第16話「グレンダリアの厄災再来」

 それは余りにも唐突だった。ある日の早朝、城下の町中に鳴り響く警報と共に事務員によりこの治療院にもたらされた一報。


「グレンダリア領の郊外にて大規模な魔物の群れが発生しました!!」


「大規模とは具体的にどの程度なんだ!?」


 毒払いチームの全員が一斉に振り向く中で真っ先に反応したのがローデンだった。


「グレンダリアの厄災にも匹敵、最悪それ以上との報告もあります!!」



 事務員の話では、王国の命により国の兵士やギルド所属の冒険者はもとより一般市民にも協力が求められており、もちろんこの治療院からの現地派遣も含まれているとのことだった。


「どうするのジル?どの程度現地に派遣できそうなの?いえ、逆ね。どの程度この治療院に残すつもりなの?」


 ジルがヘルミナの問いかけに答える前に、既に当日の業務の引き継ぎを始めていたモルトが口を開く。


「自分はもちろん行きますぜ。戦えるセーバーはあっちでは特に必要でしょう」


「ああ、元冒険者は優先だ。セーバーの人選はモルトに任せる。毒も現地で治さなければ間に合わないことも多い、治癒術士は俺とローデン、ヘルミナで対応しよう」


「いえ、私が行きます!上級職の3人の内の一人がここに残るべきですわ」


 ジルの人選に真っ先に意を唱えるティナ。


「いや、ダメだ。グレンダリアの厄災規模ともなれば、冒険者のスキルの有無がモノを言うだろう。それにほら見ろ、エベンスがとんでもない顔をしているぞ」


 話の最中にちょうど姿を現したエベンスがその話を聞いて顔を真っ青にしているところをジルが指を差す。


「そんなの関係ありません!エベンスは私が口を開くたびに面白くない顔をするのはいつもの事です!この国の一大事にのうのうと居残りできるほど私の愛国心は薄っぺらくないですからっ!」


 ティナが猛反発するも、ジルは首を振り続けた。


「勘違いするな、俺は、俺たちはティナに感謝しているんだ。ハイプリーストのティナがいるから、俺たちは迷いなく現地に行ける。可能な限り多くの人たちを助けられるんだ」


「でもっ、でもっ!」


「ティナ。もし貴方がジルの信頼に足り得る存在でなければ、恐らくアルンデールの民である私が此処に残ったことでしょうね」


「ああ、そうだ。だからもしティナが俺たち抜きでここを回す自信がなければ遠慮なく言ってくれ。彼女の言う通りヘルミナを残そう」


「……卑怯よ。そんな言い方」


「ああ、卑怯かも知れないな。済まない、でも事実だ。傷を負って現地から引き上げる際に毒に掛かるヤツもいるだろう。ティナに大きな責任を負わすことになるのはわかっている、だから不安なら言ってくれ」


 彼女は苦虫を噛み潰した顏を一瞬だけ飲み込んでから、口を開いた。


「行ってください、私がここを守るから。だから心配しないで、私の分まで最後まで国の皆を守ってあげて下さい」


 テーブルに両手をついて言葉を絞り出すティナの肩にジルたち三人は優しく手をついた。


「アーヴィスもティナを助けてやってくれ、頼む」


 アーヴィスがコクリと頷くと、小さな声でジルに問いかけた。


「……ジル、聖剣は?ジルが準備している間に私が家から取って来れる」


「いや、もう魔王は存在しないんだ。俺が戦うことはないだろう。俺はプリーストだ、向こうでは一滴残らず毒を払ってやる」


 そう言い残して彼らは治療院を後にするのだが、その時の判断が後になってジルを後悔させたことについては仕方がないことだった。かくして本院、そしてこの毒払いチームが活動する分院共に1/4以下までに人が減った状態で当分の間、運営されることになるのだが、その過酷さはティナの予想以上であった。



「ふぅ、良かった。レッドキュア・ゼヒア・モーゼ赤の15号が効いているみたい。これなら何とかなりそうだわ」


「こっちのデッドバッドの毒も完治した」


 ジルたちが出立の前に治療院に残っている人を一気に治療したこともあり、最初はそれほど忙しくなかったティナたちも時間が経つにつれ、昼過ぎには初級職のアーヴィスと二人で処理するのは無理があると感じ始めてくる。


「ティナ、忙しいところ申し訳ないけれど、本院からの転送です。痺れと軽度の発熱だからキラービーの毒で間違いないと思います」


「キラービーの毒程度ならあっちでも対応できるでしょう!!……アーヴィス、お願いできるかしら」


 キラービーの毒に侵された冒険者を連れて来たミアはアーヴィスが治療を始めたのを確認すると、顔を伏せていたティナの横顔を覗き込むようにして声をかけた。


「とても酷い顔をしていますね。貴女らしくないですよ。ティナ」


「怖いのよ、ミア。ジルたちが居ない間に、もし私が手に負えない毒を受けた人が来たらと思うと、笑ってなんていられないわ」


 ミアは震える彼女の両肩をしっかりと支えて言葉を続けた。


「大丈夫ですよティナ。私は治療院でも宿舎でも貴女をずっと見て来たからわかります。貴女はきっとやり遂げられます。大丈夫です、私も出来る限りお手伝いしますから」


「駄目よ、ミアは戻らなきゃ。あっちはあっちで大変でしょう?だってキラービーの毒程度で―――」


 そう言いかけた瞬間、ティナはやられたという顔をする。セーバーのミアが担当するのは本院の居残り組のデイジーで、彼女がどんなに忙しかろうがキラービーの毒程度で転送してこない人なのはティナが一番良く知っていた。


「デイジーめっ、私に貸しでもつくるつもりっ!?」


「ふふっ、良い顔になりましたね。あっちは大丈夫ですよ、本院は事務員も総出で対応していますから」


「こうなったらデイジーに一泡吹かせてやらないと気が済まないわ。ミア、外にいる人をドンドンこっちに運んでちょうだい!私が忙しそうにしてても本院に回しちゃ駄目よ!」


「がってん承知の助、です!」


 奮い立たせて再び自分を取り戻したティナだったが、気合だけでこの状態がいつまでも続かないことくらいは誰の目にも明らかだった。

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