんなに恐ろしいかは貴女が一番よく知っているはずでしょう!?」
ティナ慌ててそう制止すると、アーヴィスは一度小さく頷いてから首を振った。
「私はティナが言う通り奴の毒を一度受けて死にかけた。……だから、その毒に少しでも耐性のある私がジルの元に届けなければいけない。サルーダベイヒの毒を直接受けた人間はエーデ村の住人にしか存在しないから」
アーヴィスの返答にティナは顔を顰めるが、彼女の主張に反論できる余地はなく、それを認めざるを得なかった。
「確かに、確かにそうだけれど……それを貴女が担う必要は……」
「エーデ村のみんなは私を残して、サルーダベイヒに虐殺された。……残された私はずっと塞ぎ込んでいて、ジルにも迷惑をかけたと、、、思う。だから、今、立ち向かわなければずっとここから先に進めない。先に進むためには奴と対峙しなければいけないから」
普段言葉の少ないアーヴィスの強い意志にティナの心が揺らいでいく。
「……わかったわアーヴィス。でも、必ず無事に帰って来るのよ」
「良いのか?今でも大変だろうに彼女が抜けて、ここが回るのか?」
「大丈夫よ、お兄様。私が何とかするわ。それに百人力の彼女もいることですしね。ね、ミア?」
「勿論です、ここは我々にお任せ下さい」
「それよりもお兄様、アーヴィスをよろしくお願いします!!」
「承知した!我が身に変えても彼女を英雄ジルの元へ無事に送り届けよう。それではアーヴィス殿、出立に急がれよ」
その後、携帯用の魔石などを手に取ったアーヴィスたちは即座に治療院を後にする。
「アーヴィス、お願い、死なないで……どうかグレンダリアのご加護を」
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